禊落とし
聖なる泉がある地下は上階より冷え込んでいた。ヴェランドが穢れた剣を隅々まで見ている。カリンは泉に手を入れてみた。
ーあれ、冷たく・・・ない?ー
「清らかな魂の持ち主には泉は優しいのです。ハプトマン様は穢れた指輪を外されたので受けいられたのでしょう。」
「そうなの⁉︎」
「では、穢れに塗れた私はさぞや凍るような思いをするのだろうな。」
「将軍・・「おい!娘」・・・⁉︎はい?」
「この剣の穢れを早く落としてくれ、間に合わんぞ。」
ヴェランドが剣を投げてよこす。それを受け取るとやはりチリチリとした痛みが走る。
カリンは鞘から剣を抜きその両方を泉の中に浸した。それから例の短刀を懐から出すとそれも鞘から抜き両方をやはり浸す。泉の中へは階段状に降りて行ける。
鍛治場ではヴェランドが火を起こしているので場の空気が少しだけ暖かく感じる。
「ねぇ、グリンデこの泉力が弱まってない?」
「はい、ですのでハプトマン様にはあの源水が流れ込んでいる滝に打たれて泉の浄化もしていただかなければなりません。」
はぁ・・・体力使いそう。あそこまでは深いところがあるから泳いで行かなきゃね。
「将軍にはどうしていただいてたらいいの?」
「肩まで泉に浸かっていただきます。最初はかなり痛みを感じるでしょうがその痛みが消えれば穢れも浄化されていましょう。・・・ハプトマン様、かなりお辛いですができますか?」
「うん、私しか出来ないならやらなきゃウルリヒを守らなきゃね。ね?泳ぐのにそのヒラヒラした布じゃ泳ぎにくいんだけど、この服装で入ってもいいかしら?」
「はい。ハプトマン様はどの様なお姿でも結構です。」
「ならば、私は薄布一枚になるか。」
将軍も用意を始めた。カリンは靴と上着を脱ぎ可能な限り薄着になると泉に入る。ふと、振り返り将軍を見ると
「将軍様、泉に入られたら私の短刀をお持ちになっていてください。」
「わかった。」
その言葉を聞くとカリンは泉に潜る。泉の中は澄んでおり生き物はいないようだが美しかった。一方、泉に足を踏み入れた将軍は水に触れた部分からかなりの痛みを感じていた、これまで数々の戦場を経験したがこれは初陣に出る時の様に身震いがする。しかし、穢れを落とさねばヴァンヴィヴリアに負けるやもしれない。その思いだけで苦痛を強いられる泉の中に瞳を閉じて浸った。カリンは何とか源水の流れ落ちる滝に泳ぎ着いた。泉は彼女に優しく暖かかったが、源水は違った。冷たい水を頭から浴びる事になる。
ーひゃっ⁈氷水・・・う〜我慢我慢。ー
既に紫色の唇を震わせながら気丈に滝の水を浴びる。
ーあ、泉の感じが変わってきている。ー
カリンが滝を浴びると同時に泉の中に静かな衝撃が起きた。それから将軍には冷たく感じていた水温が暖かく感じ始める。最初はビリビリと全身を襲っていたがその痛みも少しずつ和らいでいく。不思議な気持ちだった。ここ何年も味わったことのない穏やかな気持ちになっていく。
「じゃ、こいつはそろそろいいかな。打ち直すうちに穢れも落ちる。」
ヴェランドは鍛治場に剣を持って行き打ち直し始めた。後は泉のほとりでグリンデが心配そうにカリンを見つめている。
そして暫く時間が経ち将軍が目を開いた。その瞳には穏やかさと力強さが宿っていた。
「グリンデ殿、痛みを感じなくなりました。浄化できたのでしょうか?」
グリンデが将軍の纏う気を感じ取る。
「はい、成功でございます。」
「そうか、ではあれを迎えに行くので癖毛の魔法師を呼んでいただけますか?」
そう言い残し将軍は水に潜りカリンの元へ急いだ。
「ハプトマン!穢れは落ちた。もう岸に帰ってよい、聞こえるか!ハプトマン⁉︎」
カリンは真っ青な顔で胸の前で腕を組み祈りを捧げている。その姿にヤルナ将軍は慌てて駆け寄り抱きかかえると泉にカリンを入れた。
「な、あんな冷たい水に打たれていたのか・・・馬鹿が・・・っ」
自分とウルリヒの為にそこまでしてくれていたカリンに気づかずひたすら穢れの痛みに耐えていた自分を恥じた。泉は既に全体が浄化され心地よい温度に感じる。将軍は暫くカリンを泉の水温に慣らした後、遥かに小さなその体を担ぎ岸を目指し泳ぎ始めた。