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魔法使いと侍女の物語  作者: にしのかなで
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成年の儀と収穫祭

ヴィグリー夫妻の婚礼はオルボアの町に出来た新しい教会で町の住人に祝福され行われた。ウルリヒのヴィルヘルミナからの二人への祝福の手紙には元気な女児をご出産したこと、そしてその王女のミドルネームにイェンナと付けたことを記していた。ちなみに正式な名前はアレクシア・イェンナ・デア・ウルリヒだそうだ。つまりヴィルヘルミナは大切な第一子、それもあの国は男女問わず第一子が王位継承権一位を持つのにその跡継ぎにウルリヒに多大な貢献をした二人の女性の名を付けたのだ。その名を聞いてアルベリヒを始め皆一様に、それはとんでもないお転婆娘になりそうだと感想を述べた。実はこの頃我が国の王太子妃にもご懐妊の兆しがありハヴェルンは益々お祭りムードだった。


そして、秋が来てルディは21歳になった。ちょうど地元の成年の儀と収穫祭が行われるのでカリンと来年のために下見に行くといったら案の定アナスタシアから待ったが入った。


「ダメよ、ダメダメ!カリンの成年の儀は王宮に招待するって王太子ご夫妻も言われてたわ。うちの母もその日を楽しみにもう仕立て屋と話を始めてるわよ。」


「いや、アナスタシア。君達の気持ちもわかるけどカリンは一市民だしいくら今まで国のために尽くしてきたとしても、それを知らない貴族たちの方が多い。そう考えるとやはり、カリンの気持ちを尊重した方が・・・」


オブリー夫妻の思わぬ喧嘩の種になってしまいカリンはオロオロしている。


「ルディ様、どうしましょう?」


「ああ、ほっといていいんじゃないかな。公爵家にはまた報告に行こう。それより早く出かけないと式を見損なっちゃうよ。」


今日は休みなんだからと犬も喰わない喧嘩なんか放っておいて、カリンには普段着を着させて教会に向かう。若い男女が着飾り手には麦の穂を持ち教会

に入る。


「ふーん、ハーヴェイ様に無事に育ったと意味を込めて捧げるんだってさ。」


「え!じゃあ私も麦を育てなくちゃっ。」


周りの大人がくすくす笑う。


「カリンちゃんは来年かい?麦は心配しなくても教会や知り合いの農家が準備してくれるから大丈夫さ。一房という決まりはないからその日はみんな友人知人がその子の為に麦を一房ずつ贈ってくれるんだよ。最悪でも教会の方が用意して下さった物を捧げられるから心配はないよ。」


「あ、そうなんですか〜。よかった。」


心配が消えカリンは熱心に儀式を見ていた。帰り道は収穫祭の市を覗いてまわる。その中ウルリヒから魔法石を売りに来ている商人がいてしばらく店先で立ち止まる。カリンは喉が渇いたので二人分の飲み物を買いに行ってくれた。


「随分、上質な石もありますね。」


「ええ、お子様のお祝いに買って行かれる方が多いんですよ。ですからなるだけ上質で手頃な値段でこの日は特別に売るんです。」


商人と話しているとカリンが飲み物を持って来る。見ると手に下げた籠にはもう既に入りきらない程の野菜が見えた。籠と飲み物を受け取り、午後のおやつを買って帰る。それもまた持ちきれないほど買っている。


「だって、美味しそうなんですもの。それにオブリーさんたちを招いてお茶にしようと思って。」


成る程、それならわかる。しかし、彼らも出かけていたらしくテーブルはお菓子や持ち帰りの惣菜ですぐにいっぱいになった。女性陣は小物などの戦利品を見せ合って賑わっている。僕はヴィグリー家の当主にきいてみた。


「どうですか?新しい職場は。」


彼は古傷のため現役は退いたがエンケル将軍に目をつけられていたので今はハヴェルン軍の事務官をしている。


「いや〜、あのおっさん暇があると手合わせしたいって来るんでその応対が大変。それ以外はまぁ、順調かな?」


「ははっ、カリンもまいってましたからね。なかなか引退しそうにないですね、あの人」


「生涯現役だってさ、こっちは逃げるのに必死。相手してたら仕事進まないし。」


秋晴れの天気の下、ガウス家の庭にある木製のガーデンテーブルに集まり各々が持ち寄った食べ物を並べたり飲み物を出したりと賑やかだ。最近は休みの日はどこかの家に自然と集まることが多い。特にガウス家はなぜか人が集まりやすくよく仕事帰りのヴィグリー少尉(軍属になる条件として永年少尉の称号をエンケル将軍と駆け引きした。)が、呑みに誘いに来たりイェンナがカリンに料理を習いに来たりする。オブリー家はこの辺りでは数少ない貴族だが元公爵令嬢とはいえアナスタシアの気さくな性格は受け入れられ時折お茶の講習会だの子ども達の礼儀作法などを行っている。


そんな平和な日々を送る者たちがいる一方で気を患わせている一人の地位ある男がいた。そう、ハヴェルン王太子アルベリヒだ。彼はいま、身重の妻を思い仕事に集中できない日が続いている。ルディがその話を知ったのは王太子妃が安定期を迎えお腹も少しずつ目立ってきた冬の日だった。用件があり、アルベリヒの執務室を訪ねると話しの最後にこう聞かれたのだ。


「なぁ、ルディお前の前からある日突然前触れもなくカリンが消えたらどうする?」


「・・・は?え、どういう事ですか⁉︎なんかまたあるんですかっ⁉︎」


「馬鹿者、違うわ。例えば、例えばだぞ⁉︎カリンが病や事故でもう二度と会えなくなったらお前どうなる?」


「か、考えたこともありませんでした。でも、もし本当にそうなったら普通でいられる自信は・・・ないですね。でも一体どうなさったんです?」


「俺はな、怖いんだよ。日に日に成長していく赤ん坊を腹に抱えたファンテーヌが、その子を産み落とした後も元気でいてくれるだろうかと。」


アルベリヒの実母は生来身体が丈夫でなく、アルベリヒを産み落とし数ヶ月後に病に倒れ亡くなっている。そんな親を持っているからか妊婦の妻よりマタニティブルーになっているようだ。


「でも、ファンテーヌ様は悪阻こそ重かったけれど今は落ち着かれてお腹のお子様共に安定した状態だと養母がいっていましたが、何かありましたか?」


「ない。何もない、なんだろうな?情けない父親になるのが怖いのかも知れんし。だがとにかくファンテーヌが無事共に永く添い遂げてくれたらいいんだ。子どもができるのは嬉しい、これは偽りなく喜んだ。だがな、俺は実母の声も覚えていないのにもし、我が子もそうなったらと不安なんだ。」


西日を浴びて憂い顔で話すアルベリヒは少し痩せたようだ。ルディは執務室を下がるとその足で王太子妃への謁見を申し込んだ。が、会ってみると以前より少しふっくらしているが元気な上に幸せそうだ。そこでルディは彼女の夫の話をする。ファンテーヌはなが〜い溜息をついて、日頃の愚痴をルディにまくし立てた。


「歩くな座るな立つな動くな。こんな事言われるのよ、動いた方が母子共にいいに決まってるのに!大体心配しすぎなのよ、私の事より他に心配しすべきことがあるでしょう?王妃様からは一人産んだら変わるからって言われたけど。彼ね、ヴィルヘルミナ様がお産まれになるまでも王妃様にくっついて離れなかったんですって。毎日「お元気ですか?」ってやって来たそうよ。それはそれで可愛らしかったそうだけれど、結局ヴィルヘルミナ様がお誕生になられて後ずっと王妃様がお元気だったのでその後の出産にはそれほど不安定になられなかったからあなたも頑張って産んで御覧なさいって仰られたわ。」


小さな殿下を想像しクスクス笑うファンテーヌだが、彼女なりに夫を心配していた。あまり気に病まないように補佐をお願いねと言われて部屋を下がる。ああそうか、殿下もまた独り置いていかれた過去があるからどうしても心配になるわけだ。家に帰り、用事をするカリンの後ろ姿を見ながら昼間の殿下の言葉を思い出す。


---例えば、例えばだぞ⁉︎病や事故でカリンにもう二度と会えなくなったらどうする⁉︎---


公爵邸の離れの庭に研究棟を建てた時、ウルリヒでブランディーヌを追い詰めた時。そして、殿下の婚約式のために会えない日々が続いた日・・・。


ー殿下、お気持ちはよく解りますよ。だって僕は彼女を何度も失くしかけているもの・・・ー


くるりとカリンが振り返り笑って言った。


「今日のお仕事終わりましたので、林檎をお食べになりませんか?ご近所さんからたくさんいただいたんです。」


「うん、いただこうか。」


笑って答えた。カリンは明日はアップルパイに挑戦してみるとか話しながら用意している。この、当たり前の風景をいつまでも続けたいのは殿下、貴方たけじゃありませんよと思いながら二人で林檎を食べた秋の夜だった。


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