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及川君。

 日記等で知ってる方もおられると思いますが、わたくしの職業は自動車製造会社の工場で働いております。仕事内容はニュースの工場映像などに映し出されているような流れ作業なのですが、若いころのように機敏な動きができなくなった四十代のわたくしは、期間社員の作業者に作業指導をしているわけなんです。そんな中、工場増産に伴い、新人さんにライン作業を教えることになりました。九州から働きにこられている及川という名前の20代の青年です。この及川君なる青年、風貌は自虐ネタで一発芸人となった「ひろし」に似ている優男。少し、なよっとした感じなのですが、見た感じとは違って、あいさつはハキハキしているし、ライン作業としては肝である動きも機敏で、言い方悪いですけど、いわゆる当たりの作業者なんです。いっぱしの作業者に短期間で仕上げるのが仕事のわたくしとしましても大変ありがたい人材なのでありました。そういったことで、仕事覚えの早い及川君は一週間ほどでライン作業も独り立ちされ指導したわたしとしても一安心といったところだったのです。

 そんな安心していた矢先のことでした。職場の同僚から、「及川が仕事中に倒れた」と報告を受けたのです。仕事を教えたエルダーのわたくしとしては、いてもたってもいられないほど心配ごとです。

 すぐに及川君の働いているラインに行くと、彼は休憩場にあるソファーもどきの長椅子の上で仰向けに寝ていました。

「及川どうしたんや、大丈夫か?」と聞くと、か細い声で「大丈夫です。ちょっとたちくらみがして……」とのこと。

「寝不足かなんかで体調不良なんか?」と心配なので再度たずねると、「いやー、三日ほど飯くってなくて腹が減りすぎて力が入らんとです」と元気なく答えるのです。

 昭和初期ならともかく、この飽食のご時世になんともびっくりな理由ですわ。

 理由が理由なだけに、職場にあったお菓子を食べさせつつ、詳しい事情を及川君に聞くことにしました。

 お菓子を食べて血糖値が上がった及川君の話によると、彼は賃貸アパートに同郷から一緒に働きにきてる友達とルームシェアしてるのですが、一週間ほど前の休日に買い物から帰ってくると、その友達が彼女とセックスしてて部屋に入れなかったのです。アパートのドア越しで待っているのもあほらしいので、時間つぶしにと立ち寄ったパチンコ店に行ったのが不幸の始まりで、そこで有り金すべてすってしまったとのこと。財布の中身は空っぽで、そもそもの原因となった友達も金欠状態らしく部屋にあった食料を二人で食い尽くしてしまったのが三日前という話です。

 しかし、給料日まではあと10日ほどもあるのに、後先考えずに有り金全部なくしてしまうなんて愚行。ふつうはありえないですわ。そこのところを本人につっこむと……。

「自分、ギャンブル依存症気味なんです。はまるとつい突っ込んでしまうもんで、ずっと控えていたのですけど、相部屋であんなことがあったもので、スイッチはいちゃって、つい半日ほどで10万以上やられてしまいました」と恥ずかしそうに言う始末です。

 とは言っても、このまま放っておくと、また飢餓から仕事中に倒れる可能性があります。一文無しになった理由があまりにもバカなのですけど、自分も少なからずパチンコで痛い目にあったことがあるのでわからないでない気もします。ですので給料日まで1万円貸してやることにしました。また、休憩場で及川君の話を一緒に聞いていた同僚からも同情を得たのか「晩飯奢ってやるわ」とか「明日、うちで余ってるカップ麺もってきてやるよ」と言われて当面はしのげそうな展開とあいなったのです。これで、一件落着めでたしめでたしとなると思っていたのですが、そうならないのがこのサラリーマン日記でございます。

 次の日に、この及川は信じられない行動に出ていたのであります。

 それは……。

 昨日のことがあるので、朝から及川の様子を見に休憩場に行くと。彼は煙草をふかしながら競馬新聞を広げています。まだ、わたくしの存在に気づいていない彼は、隣で携帯をいじってる同僚に「自分5レースの障害に1万はりますわ」と嬉しそうに話しかけてます。同僚が「ほんまにいいんか、買うでー」と聞くと、「お願いします」と言って、及川はポケットから、わたくしが貸してやった諭吉を同僚に手渡していました。そうして、また同僚が携帯を操作して及川に購入画面(馬券は携帯で購入できるそうです)を見せていたのであります。その信じられない現場を間近で見てしまったわたくしは「及川あかんやろーどういうことやねん?」と声を荒げてしまいました。

 及川は都合の悪いところをわたくしに見られてしまって目を泳がせながら言い訳をはじめます。

「どうしても、この前の負けを少しでもとりもどしたいのです。今、買ったレースはガチで自信あるし、配当もいいのですよ。絶対勝ちますよ」

聞けば、及川の買ったレースは6頭立ての障害レース(柵をジャンプする競争)で実力のある馬が人気薄なので入ったら配当がおいしいのだそうです。レースもちょうど昼休みにするのでテレビ放送を見ながらレースを楽しめるのです。しかし「絶対勝つ」という自信はどこからきているのかは最後まで及川の話を聞いてもよくわかりませんでした。

 でも、こうなったら及川の買った競走馬を応援するしかありません。

 そうして、及川の買ったレースがある運命の昼休みになりました。及川が買ったのは2番と3番の馬で馬連で入れば6倍の配当となっておりました。一点買いの馬連を一万はってるので当たれば6万になります。 わたくしも及川が取ってくれたら貸した金がすぐに返ってくるので勝ってほしいところであります。

「どうか、入ってくれますように」

 祈りながら、テレビ画面を注視しました。

 重賞レースでもないのでしょぼいファンファーレがなり、ゲートに馬が入り体制が完了すると、すぐにスタートとなりました。及川の買った2番と3番の馬はスタートでつまづくこともなく上々の出だしといったところでしたが、二つ目の障害である柵をジャンプするときに3番の馬が柵にひっかかり騎手がなんと落馬してしまう最悪な展開ですわ。ほんま、及川やわたくしをはじめ、テレビを見ていたもの全員が声をそろえて「あっ」の一言でこのレースは終了でございます。この騎手が落馬した瞬間に及川の買った馬券は紙くずとなったわけでありました。ほんまギャンブルは怖いし、絶対はないと教訓となる出来事なのですが、このレースにかけてた及川の意気消沈ぶりは自業自得とはいえ悲しいものですわ。

 給料日までは、あと9日ありますが、どうやって彼は生きていけばいいのでしょうか。もはや、わたくしも含めて彼に同情して金を貸してやるものなど誰もいないでしょう。落馬した瞬間に及川の餓死確定フラグが激しく点灯したような感じであります。

 とは言っても、同僚からカップ麺を何個かもらっているのでなんとか耐えでくれるだろうと思い現場をあとにしました。

 そして、次の日に及川の様子を見に行くと、なんと彼は昨日付で退職したとのことですわ。

 おーい、俺の貸した諭吉はどうなるのよーー  てっことでいつもながら最悪なおちであります。チャンチャン。

 


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