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魔法使いと侍女の物語  作者: にしのかなで
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ご近所付き合いは大切に

王太子殿下の婚礼の儀も無事に終え、その婚礼に間に合わせるように進んでいた開発事業も無事に終わり小さな町にはオルボアと名が付いた。ルディの家は元々少しだけ奥に入っていたので前後左右に間隔を開け家々が建ち並んだ。彼の家は木造だったので一軒だけ浮かないようにすぐ近くにヨハンナ・ベルが管理する木造の学校などが作られた。国費を投じた計画なので一般市民でも購入しやすい家が多いが、中には土地から買い好きに建築基準内で好みの家を建てる者もあった。勿論その筆頭はオブリー伯爵夫妻である。ガウス家より少し離れたところに煉瓦造りの小洒落た小さな屋敷は建った。今は引っ越しでアナスタシアが忙しいようだ、彼女は実家からフェンリルを通いの侍女として引き抜き屋敷の庭では歩けるようになったセシリアが遊んでいる。オブリー家の引越しが一段落した頃、ガウス家の近くに外国から引っ越してくる夫婦がいる、と噂を聞いたカリンがやっと定刻に仕事を終えられるようになった主に夕食後その話をした。


「学校の近くの木造のお家に入られるそうですよ。」


コポコポとレモネードをグラスに注ぎながらカリンが話すとルディは心配気な表情になる。


「それって、別荘としてじゃなく定住するってこと?」


「はい。オブリーさんはなんだかお知り合いで、国籍の異動や色々とその方の事で今はなんだか忙しいそうです。大叔父様のお知り合いでしょうか?」


ふむ、それなら身元も安心できると今度は安堵する。婚礼の儀の後、二人で我が家に帰り着くとそこはもう別世界で最初は戸惑った。ルディの休暇の日、一緒に町並みを見学がてら散歩したが気さくな人間ばかりで通りは子どもの声が聞こえヨハンナ・ベルの施設が併設されている教会の裏には過去の病の慰霊碑がそのまま使われているが新しく丁寧に台座が作られていた。そういえばあの日その噂の家をちらりと見た覚えがあった、緑の屋根の二階建てで庭には芝が植えられていたあの家にはどんな夫妻が来るのだろうか?


ルディがカリンからその話を聞いてしばらくたちもう忘れかけていた頃、仕事中に執務室に客人が訪ねてきた。今では王太子付き秘書官に昇格したハースがよくご存知の方ですよとにこやかに笑いながら部屋に通す。


「よぉっ!」


「え、ヴィグリー少尉⁉︎どうしたんですか。」


ヘラッと片手を上げ笑ながら入ってきた背の高い彼は今日は普段の軍服ではなく簡素な平服で、勧められる前にソファにどっかりと座って寛ぎ始めた。


「引っ越してきたんで色々手続きするついでにまず挨拶しとこうと思ってさ。」


「引っ越し⁉︎えっ、ウルリヒ軍は⁉︎」


慌てて向かい合い座ったルディに事もなげに彼は言った。


「辞めた。だからもう少尉って呼ばないでよ、ご近所さん。」


「は?近所・・・え、まさかあの家に越してくるのって・・・」


「は〜い、俺達で〜す。」


してやったりといった人懐こい悪戯顏で笑う。ん?俺・達って言ったよねこの人。


「じゃ、もしかしてご一緒に暮らすのはあの方ですか?」


執務室でルディがヤン・ヴィグリーを質問攻めしている頃、ガウス家に来客があった。


「はいはい、どちら様ですか?」


カリンが掃除道具を置いて慌てて玄関に行く。ガチャリとドアを開けると見慣れた懐かしい顔があった。


「へ⁉︎し、将軍‼︎どうなさったんですか?」


顔は見慣れているが服装は軍服ではない薄い水色のブラウスにスカートを履いている。見慣れぬ姿に一瞬人違いかと思ってしまった。


「久し振りだなカリン、髪が随分伸びた様でよかった。これを手土産に持ってきたのだが。」


包装した箱を渡される。


「ありがとうございます。びっくりしましたがお会いできて嬉しいです、観光か何かですか?」


「いや。引越しの挨拶に来た、それに私はもう将軍の肩書きはないよ。」


滅多に見られなかった笑顔を目の前にして言葉が出ない。え?それって、外国からの引っ越ししてくる人って・・・。


「あの、掃除の途中ですが中でお話ししましょうか?」


「ありがとう、では失礼す・・します。ところでカリンはその格好は本当にあの魔法師の侍女なんだな。」


客間に通す間に後ろから言われて笑う。今の彼女は侍女の仕事中でお仕着せを着ている。


「そうです、これが私の本職ですから。」


再び執務室。


「・・・じゃ、承諾していただけたんですね。いつご夫婦に?」


「いや、まだ籍は入ってないんだあっちで戦後処理とか忙しくて。それにイェンナがハヴェルンで式を挙げたいって言うもんでさ。」


「そうなんですか、でもおめでとうございます。なんか、僕の周りって最近おめでた続きだな。そうだ、今晩うちに夕食食べに来てくださいカリンも喜びますから。」


「えっ!いいの⁉︎ありがたいな〜、まだ着いたばかりでどうしようか考えてたんだよ。じゃ、俺はとりあえず顔見せたし一旦帰るわ。また後でな。」


そう言ってヴィグリーは帰って行った。ルディはすぐに最近飼い慣らしたカリンへの専用使い魔の鳥に手紙を託し放った。


「軍を辞めた⁈お二人ともですかっ」


「うん。戦後処理も終わって砦はもう護る必要がなくなったし、ちょうどいい潮時だったんだよ。ヤンはアレで結構あそこの寒さで古傷を傷めてたし私も本懐を遂げてもう軍にいる意味がなくなった。ウルリヒ王国にはよくして頂いたがあそこに残り住み続けてもよかったけど、やはり戦を思い出すし気候のいいハヴェルンの方が住むにはいいかと思って。」


そう語るイェンナの指にはあの指輪が輝いている。それを見つめながらカリンは暖かな気持ちになった。彼が受け入れられたのだ。すると、視線に気づいたイェンナが少し赤くなりながら指輪に触る。


「この指輪の石はカリンが指輪のデザインは王太子妃様がそして加工してくれたのは魔法師だと聞いた。わざわざバルトの文字を刻んで・・・ヤンに渡された時は何の冗談かと思ったけれど、ありがとうカリン。特にこの石はあの戦でヤンを護ってくれたと聞いている、お陰で私は大切な人をまた失う事なく元のただのイェンナに戻れた・・・本当にありがとう。」


「いいえ、私はあの時少尉をこの後、必ずあなたの元へ帰れますようにと願っただけです。お二人がご一緒になられることになって、本当に嬉しく思います。そうだ、今日はうちに夕食を食べに来てください!」


「いや、でも主の許可なしに・・・」


「少・・えと、ヴィグリーさんはルディ様に顔を見せに行ったんですよね?なら、同じことを言ってるはずですよ。あ、ほら来た!」


開いた窓辺に小鳥が一羽止まり高い声で鳴いた。カリンが駆け寄り返事を書いて窓から放つ。


「ふふ、やっぱり同じ考えです。オブリー夫妻もお呼びする様にとの事ですのでまた夕食時にお会いしましょう。この家のご主人様は気取った事が苦手ですので飾らず気軽にいらしてください。」


「じゃあ、お言葉に甘えて。」


「はい!お待ちしております。」


カリンもルディも嬉しかった。はじめはポツンと一軒家が建つだけのこの周辺を宅地にすると聞いて二人とも戸惑ったが新しい住人に素晴らしい友人が増えたのだ。


「よし!フェンリルさんに言伝に行かなきゃね。」


開けてある窓を全部閉め、玄関を出て鍵をかける。出かける時、一人で居る時の戸締りは厳重に!と、心配性のご主人様の言い付けをどの家よりも厳重に結界が施されている家であってもカリンは必ず守っている。そして、ほんの僅か離れたオブリー邸へと軽やかな足取りで進む。多分いつもより早めに帰るであろう主の好物と、今夜の献立を考えながら。

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