生誕
婚礼の儀から一年が経とうとする頃、王太子夫妻に第一子が誕生した。名をアレクサンデル・フィリックス・ノ・フスト・デア王子、母子共に健やかで王太子の喜び様はルディを通じカリンに伝わってきた。
「カリンの名前を一部使っていただいたそうだよ。」
と、黒髪の魔法師から聞いたのは王子生誕の一週間後だった。
「え、ええ⁉︎そんな恐れ多い!」
「うん、僕もそう言ったんだよ。一国の王子殿下の命名なので十分考えて下さいって。だけどね、ほら成年の儀の会場で君が殿下に祝福を授けただろう?あれから殿下はすごく気分が楽になって、まぁやっぱりご出産時は気が気じゃない状態にもなったようだけれどそんな時にあのネックレスを握り締めて気分を落ち着かせてたそうなんだよ。で、無事に、それも後継者になるお子様の誕生を聞いてすぐに名前が浮かんだんだってさ。君の名から一部付けようって、妃殿下共々君に凄く感謝していると伝えて欲しいって言われたよ。」
「そうですか、もうお決めになられたのなら仕方ありませんね。きっとたくさん愛されて健やかにお育ちになられますよ。」
カリンは仕方ないなぁと思いながら手元のレース編みを進める、この秋に迎える成年の儀で被る物だ。
「うん、僕もそう思う。ところでさ、もう一つニュースがあるんだよ。」
「なんですか?」
「うちの近所に来年二人の赤ちゃんが誕生するらしいんだ。」
「まあ、おめでたい!どちらのお宅ですか?」
そう答えながら近所の若い夫婦を何組か思い浮かべる。
「一人は少尉の所に、もう一人はアナスタシア様だよ。」
カリンは驚きうっかりレースを落としてしまった。魔力持ちはただでさえ子どもを授かる率が少ない。しかも魔力持ち同志なら尚更だとオブリー夫妻は早々に諦めていた。近くには孤児院もあり近所の子どもも交えて交流している。縁があれば養子を取ればいいと考えていた、反対にヴィグリー夫妻は子どもが欲しかった。しかし、長年寒冷地に住み戦に明け暮れたイェンナの身体には無理があるかもしれないと半ば諦めもあったが、軍を退き気候の良いハヴェルンに移住し癒術師の治療を受ければもしかすると・・・と一筋の希望を持って移住してきたのだ。そして、最初に異変があったのはイェンナだった。悪阻のようなものがありもしやと診断を受けたら新しい命を授かっていたのだ、その話を聞いたアナスタシアが身体の辛いイェンナの世話をフェンリルと共に手伝いに行っているうちにしばらくして自身の容体が悪くなった。初めは夫婦揃ってもらい悪阻だろうと笑っていたがそのうちに笑えない状況になってきた、それでも懐妊はありえないと考えていた二人は悪い病かもしれないとツェッィーリアを呼んだ時点でフェンリルに笑い飛ばされた。
「お二人にとってはあり得ないことかもしれませんので言いにくかったのですが、経験者の私から見て奥様は間違いなくご懐妊の兆候だと思われますよ。」
事実、その後のツェッィーリアの診立てで間違いなく懐妊だと言われた。
「そうなんですか⁉︎お二人共おめでたいですね。」
「だね、魔力持ちは初めから子どもを持つことに期待をしていないんだ。だから独身も多いし、でも良かったよ特に少尉の喜び様はすごいからね。」
カリンが少し浮かない表情をする。
「どうした?」
「あ、いえ。ルディ様はまだご結婚なさらないのですか?」
急な質問に驚きながらじっくり考えて返事をする。
「僕は・・・うーん、わからないな。今すぐしたいとは思ってないし、最近は一応それらしい話を持って来られたりするんだけどさ。さっき言った通り子どもは殆ど望めないんだ、見合いの話は僕の地位欲しさの話ばかりだし結婚するなら殿下じゃないけど愛情がないと、それでもやっぱり辛い思いをさせるかもしれない。だから、あんまり考えてないかな。でも、なんで?」
「私はルディ様にお仕えしていつかその奥様とお子様のお世話をするんだと思っていました。魔力持ちの方がなかなかお子様に恵まれにくいということが抜けてて・・・」
ふむ、そういう未来図だったのか。
「あのさ、カリン秋には成年の儀だよね?」
「はい。」
「15になると、魔力持ちは親の守りが消えるって言われるんだよ。それまでは両親の庇護の下守られてきた、けど成年になれば大人になるから一人で生きて行くんだ。多分、普通の人も同じ感覚だと思うんだけどさ君の場合僕の守りも消えるんだよね後見人だから。君のご両親は君を手放した時にその効力を放棄されてると思う。まずミルフォイ司祭の庇護があり、司祭の後に僕になった。あのねカリン、君はこれからの人生を自分で決められるんだよ。例えば、侍女を辞めて街で働いたり好きな人が出来て結婚したり。それは君の自由なんだ。」
「私っ!ずっとお仕えします、やめません。それに・・結婚とか好きな人とか・・・考えたこともありません。」
「だけど君は母親になりたいだろう?」
そう、カリンは家庭を持ちたいと本当は思っていた。家族のように周りは接してくれたけれど、本当の家族に憧れていた。
「なんでわかるんですか?」
「フェンリルさんが二人目を身籠った時にすごくいい顔をして見ていたし、セシーの面倒や近所の子の面倒を特に赤ちゃんのね、よく見てるからその様子から考えたんだ。」
「私・・・ルディ様を独りにできません。」
カリンは喉の奥が熱くなるのを感じた、ダメだ泣いたらまた迷惑かけると俯き懸命に堪える。すると、ルディが近づいてくる気配がして彼女の目線に屈むとカリンの膝の上にある編みかけのレースを涙で濡れないように横にずらした。
「何で泣くの?」
頭をふるふると振り、わかりませんと小さく答える。カリンより大きな掌で頭を引き寄せられお互いの額が触れ合う、その間も涙はポタポタと落ちお仕着せのエプロンを濡らしていた。いつもより緊張しているが穏やかな声が聞こえてくる。
「あのね、カリン。本当はこんな事言うつもりなかったし、決めるのは君の自由だから。言うよ?・・・僕は君が好きなんだ。」
引き寄せる手にさっきよりも力が入った。
「妹みたいとかじゃなく一人の女の子として・・・好きなんだよ。だけど僕じゃ君の望みは叶えられないかもしれない、だから言わずにずっと側にいてもらえればいいと思ってた。でも、いつか君が誰かのものになる事を想像したら・・・耐えられないと思った。だったらいっそ遠くに離れて暮らせばいいともね。僕はとにかく君には幸せになって欲しいんだ。」
深いため息をルディがつく。カリンは頭の中が真っ白になっていた。
好き?この人が私を?そんなこと、そんな・・・。
ルディがカリンの顔を両手で包み上げさせる。緊張と優しさの入り混じった瞳で見つめられカリンは涙も止めて赤くなる。
「で、その君はやっぱり僕の事を主としか見られないかな?」
緊張で言葉が出ない、ようやく頭を振るのがやっとだった。その仕草にやっと安堵した様子で再度問いかけられた。
「本当は秋の成年の儀が終わったら、正式に申し込もうと思っていたんだけど。その・・・僕の奥さんになって欲しいって。ずっと一緒に居たいんだ、君と。」
「・・・はい、はい。私もですルディ様。」
また涙が溢れる。頬を流れる涙を優しく笑いながらルディが唇で吸い取り、小さな唇に軽く触れた。