二人が結ばれるその良き日に
あっという間にオブリー伯爵がシュヴァリエ公爵令嬢を花嫁に迎える日が来た。
婚礼の儀は主神ハーヴェイを祀る神殿で行われる。首都アデーレで一番大きな神殿に主に公爵家関係の客人が招かれルディとカリンは伯爵側に座って花嫁の到着を待っていた。主役の二人は魔法師の正装が本来このような場に相応しいのだが今日は魔力は関係なく普通の婚儀を執り行う。
ところで驚いたのが伯爵側にウルリヒから王太子妃の代理としてヤルナ将軍とヴィグリー少尉が参列していたことだ。今回は少尉もキチンと純白の外套を身につけている。ただでさえ長身の正装で目立つ二人がルディ達に近づいて来て少尉がカリンを抱き上げ再会を喜ぶ姿は注目を集めた。なんでも、ヴィルヘルミナ王太子妃の代理を仰せつかり更にハヴェルンへのお礼の挨拶も兼ねて来たという。今日のカリンの衣装はバイラル秘書官のアドバイスに従い薄紫の生地にウェストの両側に細かな花飾りが大量に施され花束の様になっており腰から下が布地はゆったりとしたドレープが幾重か緩やかに施されている。肩は極力出さずふわっと膨らんだ肩袖から手先にかけては体の線に沿う様にそして袖口と足元の裾にはフリルが愛らしくあしらわれている。髪飾りも布地に近い色合いのものを使い髪の短さは全く気にならない。少尉と将軍にお姫様の様だと言われご満悦だ。何しろこれは初めてルディが用意してくれたもなので褒められるとやはり嬉しい。
「公爵家ともなればやはり一流の布地、針子・デザインでしょうが街中のドレス職人でも十分用意できますよ。」
そう言ってくれた秘書官はデザインも手を加え店まで一緒に行き針子達と話を詰めてくれた。
「色は紫を使いましょうか、銀と同じく紫は魔除けの効果がありますし、カリンさんの髪色にも似合うのではないでしょうか?」
色・・・そんなとこまで考えてなかったけど確かにカリンにはしっくりきそうだ。と仕事以外でも出来る秘書官に脱帽し全てを任せて正解だった。しかも、それなりに仕上がったドレスなのに小物を入れてもリーズナブルに仕上げてくれた。
その有能な秘書官も今日は伯爵側からの招待客としていつもの隙のない雰囲気とは違い、今日は控えめだか清楚で可憐なドレスで来ている。式場では割とあちこちの色んな年齢層の女性から声をかけられているところから、なかなか顔が広いのだなと思いつつ見ているとこちらに気づきやって来た。まずウルリヒの英雄を紹介しその後自分の仕事の手応えを確認するようにカリンを眺めてにっこりと笑う。
「とってもお似合いですわ。良かった、黒の正装のガウス様にもウルリヒのお客様の真っ白な衣装にもどちらにも映えます。」
「ありがとうございます。他のお客様からもどこで仕立てられたのか色々聞かれました。秘書官のお見立てで皆さんに褒められて嬉しいです私。」
しばらく談笑をしているとざわめきがピタリと止まった。とうとう婚礼の儀が始まるのだ。皆が厳かな雰囲気になり席に着く。入り口の重厚な扉から今日の主役がゆっくりと歩いてくる。正面のハーヴェイ像の噴水の下にいる司祭が婚礼の儀を告げる。二人は一生を共にする誓いを宣言し互いに麦の穂を交換し司祭に捧げる。ハーヴェイ神は五穀豊穣の神でもあり子孫繁栄の意味も込めてこの形式がハーヴェイ神殿の婚礼では必ず行われる。二人ともが魔力持ちで子を成す可能性が限りなく低いとしても。と、式も終わりになろうという頃新しい夫婦の頭上から何かがパラパラと降ってきた。
「え、麦?」
「ハーヴェイ様がいらっしゃるんだわ。」
カリンが呟く、それと同時に参列者の手の中に麦の粒が湧いて出た。
「奇跡だ!」
誰かが叫ぶ。司祭はチラリとハーヴェイ神像を見上げもう一度目の前の二人を和やかな表情で見ると「おめでとうございます。末永くお幸せに。」と、告げた。そしてこっそりと、「ハーヴェイ様は悪戯好きなんですよ。」片目を閉じて囁いた。サプライズに驚きながらも見つめ合う二人はとても幸せそうな表情で来た道を歩き出す。その二人に向けて「お幸せに」「おめでとう!」などと声が飛び交うとともに皆の手に現れた麦の粒が撒かれる。二人は幸せそうに参列者に手を振りながら歩いて行く。と、途中アナスタシアがルディに気付き歩みを止め新郎を呼び止める。
「これはあなたの仕業ですか?」
「どんな魔法を使ったのルディ⁉︎」
楽し気に話しかけてくるが生憎神殿内で魔法は使えない。使ってはいけないのだ。
「まさか!主神からのお祝いですよ。」
そう言うと二人は楽し気に笑いながらまた後でと去って行く。その後ろ姿を見送りながら神殿内を見渡す、隣のカリンも気になったようで二人でハーヴェイ神を探したが見当たらない。
「いらっしゃいませんねぇ。でも・・・」
「うん、粋なお祝いだったね。」
神殿を後にする参列者に続き外に出る。まだ未婚で婚約前の女性達が階段下に集まっていた。この後花嫁が投げる花束を受け取ると次に結婚が決まると言われている伝統行事だ。カリンにはまだ早いし男のルディにも関係ない、二人で脇を抜けようとするとバイラル秘書官も人の輪から離れている。
「いいんですか?あの輪に入らなくて。」
「いいのよ。私はまだまだ仕事したいし、ああいうのは苦手で・・・」
確かに、秘書官にあの場は似合わないなと納得する。歓声が上がった、どうやら花束が投げられたようだ。しかし皆が不思議そうな声を出している。
「あ!ハーヴェ・・・」
驚きのあまり声をあげるカリンの口を慌てて塞ぐ。目の前には今日も少年の姿のハーヴェイ神がにっこり笑って秘書官に花束を渡しているところだった。
「受け取れ、祝福だ。」
秘書官は驚きながらも両手で受け取る。
途端に主神は姿を消した。またも歓声が上がる、一体どうしちゃったんだか今日の主神は。すぐに幸運な女性を一目見ようと人集りができて、ルディはカリンと離れないよう手を繋ぎその場を離れた。