王太子婚約者付き侍女の一日
王宮侍女の朝は早い。まだ暗いうちに起き出し、まずお仕着せに着替えると食堂に行き自分達の食事を摂る。衛兵や使用人達でごったがえす大食堂では誰よりも早く行き食事と席を確保しなければ一日の仕事に差し障るからだ。カリンはたまに顔見知りの兵士に会うことがあったが挨拶もろくに交わす間がないのだ。それから教育係のイブリンと共に王太子婚約者であるファンテーヌの部屋の前に並ぶ、婚約者付き侍女長から今日のファンテーヌの予定を聞き、役割を割り振られる。まだやっと日の出という時間それぞれが受け持つ持ち場の掃除を始める。それから洗顔の準備をし朝日が部屋を照らす頃、伯爵家から来ているエミリアナ(16)とジュゼット(16)が寝室を三度ノックし声をかける。
ファンテーヌは元々秘書官として勤めていたため早起きである返事が必ずあり入室を促されると中に入り朝の挨拶を交わしドアのところで待機していた子爵家から来たアンネベルタ(15)とエリザベス(15)の準備したお湯で洗顔を行う。
その間に寝室の二人は寝具を取り替えたり空気を入れ替え掃除したりと忙しい。そしてイブリンとカリンは今日の衣装を選ぶ。実はこれが結構難しいとカリンは思っている、例えば他所のお屋敷に勤めていればセンスと毎日のご令嬢の観察をしていなければ、気に入らないドレスを選ぶとヒステリーを起こす方もいるとイブリンに教わったからだ。だがイブリンは実家が商家で手広くやっており特に元は仕立て屋から始まったこともあり、その辺のセンスは磨かれていた。しかも秘書官時代からの侍女なので些細な変化や好みなども熟知している。
(だから引き抜かれたんだわ。)
毎朝のイブリンのドレス選びに感服しながら衣装部屋に運ぶと二人は朝食の準備に厨房に行く。その間にアンネベルタとエリザベスがドレスと小物一式を取りに行く。寝室の二人は洗濯場に洗い物を持って行き、鏡の前で髪結いが始める。ファンテーヌは秘書時代のように毎日同じようにかっちりと結い上げればいいと言ったが、ここでは彼女もまだまだ新人。熟練の侍女長にそれでは王太子妃になってから笑い者になるし、侍女達の腕が上がらないと諭され、されるがままにすることにした。髪結いはかなり気を使う仕事である。結い方が緩くてもきつすぎてもいけない。この後には髪型とドレスに合わせた化粧も施される。と、まあ以上の仕事をそれぞれが覚えた頃に他の仕事に回され一巡して皆が完璧にどの仕事も覚えるようにシフトが組まれている。と、いう説明を受けながらカリンは朝食の乗せられた台車をカラカラと押していた。
(はあ〜そうなのか。王族付きのお仕事って大変。思えばうちのルディ様は一通りご自分でなさるから、私って恵まれたんだ。)
部屋に戻るとすっかり貴婦人の姿なったファンテーヌが出来上がっていた。食事係はメニューを説明しながら次々と用意する。そこへ毒味係りが一皿ずつ毒味をするそれからやっと食事が始まるのだ。
これで朝の仕事終了。その日によりファンテーヌに面会が入る。婚約式や婚礼のための打ち合わせや、貴族からのご機嫌伺い、更に王室御用達の様々な業者がデザインの打ち合わせや、実家の方から新しいデザインの小物やドレスの打診、そして一番多いのは意外にも政務関係だった。カリン達の住む辺りの開発はオブリー担当だが今はその仕事まで手が付かない、仕方がないので元秘書官にハース事務官が相談に来る。実はハース事務官は次の秘書官候補としてファンテーヌが推薦している。引き継ぎする間もないまま婚約者として籠の鳥になったので、彼は度々意見を求めに来た。ファンテーヌはとりあえず宅地開発の件は、一時臨時でアナスタシアに預けることにした。実際オブリー夫妻が議案書を提出したのだ彼女なら安心して任せられる。昼間はこんな感じで会食しながら政務について話すことが多くその間、カリン以外の侍女は侍女長についてなにやら侍女の心得らしき勉強会が開かれている。幸いな事にカリンはシュヴァリエ公爵家で礼儀作法を一通り鍛えられているので夕方までは、ほぼファンテーヌについている事が多かった。それからはまた朝と反対で夕食を用意し、化粧を落とし湯浴みをし、寝巻きに着替え寝室に入る。毎日交代で隣の部屋で簡易ベッドに侍女が付き他の侍女は今度は遅めの夕食につく。この時間は割とまばらで知り合いがいれば話もできる。それが終われば湯浴みをしそれぞれ部屋に帰るのだ。
「はあ〜、王宮侍女さんて本当に大変ですね。」
「そうね、特に私達は王族側仕えだから気を抜けないけどこれをこなせるようになれば縁談の泊がつくし、慣れればきっと大丈夫よ・・・と、あなたは期間限定なのよね。」
「はい、でもいつまでかハッキリしてなくて。」
「うーん。婚約式が一区切りでしょ?でもあなたガウス魔法師の侍女だから婚礼の儀が終わるまで帰れないかもよ?」
「ええぇっ!」
「だってガウス魔法魔術技師が飾り付けの総指揮に当たられるから。」
「・・・」
そんな、あと半年も?
「心配しないで今度私が侍女長にお聞きしてみるわ。さ、もう寝ましょうか。」
「はい、おやすみなさい。」
「おやすみ。」
眠る前にそっと指輪を触る。あの方は十分睡眠が取れているだろうか?お別れする時にたっぷりと疲労回復のお茶を鞄にいれたけれど、仕事に集中すると寝食を忘れてしまうから・・・。
「おやすみなさいませ、ルディ様。」
指輪に触れながら小さく呟く。そして一日の疲れでぐっすりと眠りに落ちた。
一方ルディはカリンの心配通り寝食忘れて働いていたがふと、耳飾りが暖かくなったことに気付く。
「あ〜、心配させてるかな。よし、お茶でも飲むか。」
身体は疲れているので魔法でお茶を作り出し、夜食にと持たせてくれたクッキーをかじる。懐かしい味にホッと落ち着く。
「うん、今日は早目に寝ようか。」
机の上をざっと片付け茶器を流しにもどす。
それからそっと耳飾りに触れ小さく呟く。
「おやすみ、カリン。」