やきもち?
行きが騎馬隊だったので帰りも当然騎馬隊を組んで帰る。ビェリーク砦を立つ際にヴィグリー少尉は自分が貸し出していた外套を功労者だからとカリンに贈った。その際高い背を折り曲げてカリンの耳元に何か囁き、それに応えるように笑うカリンの笑顔は花が咲いた様で砦の兵士達は和やかな気分になりながらそれぞれ身につけていた物をカリンに餞別だと皆が渡しに来て彼女の周りはあっという間に人集りができた。
「嫉妬するなよ、みっともないからな。」
ルディの脇を通り過ぎる時ヤルナ将軍が口角を上げて振り返った。驚いたことに将軍からもカリンに何か渡されたらしい。
ー嫉妬?誰にさ。ー
癖っ毛の前髪をクシャリと何度か掻きながら目の前を見るがカリンに限ってはよく見かける光景なので実際のところ何とも思わない、ただ彼女は砦の兵士達にも可愛がってもらっていたので別れが辛いだろうなとそんな事を考えながら見ていた。それから首都フロレンツにある王宮でも似たような景色を見てやっと彼等は帰路の行軍を始める。誰もが早く帰りたいと見え騎馬隊は国境での休息もそこそこに走り進める。王都にいたハヴェルン王子兄弟はオブリーらに守られ先に母国へと帰っていたので軍人と魔法師しかいない騎馬隊は結局予定より2日早くハヴェルンの首都アデーレに到着したのだった。
とりあえずの報告はガウス魔法魔術技師長から使い魔により知らされておりこの事が幸いし第一次遠征隊の休暇がすぐに貰えたのだ。解散式が行われるとそれぞれが帰宅を始める。カリンは皆に遅れぬよう気を張り頑張って王宮まで帰り着いたが、どうやら限界が来たようにみえたのでルディは彼女の分の荷物を降ろしながら器用に地面に魔法陣を描くと荷物をその中に入れ移動魔法を使い自宅に送ったようだ。
「カリン、疲れてるとこ悪いけどちょっと帰る前に僕の執務室に寄って行こうか。」
「あ、はい。」
答えたカリンの側に行き杖を振ると次の瞬間にはもう執務室の中にいた。カリンがお茶の準備を始めるのを制しソファで待つように言う。あとは全て魔法で作り出す、カリン特製の疲労によく効くお茶を二つ用意するとソファに座るカリンに運んできた。
「ふふ、魔法ってこんな時便利ですね。」
だが疲労回復のお茶はどんな魔法より効き目があるとルディは思った。身体に染み入るお茶の効能を確かめながら前を見るとさっきより血色のいい顔色の自慢の侍女がニコニコしながら主を見ている。
「何?」
「やっと帰って来たな〜って嬉しくて。それにルディ様しばらく休暇が頂けるのでしょう?久しぶりに普通の生活が送れると思うとやっぱり嬉しくって。」
彼女特製のお茶は作った本人にも効能があり、元気が出たらしいカリンは明日からの普通の日々を楽しみにしているらしい。そう言われるとこちらも嬉しいが、この若いご主人様には一つだけ引っかかる事があった。
「・・・あ、のさカリン。僕一つだけ気になってる事があって、嫌なら答えなくてもいいんだけど。」
「え、なんですか?私、ルディ様には隠し事しませんから何でも言ってください。」
そうは言われても砦での将軍の言葉が蘇る。
(嫉妬するなよ。)
いやいや、これは決してその類ではなくて単なる確認確認。そう自分に言い聞かせながらも振り返った将軍の表情がまた蘇る。
「あのさ、戦地でハプトマン女神が仰ってたけど君、ヴィグリー少尉に祝福を授けたってアレどういう事?」
なんでこれだけの事を聞き出すのにこんなに動揺するんだか・・・。すると目の前の自慢の侍女は頬を紅潮させて固まっていた。
「え、あれ?やっぱり聞いちゃ駄目だった⁉︎」
俯き加減になりながらまだ赤い顔のカリンはあ〜だの、ん〜だの唸りながらモジモジとしている。ヤバイこれはもしや死亡フラグを踏んでしまったか・・・と半ば後悔していると意外な答えが返ってきた。
「あの・・・ですね?私が少尉の外套をお借りした時にお礼、というか丁度ポケットに私の瞳と同じ色の魔法石が入っていたんです。
それでその石に少尉が、えっとですね無事にそのぉ・・・愛する人の元に帰れますようにって・・・」
愛する人?しょういがあいするひと・・・?思いがけない返答に脳内変換がおかしくなった。今度は反対に固まってしまった自分の若き主を見てカリンは慌てて話し始めた。
「外套をお借りする時に教えてくださったんです。将軍と少尉の過去と関係を。ヴァンヴィヴリアに侵略された部族の長は少尉のお兄さんだそうです、7歳離れた兄弟で憧れていて将軍の初恋の方でお二人は部族とお兄さんの仇討ちのためにあの砦を守ってきたって・・・。昇進するのは簡単だけれど立場が同じになれば配属先も変わるかもしれない、だから将軍には自分が必要だから今の階級にいる限り必ず手元に置いてくれて自分は将軍を護り続ける事ができるって。それで、あの砦の兵士さん達は皆似た境遇や同じ部族の方もいて早く戦を終わらせたいって、何があっても今日終わらせるんだって仰って・・・それ聞いたら私、何が何でも少尉を将軍の元に生きて帰さなきゃいけないと思いまして・・・」
あ、そういう事。
「あの、もしかして怒ってらっしゃいます?私、意図的に他人に祝福なんて授けたことないですしルディ様を差し置いて他の国の方に・・・」
上目遣いで恐る恐る聞いてくるカリンは何か悪い事をしてしまったような気がしているらしい。その翠の瞳と視線がぶつかった時、ルディはまたも将軍の言葉を思い出し今度は自分の顔が赤くなるのを感じた。みっともない・・・確かにこんなみっともなくヤキモチを焼いてたなんて。両手で顔を覆いながら恥ずかしさに消え入りたかった。
「ル、ルディ様⁉︎どうなさいました?」
王太子専属魔法魔術師の執務室には暫く言葉の出ない魔法師と彼を気遣う専属侍女の声が響いていた。