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第零章‐自救自足の少年‐参

午前七時。

 今日の氷点下は二度。気象は薄曇り。街を包み込む朝露はいまだに消えず、周囲に霧が少し現れていて宇都宮学区の中へ入り込む陽光が細かく粒子が乱反射して、この街に今日の日の分の生命が吹き込まれる。

 時計の針が秒数を刻むにつれて朝から通勤ラッシュする輩がじわじわと増えていく。僕はそれに巻き込まれながら、いつもの改札口を通る。僕はこの時間帯が一番嫌いだ。今日一日の中で一番と言って騒々しい気がするからだ。

たとえば――騒音。自動車のエンジンの響き。バス・電車・駅のアナウンス。街を作る工事及び金属音。人の声。人の足跡。どれもやっぱり、物音が大きすぎて耳障りである。

大都会――宇都宮学区の雑踏を前に僕は右肩にスクバーを背負いタブレットを操作しながらいつもの電車で通学している最中、

「うあ~……眠い…」

 僕は眠気が覚めないまま大きく口を開けてあくびする。

 すると、車内の通路のドアを開ける知り合いの姿が見えて、

「おはよぉ。雨。どうしたの、そんなに大きなあくびして、クス(笑)。眠そうだよ?」

「ん。ちょっとね(暗)」

 横からニアミスしてくる茶色の髪の女の子が僕に元気よく話しかけてきた。僕は面倒くさそうに半分無視状態で不機嫌そうに返事を返す。

「昨日、もしかして夜更かしでもしたの? ネットとかゲームとか音楽聴いたりして?」

 ツインテールのような部分にウェーブをかけている茶髪が似合う少女は僕の生活の乱れに注目して憮然たる面持ちでつぶやく。

「んまぁ…」

 と、言いかけたとき――僕の脳裏に昨日の光景が蘇る。

 僕を射殺するようなまっすぐに見つめるなにも感じられないあの双眸が――

凛とした、綺麗な緋色の瞳が――

美と可愛いが均等に振り分けられた綺麗で真っ白な輪郭。そこからたまに薄らと感じる殺気。

 そして――あの後味悪く脳中と胸中で残る言葉、


 ――「アメは人の知られたくない秘密や過去を誰かに媚びるように優しくおしゃべりでもするの?」


 あのとき、一瞬自分の中でどこか認めたくない意地が込み上げて安い男だと思ってしまった怯んだ僕。

 胸の中でやかましいほどざわめいて、その言葉のせいで昨日は寝つけられなかった。

「夏乃には秘密…」

 危うく――「そんなところ」って答えてしまうところだった。

 たしかに――自分のプライベートを無暗に他人に話すべきではないかもしれない。恥ずかしいし別に他人に教えても無意味なだけだ。僕に教える権利があっても教えるか教えないかは自分の権利である。

「なによ。そそのかしてさ。もうすぐ、学年末テストなのに。そんなんで大丈夫?」

 ぷくーと、頬を膨らませる彼女は戸祭夏乃(とまつりかの)。僕のクラスメイトで中学校からの付き合いだ。

どこか、顔立ちが幼くて優しい妹キャラ風に整っており、体型はわがままボディーであり、胸のサイズは高校生にしては大きめに膨らんでいる。

「うん、まぁ」

「なら、いいけどっ」

 仏頂面になる夏乃は不服を唱えて――ぷいっと窓の方へ振り向く。

     

     †


 駅の外に出た途端、目映い日差しにより視界が混乱する、僕らは思わず目を細めた。

 冬の寒い朝は温度の低さを不快に感じさせる。そう感じるほど、温度が低く余程の防寒装備して厚着を着こまないと全身の震えが止まらない。冷たいアスファルトがひんやりと僕の足底から伝わって本当に寒いと鳥肌が立ちそうだ。真っ白な吐息が空気とともに雪とけて僕らはそう吐き続けては姿・形などが見えなくなり続ける。

 先週は二十年ぶりの寒波だったせいで僕たちが歩く日陰の場所の道端は今はまだ、雪の山が現状維持で保り続けていた。

 道路を挟んだ向かい側には、僕たちが通う凡人のための中学校がある。

 もうこのクラスでやって来て三年目の三学期が経つが、僕は未だにこのクラスに媚びたままである。それがよくないってことは自分でも自覚済みだ。

 僕はそのまま席へ着こうとしたとき、

「やあ、雨!」

 三年一組の同級生、宇津架(うづか)慎太郎(しんたろう)はにやにやと気持ち悪く表情を浮かべてとなりにいる(りゅう)(ふく)(ひさ)(おう)と一緒に僕へ馴れ馴れしく喋りかけてくる。この二人は僕の所属している映像部の仲間たちで僕のクラスメイト。こいつらの顔見て僕は要件を察して、

「あっわるい、一昨日頼まれた海星の撮影できなかったよ。だから、展覧会用の代替わりできるものはやく探しておくからさ――」

 と、営業スマイルみたいな顔で僕はそのまま自分の席へ着く。

「べつにそれはまだ、期限あるしそれを催促してきたんじゃあない」

 眉をひそめて、慎太郎が首を俯く。

 僕は彼の目を逸らして少々透き通った声で、

「ん? じゃあ何の用?」

「お前のお姉さん、聖人だろ! 強いだろ! 前に言ったろ? 稽古付けてくれるよう頼んでくれって?」

 冷淡に如実に籠もった視線が僕の双眸へ無理やり潜入してきた。

「ああ、そんなこと?」

 そう、僕は乾いた声でもらした。

 聖人とは、国家資格である『上忍士(じょうにんし)』を取得した者の里内で数十人いるかいないなかに『S級』と呼ばれる腕が超一流の国家忍者士のことを示す――それが聖人、またの名を聖者。『上忍士』――と、その呼び名が通る現場に赴く者や戦場で戦う者や諜報や破壊活動者や暗殺者や情報屋や指揮官や保安官や医療官や騎兵隊や研究者にいろいろな公務職員までその活躍の場は人それぞれ様々である。噂によると、聖人一人で五十万人分の軍隊と戦えるほどの力があるらしいのだ。ひとりで単独で敵地へ潜り込もうがある規定範囲内のルールでのなかなら何をしようが全てを許されてしまう。この世でもっとも高い地位であり、特別な人徳であり、里の人間宝庫――あるいは脅威の殺人兵器とまで言われている。だから、独自で勝手に国を作ろうが軍隊を作ろうが許可されてしまう、里の貴族みたいな存在だ。もっともそこにたどり着くまでどれだけ、人生を捨てきれるか――たとえばの話、宝くじで大当たりを引く確率の低さだ。それが今、僕の姉であるつばめがいる職である。

「あの人はやめたほうがいいよ、慎太郎」

 んだよそれ、と僕へ石を投げつけてくるように態度が急変する。

「…………雨、一回承諾しておいてつばめさまの返事もなしにお前が拒否るのかよ! お前ナニさま? 俺のことバカにしてるよな!」

 慎太郎に怒気が入って僕の心へ響き伝わる。

 恐る恐る僕は額に冷や汗を滲ませながら、慎太郎の顔を垣間見て、

「ごめん、しかきみには言えない……けど、別にいいじゃん。忍びの知識なら勉学なら、ほら、僕ん家の屋敷の書物があるし……慎太郎、さえ……よければ全部貸すよ?」

「――ちゃらちゃら人の目をちらちらと見てんじゃあねぇーぞ! そーやって気にスンのやめろっ……気にくわねぇ! いつもいつも、毎回毎回、そういうところが気にくわねぇんだよ!」

「え? ごめんっ。読むだけじゃあ足りないって言うのなら、家の修練場使っていいよ。なんなら、母さんに頼んで式神の符借りてこよーか?」

「そーいうところだよ! たく、もう(冷笑)…ナメてんのか? ナメてんのかてめぇー雨っ!」

「やめろって! 慎太郎!」

 殴りかかる勢いで憤りを覚えた慎太郎を横で止めに入る久王は裡のなかでハラハラしっぱなしだ。

 しかし、慎太郎自身が言い分を我慢できない――その衝動が抑えきれなく、洗いざらいぶちまけた。

「お前どれほど、俺が忍びになりたいってわかっててその態度か、それとも俺んちが貧乏でお前んちが恵まれてて、それでそんな余裕垂らして見下してるのか? おい、見下しているよな!

「……なに言ってるんだよ、そんなことないよ…ははは」

「…………今笑ったん? 笑ったよな? おい。笑ってんじゃあねぇーよ! お前貧乏な俺んちがどれほど心狭そうに暮らしているか? 知ってるよな! 一生懸命忍びたちの下っ端で奴隷やられてるんだよ! それも家に帰ってきたとき家族に疲れた顔を見せずに一生懸命労働やってんだぞ! 苦しくても傷だらけでも泣きたくても宇津架家の家計を護ってきたんだよ!」

「………」

「お前はいいよなぁ? 名門に生まれてよ? けど、忍びになりたくないだよな。理由が血を見るだけでとんずらしちゃうから――どんないいわけだよ」

「…僕は――」

「いいよな、つばめさまという有名人の姉をもって――しかも雨んちの母親だって研究者でいて家紋が安泰じゃんかよ。これで安心してお前は一生ニートできるわけだ。この家畜野郎!」

「っくそ。やめろ、やめてくれよ。(あいつ)と比較すんの! それに母さんは関係ない! 僕がどうしようと勝手だし! 僕の命は僕のものだけだ! 大体、慎太郎は忍びにこだわり過ぎるじゃあない! あんなの痛いだけじゃあないか……才能がない癖にぎゃあぎゃあうるさいんだよ。バッカみたいっ! それほど、才能ない癖に絶対に叶わない夢を真剣になれるのまで追いかけるのなら、僕に頼るのやめろぉよ! 僕がそーいうの嫌いだって! 知ってるお前も僕と同類じゃあんかよ!」

 バン、と机を叩きながら、立ち上がった僕がいた。

 慎太郎はそれを理解した上で、臆することなくにらみつけてきた。

「あんやろ!」

「マジでやめとけっ。慎太郎! クラスのみんながこっちみてんぞ!」

 久王の言う通りだ。僕たちがこうして喧嘩している今もずっと、クラスのみんながシーンとして何事だぁ? って風に不思議そうにこちらを窺っていた。僕らは知らず知らずして醜態をさらし合っていたのだ。そう、今気づきはじめ、急に忸怩な思いを互いに受けて堪えきれない。

 しかし、僕には譲れないところだ。姉を出しにして僕をその上で付いてくるハンバーガーの脇役であるピクルスみたいな扱いされて誰だってやだに決まっている。しかも、扱い方がパシリ似た扱いだ。酷いしか言えない。言いようがない。

 ――はやく、どっか、いけよ!

 僕が慎太郎とこのように対峙している今もあーいったものの心臓はバクバク跳ねているのだ。

平常心を保てるか保てないかのやっとである。

 しばし、沈黙が続いた。

 慎太郎は初対面の気にくわない奴の面を見るような目つきで、僕をじっと見つめる。僕の肩と膝が微かに笑い震えているのは、きっと怯えている証なのだろう。

「っちくしょう……」

 慎太郎は悔しがりながら、首を傾げて眉間にしわよせて口を尖らして舌打ちをする。

「そーゆーことだから頼んだよ雨――」

 気障な喋り方をする久王は冷静に微笑んで自分の席へ着きはじめる。

 拳を握りしめる僕は緋色な双眸を烈々と光らせ、「めんどくさっ」と、低く抑えた鋭い声でそう吐き捨てた。自分も大人しく席へ着くと、

「かわいそうだよ――慎太郎くん」

 前の席の夏乃が前を向いたままひそひそと憐情につぶやく。

「どこがだよ。つばめと見比べられた僕の方がよっぽど、かわいそうだと思うけど、それにこれでも空気読んであいつのために思って――」

 問いただす僕はちょっと不機嫌そうになる。なんだか、味方されないのがムカついたのだ。

「読めてないよ、そーいう自分自身を護っているみたいなところ……少しは治した方がいいよぉ?」

「…余計なお世話だっつーの。御節介野郎――」

 はぁ、と溜息をついて僕は窓の外を見据える。

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