二人の父親
「で、早速ですが用件をお話ししてもよろしいですかな?」
宰相と技師長は挨拶もそこそこに入ってくるなり勧められる前にどっかりとソファに腰掛けた。バイラル秘書官はとりあえずお茶の用意をしてから、さてこの場にいていいもの思案していたが宰相に「第三者の女性の立場からの意見も聞きたい」の一言と、王太子の縋る様な瞳に仕方なく自席に座り同席していた。
(あの馬鹿王子め今度はなにをしでかした。)
と、いう秘書官の心の声は勿論誰も知らない。
「そうだな、忙しい者同士が顔を合わせる機会は滅多にない。手短にいこう、手短にな。」
「いえいえ、今日は大事な話がありまして予定は全て終わらせましたのでこちらはご心配なく。殿下方はお忙しいので?」
これは・・・なかなか離してもらえないかもしれないと、三人は穏やかな心境ではいられなかった。
「エイナル、お前は私と帰ると言ってある。」
「お気遣いありがとうございます宰相閣下・・・では、バイラル秘書官まで遅くなってはいけませんので始めましょうか、よろしいですよね⁉︎殿下方。」
「も、勿論だ。」
もはや逃げ道はない。三人は腹を括った。
「まず、我がシュヴァリエ公爵家及びこちらの魔法魔術技師長夫妻に対しやたらアレクシア・カーテローゼ・ハプトマンを是非とも養女として引き取りたいと何軒もの貴族や豪商人が押し寄せてくる。最近、王太子殿下がこちらに戻られてから派閥争いが水面下である事は承知しておりますが、カリンはまだ12歳しかも後見人は技師長の子息が務めておりますので我々にはどうもできませんしましてやどこかに養女として出すつもりもありません。そこで、殿下方のご意見はどうなのかと。」
「バイラル殿。」
「は、はい。」
「貴女は自分の知らぬところで勝手に縁談が、それも17も上の男性に嫁ぐとある日聞かされたらどう思われる?」
「そうですね。私は貴族の端くれですのでそのような日が来るかも知れないと覚悟はしておりますが、女性としての率直な意見を言わせて頂きますと身分のない少女が貴族の私利私欲のためにそのような目に合うのは解せません。」
「いや、だから俺にその気はないって!」
「僕もだ。カリンはあえて言えば妹のような存在であって、結婚相手にはこの先も見れない。」
「ですが、お二人の立場を巡りあの娘はもう既に巻き込まれてしまいました。」
技師長の話し方に違和感を感じたオブリーが問う。
「まさか、あの家に・・・」
「今朝、まだ息子が事を知る前に既に手が回っていたようで。昼間はカリン一人になるので私達も強固に結界を張っているので中には入ることはできなかったようです。しかし、明らかに攫いに来た様子が残っていると先程息子から連絡がありまして。」
「勿論、どちらの家が寄越したものかわかっているのですよね?」
「ああ、小者で貴族ではないが攫ったあと貴族に高値で売りつけようとしたんだろう。」
王子二人は冷や汗がダラダラと背中を伝うのを感じていた。
「これでは、ヴィルヘルミナ様が危惧した以上の事態になりますな。」
「全く。これに更に今まで王太子妃候補であった令嬢の家も絡んでくる。」
「つまり、向こうから勝手に出てきてくれるというわけか技師長。」
「そうですね。今の陛下は国民の信頼も厚く貴族も一見従っておりますが、そろそろ掃除をした方が後々の為ではないですか?宰相殿」
「え?なに、どういう事だお前達まさかカリンを餌にするのか⁉︎」
そこで会得したオブリーが思わず吹き出す。
「ふ、ははっ。いや、失礼しました皆様。これはつまりあのお二人が本気で怒っているんですね?で、まあ怒っても仕方ないからじっくり釣りでもしようかと。」
「さすが付き合いが長いだけあるなエイナル。言い出したのはカリンだ。」
「息子は止めても無駄だからまあ、国の為にもなるしと了承した。」
「「えええぇぇぇっっ」」
「と、いうわけでバイラル秘書官。明日からうちの息子に近侍が付いてくるのでよろしくお願いする。」
「かしこまりました。お召し物はいかがいたしましょうか?」
「うん、侍女とは違う。動きやすい服装を用意してやってくれるか?」
「はい。明日お越しになられたらご用意いたします。それにしても、豪胆なお嬢様ですね。お会いするのが楽しみですわ。」
「ありがとう。それはアレにとっては褒め言葉だ。」
「では、王家に巣を作ろうとしている土竜どもを退治にかかりますか。さて、エイナル今日はこれで帰ろう。アナスタシアもあれで心配している。」
「は、帰れますか。よかった〜。では、殿下続きはまた明日に。」
「じゃあ、私も帰ろうか。かみさんがイライラして待ってるだろうから、では王太子殿下、オーランド殿下失礼しました。」
「あ、すみません王太子殿下。私も今日の仕事は終わっておりますので下がらせて頂きます。」
次々と王太子の執務室を後にする面々を兄弟揃って呆然と見送るしかなかった。
「な、カリンはこの国で怒らせてはいけない最重要人物の一人なんだ。わかったか?」
「はい・・・まさか自ら懐に飛び込んでくるとは・・・なぜ僕らの周りにはこう気の強い女性ばかりが・・・」
はああぁぁぁ・・・・。
深いため息が執務室を満たしていった。