おやすみなさい、ご主人様。
執務室の窓が二人のために静かに開いて箒に乗ったまま二人はスーッと中に入る。窓は静かに閉じられカリンを抱えてルディが箒から降りると、箒は自分から部屋の隅にまるでいつもそこにあるように立てかけられた。カリンはずっとルディに抱えられたままだ。そのままルディは来客用の少しふかふかしたソファにカリンを座らせそれから向かい合った三人掛けのソファに自分が腰を降ろす。
「お疲れでしょう?お茶いれますね。」
「うん、ありがとう。」
お湯を沸かし戸棚から特製疲労回復茶葉を取り出す。二人分の用意が出来たのでトレイに乗せて運ぶとソファに横になってルディが眠っていた。そういえば、お腹空いたと言ってたっけと、また流しに戻り今度は日持ちするお菓子の缶を出す。賞味期限は・・・OKだ。ソファに戻りこのまま寝かせてあげたいけど、この方はまずしばらく何も口にしていないはずだと意を決して軽く肩を叩く。
「ルディ様、お茶が入りましたよ。少しですがお菓子もありますよ。」
途端に目を開けた主はまた子どもの姿になっていた。
(魔力が安定していないんだわ。)
カリンの心配をよそに部屋をキョロキョロ見回し小さなルディはカリンを見る。
「飲んでいいの?」
「はい。お菓子もありますよ。」
「・・・おさとう、いれて。」
はいはいとカリンは砂糖の代わりに蜂蜜を流し込みかき混ぜる。
「さあ、どうぞ。疲れが取れますよ。」
子どもの舌には丁度の温度になっている。
お茶をコクコクと飲み干し、お菓子に手を伸ばす。
「あ!いけない、手を洗いましたか?」
慌ててトタトタと洗いに行く。後ろを追いかけ抱き上げて手を洗わせてタオルを渡す。
「おかあさんみたいだ。」
そうにっこり笑ってソファに戻る。
(う・・・お母さんって言われた。)
多少のショックを抱え後を追う。もうお菓子を開けて食べ始めていた。そしてカリンの顔を見て
「あ・・ごめんなさい、いただいてます。」
///か、可愛い///もごもご食べながらも、ちゃんとご挨拶してる。それにしても、なんだか遠慮がちな子だなとカリンは感じていた。
「ルディ様、ご両親はお好きですか?」
こっくり頷きながら喋る。
「おとうさんはえらいまほうつかい、おかあさんはお薬のとくいなまほうつかい。いつもいそがしそうだけどぼくはすき。ふたりもだいすきっていってくれるよ。でもね・・・ぼくが、ふたりをこまらせちゃうんだ。このまえはいじわるされてその子にけがさせちゃった。それから、いやなことがあったりなんだかさみしいときにぼくのまほうがあばれるんだ。このままだとお家をこわしちゃうんだって。だからもうすぐ別々にすむんだよ。」
テーブルの下で足をブラつかせながら話す小さな子どもはとても寂しそうに見えた。そうか、ルディ様は養父母はいらっしゃっても殆ど離れて暮らされてたんだわ。私はどうして差し上げればいいのかしら。思案に暮れているとノックが聞こえる。
「カリン、いるのかい?私だオブリーだよ。食事を運んできたんだが入っても大丈夫?」
「だめ!わるいおうじのなかまだよっ」
ルディがカリンに縋る。カリンはシーッと指を立てルディを隣の部屋に隠す。
「いい?隠れんぼよ、私がご馳走だけ受け取ってくるからルディ様はここでジッとしててください。すぐ悪い人たちは追い返しますから。」
「・・カ、カリンは強いの?」
その問いかけにはにーっこり微笑み返すだけにしたが、ルディは安心しきったようだった。ドアに近づき鍵を開ける前に外にいるオブリーに話しかける。
「あの〜、お食事だけ受け取ります。ルディ様はお元気です、というか元気いっぱいです。ご飯を食べながら悪い魔王を倒す計画を立てるので私がお呼びするまでお下がりください。」
そうして後ずさりし、隠したルディに笑いかけるとルディがクスクス笑っている。
「まおうだって〜、カリンはおもしろいなぁ。」
そしてカリンはそっとドアを開ける。美味しそうな匂いのするワゴンを中に入れるとルディは今はまだ疲れているので明日まで待ってもらえるか尋ねる。ファンテーヌの仕事も結局放り出してきている事も気にしていると伝えるとそれは心配しなくていいから、ルディのために尽力を尽くすよう頼まれる。じゃあ、明朝また食事をもってくるよ。というオブリーに、食事と一緒に子どもの喜びそうなお菓子がケーキにレモンを一個お願いする。中で何がどうなっているのかわからないが、了承しドアは閉められた。
「さあ!お待ちかねのご馳走ですよ、一緒に食べましょう。」
振り返って言うが返事がない。さっきのところにも姿がない、一瞬パニクったが、すぐにこれは隠れんぼだとさとると
「あらぁ?いないなぁ、さあてどこかな〜?ん〜ここだっ!あれ?いない。」
その間くすくす笑う声が聞こえる。
「ん〜、隠れるのが上手ですねぇ。でも、ほら!みぃつけたっ‼︎」
クローゼットの中に隠れているルディを見つけるとキラキラした瞳が嬉しそうに見上げてくる。そんなルディを両手で抱き上げると、ん?子どもにしても軽いなと気づく。
「ルディ様ちゃんと食べてなかったでしょう?さ、お食事お食事!カリンもお腹空きました。」
抱っこしたまま移動するとルディがカリンの肩に笑いながら頭を擦り付けるので、くすぐったくてカリンも笑う。席につかせて、
「それではご一緒に、いただきまーす。」
カリンが小さい時にルディが食事時によく言っていた挨拶だ。小さな彼は瞳を輝かせて目の前のご馳走を食べ始める。たくさん食べて栄養つけてもらわなきゃ。カリンも空っぽのお腹に食事を投げ込んだ。満腹になったからか小さなルディが眠たそうにする。カリンは隣の部屋に運び簡易ベッドのようなソファにルディを寝かせると毛布を取り出し頭の下にクッションを敷いてやる。
「カリンはねないの?ねてるあいだにどこかにいったりしない?」
「どこにも行きませんよ。今日はこちらで一緒に泊まりましょう。」
「・・・まってて、カリンのベッドを作ってあげる。」
そう言って杖を一振りすると天蓋付きのお姫様の眠るようなベッドが出てきた。そのふかふかの寝具を見ると一人で眠るのも勿体無く、また小さいとはいえご主人様より立派なベッドに気が引けてカリンはルディを抱えてベッドに潜り込む。実はもうそろそろ朝からのドタバタで疲労もピークだった。だから小さいとはいえまだ肌寒い夜にご主人様を一人簡易ベッドに毛布で寝かすのは申し訳がないし夜中に起きて何をするかわからない。悩んだ挙句くっついて寝ることにした。
(大丈夫大丈夫、子ども子ども)
と、自分に言い聞かせる。子どもの体温は暖かい、ルディは既に半分寝ている。そして、「おやすみなさいませ。」と、言うとカリンも眠りに落ちた・・・。