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第零章‐自救自足の少年‐弐

関東地方北部に位置する栃木の里の里庁(りちょう)所在地(しょざいち)といえば、誰もが宇都宮と答えるだろう。そうだ正解だ。僕もそう答える。みんなもそう答える。

 平安時代から存在するこの《宇都宮(うつのみや)支部(しぶ)》――またの名を《宇都宮(うつのみや)学区(がっく)》は、元々《武家(ぶけ)》及び《公家(くげ)》である《幕府(ばくふ)》のものであったとされている。僕らの先祖である『忍者』の原点ともされている『修験者』たちが世界の隅っこに住みつき、肩身狭い思いをしながら、『武家』専属で裏社会の仕事――暗部として従い、仕え、名のある武士や貴族を抹殺してきた。依頼を受ければ、なんでもやる、人だって殺める、盗みもする、こうやって報酬を貰っては山に籠って忍びに忍んで衣食住をしてきた。

こうして、『幕府』は『修験者』のおかげで『地位』を登り詰め、偉くなってきたのだ。『幕府(かれら)』は『時代』を動かしているのは自分たちだと勝手に舞い上がり、ほざいて勘違いをしていたらしいが、もはや、『時代』を常に切り開き、動かしてきたのは『修験者』らの方だと歴史では語られている。

今こうして僕らが堂々と自由に歩き回れるのはあるきっかけに過ぎない――大日本で偉大なる革命とされる『大政奉還』で時代は大きく変わったおかげだ。昔の人……『修験道』たちはこれを嗅ぎ付け、もう内部戦争をしない条約を結び立ててしまう事態を悟ったらしい。さらに、自分たちはもう用済みで世界から除外されると感づいたのもあり。『修験者』たちは馬鹿みたいに怒りに狂ったと言うが、この件に関しては勘違いから始まったと僕は思っている。

今まで良い様に扱使われ、良い様に自分たちの手柄だと思い上がって、それは仕方がないと心で感情を押し殺してきた。国が独占され続けられてもしょうがない、自分たちの居場所がこの世界にあるとするのなら幸せと思い――そこへいつまでも縋り付こうと我慢してきたのだ。

だがついに、『幕府(かれら)』は本当の意味での新世界への扉を開くための国家を築こうと企んでいることを知り、今度は勝手に国と職務を奪われると思った『修験(かれ)()』たちは頭に血を上らせ、その身を噴火させて『幕府』から『国の権利』を『転覆』させた。そうやって時代が今に到り、ほとんどの日本各地が独立(どくりつ)忍び(しのび)単体里家(たんたいりか)となっている。たとえば――僕たちの里みたいに。

おかげでこんな両里睨み合う戦乱が続いているのだ。

現代に生きる僕らは学校の講義で忍びの歴史を耳が腐る程に教えられている。このような歴史的出来事は図書館やら書物や巻物や教科書にだって記されていることだ。

「……まったくいい迷惑だっつーの。僕はとんでもない時代に生まれたものだ。神様なんてものは信じてはいないけど、とりあえず、文句が言いたい。それに――成績が悪いからって担任の奴、どうしてつばめの学校へ行かされる嵌めになるんだよ。へたしたら死んでいたぞ。もう。……はぁー災難だ」

 不幸面の僕はこの学校の校門を出てそうつぶやく。

この宇都宮学区には何十という、忍び育成機関の学校が集っている。

 たとえば、この高校――宇都宮(うつのみや)海星(かいせい)女子(じょし)学院(がくいん)といういかにも、お嬢様の学校なのだが、中高一貫制女子校で毎年最強の忍びを輩出している名門校のひとつだ。

 さっき、ちら見してきたが、校訓が『真理と愛に生きる』――生徒指標が『謙虚』・『清純』・『明朗』・『自律』をモットーにしているとか書いてあったが、僕の通う偏差値低い高校とは随分と考えていることが天と地の差だなって思わずにはいられない。

 そう想えば、ここに来たかえがあったかもしれない。きっと、僕のクラスの担任は本当の忍びというものに理解してもらって考えを更生させる目的でここへ僕をこさせたのだろう。けど、何度も言うが僕は争いが嫌いだ。同じ人間が殺し合うなんて真似は誰に説得されても、きつく説教を受けようが、数多の美少女たちからハーレム状態でせがまれても、密告されようが僕の考えは変わらない。だから、この世界に間違えて生まれてしまった僕は才能がないと押し迫られる。おそらく――『幕府』の国のままどっかの国との戦争に負けて日本が降伏し自分たちの間違ってたことに気づけば、もしかすれば、僕らは平和に暮らして生きられたかもしれない。

時代違いで単なる霊視が見えない、忍術が使えないからってなんだって言うのだ。生まれた時代のせいで何故? 才能が必要とされなきゃならない。何故? 血を見て何が楽しいのだ。僕はそこがわからない。

それに生まれてこの方いいことなんてひとつもない。学生らしく青春も送れなければ、彼女もできない童貞のまま。思うようにいかない人生。リア充だってできない。秋條の家に生まれただけで災難・不幸・厄病(えや)み・畏怖・貧乏だ。幾度となく、周囲から期待されては蔑まれ、身に沿わぬほど大きな期待を無理やり背負われて、先月の頭くらい僕はこの名前のせいで誘拐されたこともあった。もう、あの誘拐で何十回ほどだろうか――つばめが僕を助けてくれたのはもう何十回ほどであろうか――。

秋條家がなぜ、そこまで名誉ある価値のある家紋を持っているのだろうか。そういえば、前に母さんに訊いたことがあった。

 平安時代に『修験道』を開祖したのは藤原千方(ふじわらのちかた)。その末裔である戦国時代に活躍した、伝説の『暗殺鬼』――《風間小太郎》の血を引く――秋條家は何を隠そう、名門の一族の末裔だって言う。その血をもっとも受け継いでいるのはつばめの方なのに――それでいいじゃあないか――家から出る忍びがひとりいるのだから未来安泰でいいじゃあないか――どうして才能がないだけでこの時代の人たちは才能の比較をするのだろうか。別に散々このように愚痴といて何だが、忍びとしての才能とかはいらない。何かしらの力がないとこの世界では見捨てられることになってしまうのがおかしいと思う。とにかく、争うこの時代を止めたい――そういう優しい力が僕には欲しい。そう、優しい――単なる怖がっているだけかもしれない――けど、これは逃げなのかな――不安だけが自分の胸に取り残される気分で心が痛いよ。

 ――しかもこの場所は今の僕にとって大ダメージじゃあないか?

 夕陽が西の空を茜色に染める。気が付けば公園へ行き着いていた僕の周辺で優しい鐘の音色が鳴りはじめた。辺りをどこもかしこも見ると目と心の毒である。何故ならこの空間はリア中のどもの巣窟であり、聖地。彼らは愛を語り合い、公衆の面前で平然と唇を交わしている。あっちこっち、東西南北とびっしりカップルだらけ。

さっき戦闘してきたぼろぼろのこの身の僕がこの空間で浮いている気がする。しかも、傍からみたら仕事帰りの道路工事の作業員(わかいあんちゃん)だ。一五年間生きてきたのに女の子とも手を繋いだことがないだなんて僕の人生完全に腐りかけているな。

――そういえば、今日は二月十四日だっけっかぁ~。チョコなんて貰っちゃってさぁ。

「くそぉーラブラブしやがってぇー……」

 頭を掻きむしる僕は僻みながら叫ぶ。

「今日は災難ばかりだよ。……ああ、出会いが欲しい」

 そうつぶやいたとき、

「?」

 自動販売機で突っ立っている女の子がいた。

「お願い。喉乾いたの。その中身からジュース頂戴?」

 無感情な声とミステリアスな雰囲気を女の子の背中から感じた。

 その様子を見ていた僕は彼女が何故か困っているような気がしてならない。マントを羽織っている姿のその少女はたぶん背的に僕と同い年だと感じられる。その髪は外国人に似た髪の色素の薄さ――ときいろに染まっている。背中越しで見てもわかる。かなり髪が長い。

「なんだぁ? あの子? もしかして自販機の買い方しらないのか?」

 下心満載に表情に笑みが弾きながら、まるでナンパでもする気が抜いた感じで彼女の横に並ぶ――僕は自販機にワンコインを投入する。

 すると、警戒心を抱く番犬のように彼女は身体を横に捻り後ろへジャンプした。

 即座に彼女は腰からS&W PC M629ステルスハンターを取りだしその小さな手でグリップを握りしめ白くて細長い綺麗な指でトリガーへ当てる。

「うわっ」

 銃口を突如向けられた僕の不幸に満ちた童顔と声が一瞬にして怯んだ。

「…………」

 互いに恐慌するようにして――もっとも彼女の方は恐慌したというよりは突然の来訪者である僕を訝しんでいた。なのにも関わらず、僕は思わず、見惚れてしまった。お姫様カットが似合ってロングの下の方を二つに縛っていて――その顔立ちは可愛いとも綺麗とも言えるだろう。

 この街じゃあ見かけない制服――いや、多分学校の制服じゃあない。彼女の黒のマントの下には純白? シルク? みたいな感じのちょっと変わった激しく動いても大丈夫ようにできているドレス。スカートの裾には蝶々の羽みたいなヒラヒラが可憐に装束されている。

「あ、あの、ご、ごめんなさい、悪気が…あってやったんじゃあない…んだ……」

「――く……」

 彼女は歯切りが悪く威嚇する。

 調子に乗って女の子に話しかけて、ビックリさせてしまったことを詫びながら僕は彼女の虚ろな切れ長の双眸を見つめて、ゆっくりと、足を進める。と。ピクンっと、肩を動かす少女の肩が脈を打ち、綺麗な指先がトリガーをバゴォン! と、引き抜く。容赦なかった。しかも本物だった。弾は僕の左横をカスるかカスらないかの瀬戸際みたく通過した。弾を向けられた僕の両目は心理的にいつの間にか見開らいていた。僕は唖然してしまう。自らの白い吐息だけが、生きている証拠になり、さっきまで動かしていた両腕をだらりと、下げる。のちに後退りもする僕は静かに音を立てず――落ち着いた表情で赤くランプ点くボタンを適当に押してホットココアを手に取る。

 その直後、リップクリームが塗られているピンクの唇を開けて、

「……………」

 彼女は欲しがりそうな顔をしながら、銃をしまう。まるで、おわずけをくらう子犬みたいに。

 この女の子は無表情だが、どこかしおらしく顔を赤く歪め、白い肌に緋色の瞳が繊細に映って僕の脳裏に忘れられないような印象を与える。

 だが、僕は気づかなかった――見惚れるところはそこじゃあない――よく見てみると、彼女の手や顔とか服装周辺に血が付着しているのだ。

 この息詰まる非常に差し迫っている空気を断ち切るように僕はおとなしく彼女が欲しがるココア缶を軽く抛り投げる。少女は上品に安易に受け取った。

 僕は彼女が怪我でもしているのかなと、悟りながら、

「ねっ、きみ………もしかして、怪我とか、してるのかなっ。なんなら、僕が手当てを――」

「………温かい。………怪我じゃないわ――わたし、人を殺してきたのよ……」

 その女の子は温かい缶をほっぺたにくっ付けて、顔を温めながら、吸い酔わされる唇をゆっくりと動かし愛らしい声を僕に向けて初めて出した。しかし、その声には生命による肉声が感じられなかった。なんというか――死んでる? いや、それは極端過ぎるかもしれない。命が吹き込まれていないというべきか。耳に冷たい息を吹かれているようなそんな感じで――心が燈っていなかった。

「………え?」

 ――なんですか。この気まずい雰囲気は? しかも、さっき殺したって? 血っ! は!

「誰を?」

 思わず逃げたくなるような息詰まるさなか、僕はのどがかわいて水を求めるように、彼女の意味深な言葉に激しく執着する。そのままいつの間にか溜まった唾で喉を潤した。

「あなたっ――……えっと…」

「雨――秋條雨っ! それが、僕の名前」

 僕はつい、何故か見知らぬ人に名乗ってしまった――まるで見栄を張るようにして。

「アメは人の知られたくない秘密や過去を誰かに媚びるように優しくおしゃべりでもするの?」

「………、」

 僕はためらって消極的になる、冷徹で光が灯らない彼女の刃が磨がれた凶器のような瞳と途方もなく重っ苦しい静寂なその言葉が僕の貧弱な心を抉った。彼女のその悲しみと苦痛と絶望が入れ雑じる負の感情は霊視の才能を持たない僕でもなにかしらの霊的エネルギーが発しているのがわかる。無意識に自分の意思がこう告げている――彼女のそのデリケートな境界(ライ)()をこれ以上踏み込んではならないと引き下がれと言っているみたいに――僕は彼女の目の様子を探って肩を竦めて気持ちを萎縮させる。

「あ…いや、違うんだ、ごめん突然。けど、僕は単にきみが血を出していたから――手当てをしてあげようと、別にそこに、へ、変な意味はないんだ。極端に言うと僕は人が傷ついているのが見過ごせない? いや違うな。単に――い、いやなだけなんだ」

 ひやひやした気持ちで僕は成り行きまかせな態度をする。後半掠れた声だった。

 わずかな間、僕の不安定な眼光へねじ込むように凝視してくる。

 耐えきれない僕は怯えて逃げるように視線を彼女の体から逸らして、

「………うわっ、ほんと、ごめんナンパしようっておも――」

「そう。アメは心が綺麗でいいわね」

 そう言って彼女は僕へ背中を向けた。足から血を流し地面に跡を残しているところを思わず手を伸ばしたくなるほど、「やっぱり、怪我――」と、不意に脳内でそう言えと命令されて信号と神経が噛みあわなく幸いにも嗄れ(しゃがれごえ)が出るがそれ以上彼女へ踏み込む勇気がなかった。

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