お父さんみたいな人
「ただいま〜」
玄関からの僕の声にどこかで用事をしていたであろうお仕着せ姿のカリンが飛んできた。
「おかえりなさいませ。今日はお早いんですね。」
僕の荷物を受け取ると所定の場所に置きに行く。台所からはもういい匂いがしていた。
「うん、ちょっとまた厄介ごとを頼まれちゃって。後で話すよ、それより変わったことはない?」
「はい。近所の工事をしてる方達が出入りしている他は特に何も。あ、でも埃っぽいんで洗濯物が外に干せないのが困ってるくらいですね、あとは買い物に出る時とか皆さん声かけて下さるし商店街では何の工事か聞かれたりするんですが。」
そう言いながら台所に行きかけて振り返る。
「どうしましょう、湯浴みを先になさいますか?夕飯の下ごしらえはもう出来てますけど。」
「あ、先に湯浴みをしてくるよ。その間に夕飯お願いできるかな。」
「はい。」
久しぶりにゆっくりとお湯に浸かった。そして考える。最近この時間に帰れてないこと、それから工事現場の人夫がカリンに声をかけていること。買い物に出ても毎日じゃないだろうし、同年代の少女らとゆっくり話す暇はないだろうという事。で、また想像する。朝僕を送り出してから一日の流れを。まず掃除、洗濯、自分の昼食。これに畑仕事なんかが入っても毎日じゃないし、一人で話し相手もなくどう過ごしているんだろう・・・。
夕飯ができたのでさっきの疑問を聞いてみた。
「一日の過ごし方ですか?ルディ様が出かけられたら朝食の片付けから始まってお掃除に洗濯で、昼食。今は畑にはあまり出ないようにしています、工事の方が出入りしているし。後は運動不足にさせるといけないので毎日馬を交代で少し遠乗りさせて、必要があれば買い物に出て夕飯の支度。割とやることはたくさんありますよ。ルディ様が遅い日は刺繍や縫い物をしたりして過ごさせていただいています。退屈する暇はないですね。」
「え、そうなの?」
「はい、掃除もいつお客様がいらしてもいいように各部屋を交代で毎日してますし。普通に廊下や階段までならすぐ終わりますけど、洗濯も結構時間かかりますし。あの、何か問題でも?」
そこで僕は今日聞いた話をする。
「宅地開発ですか・・・。道理であちこち工事が入るわけですね。う〜ん、王宮の侍女ですか。私なんかでいいんでしょうか?」
「そこはシュヴァリエ公爵家がバックアップしてくださるって。だから身元も明らかだしファンテーヌ様も知っている身近な人間が側にいると寛げるだろうし、そういう意味で頼みたいって殿下が。あと、アナスタシア様が君には同年代の中に入るいい機会だって。」
「同年代の中・・・そういえば私と歳が近い方ってルディ様ですものね。それに男性だしご主人様だし。あの、一定期間の後にはまたこの家に帰って来られるんですよね?」
ああ、そうかそっちの方が心配なんだ。
「当たり前だよ、前にも言ったけど君は最高の侍女だからね。手離したりしないよ、そうだ!忘れてた、将軍と少尉がまだこちらにいらっしゃるんだよ。カリンと一度ゆっくり話したいって仰ってたよ。」
そうだった、あまりに忙しく忘れるところだった。
「ホントですか⁉︎私もお会いしたいです。あ、それから絶対私はここに帰ってきますからね!約束ですよ?」
「はいはい。」
そう答えながら頭をくしゃくしゃと撫でてやると、くすぐったそうに笑う。じゃあ話はまとまったということでしばらく留守にする支度を始めようとしてふと気になった。ああ、また蘇る将軍の声・・・。
「あの、カリン?少尉達に会うのは楽しみかい?」
途端に目の前でカリンは頬を朱に染めた。
「え・・・あの、誰にも言わないでくれますか?あのですね、私・・・少尉の雰囲気が好きなんです。」
「あ、え?そうなの⁉︎」
目の前で俯き加減のカリンからの告白はもしや、まさかの初恋宣言?
ー聞くんじゃなかった聞くんじゃなかった聞くんじゃなかったー‼︎ー
だけど次の言葉に意表を突かれる。
「あのですね、なんかお父さんみたいだなぁって。」
「は?」
ますます恥ずかしがるカリンを思わず見入ってしまう。
「お父さん⁉︎」
「はい。絶対秘密ですよ!ビェリーク砦で色々教わったり、この前みたいに抱き上げられたりした時にお父さんがいたらこんな感じかなぁって。私の両親のことは以前主巫女様に教えていただきましたでしょう?だから同じ兵士で可愛がってくださる少尉を見ていたらお父さんみたいだなって。ルディ様以外に私を子供扱いしてくれたり甘やかしてくれて普通に扱ってくれる方って身の回りに以外と少ないんですよね、いつも何か期待されてて。離れにいた時は皆さん家族のようにしてくださいましたけど、私普通の家庭を知らないのでなんとなくそんな風に見てます。13にもなって恥ずかしいですよね。」
ああ、アナスタシア様の言ったことは本当だ。この子の世界は限られている、解放したつもりだったのに馬鹿だな僕は・・・。僕だって親はないけど養父母の愛情を受けて育った。だけどこの子は・・・
「ルディ様?大丈夫ですか⁉︎」
あれ?なんで涙が出るんだろう・・・。
「すみません、私が変な話をしたから・・・⁉︎」
目の前にいるカリンをぎゅうっと抱きしめた。抱きしめてその頭をくしゃくしゃと撫で回した。ごめん、ごめんねカリン、君は本当は寂しいんだよ。だけどその事に気づけないほど周りが君に必要以上に期待をかけてしまってるんだ。一番酷いのは僕だ、ああそうだ養母さんにも砦で言われた。
(カリンに頼りすぎてないか)
全然解ってなかった、ごめんねカリン。
「カリン、ごめん。」
「はい?」
「もっと自由にしたり、甘えていいから。」
「あはは、ルディ様は十分私を大事にしてくださってますよ。だから繋がってるんじゃないですか。」
「・・・うん・・・そうだね。」
「ルディ様がいれば私は大丈夫ですよ、寂しくありません。だからご自分を責めないでください。」
下から覗き込む彼女の翠色の瞳が今日はいつもより輝いて見えた。
ーうーん情けない、結局13歳の子に励まされた。ー
「ルディ様明日時間ありますか?ご都合が付けば一緒に将軍と少尉に会いたいです。私のお勤め初日はまだ決まってないんですよね?」
「ああ、そうだね。僕は何とでもなるから二人の予定を聞いてみるよ。」
「はい。楽しみにしています。」
にっこりと笑う、ちいさなうちのお姫様はそれだけで魔法師を癒す不思議な力がある。そして翌朝、二人は早目に馬車に乗りまず商店街のパン屋の娘にしばらく留守にすると告げると王宮に向かった。
「挨拶はパン屋だけでよかったの?」
「はい。あそこには同い年のマリーって娘がいるんですけど、みんな噂好きですからマリーが誰か一人に喋れば大体知れ渡ります。だから、マリーに頼んだんです。」
「いやぁ、君はなんていうかしっかりしてるよ。」
「みんないい人達なんで、心配かけたくないし、でも全部に挨拶はできないし。一石二鳥の名案でしょう?」
そう言ってクスクス笑いながら王宮までの道を行く。厄介だがどんな面倒も大切な人のためなら尽くす自慢の侍女を乗せて。