腹が減っては戦はできぬ
グゥゥ〜。きゆ〜ぐるるる・・・
「「・・・」」
「お、お腹が、」
「空いたねぇ〜」
外は夜の闇に包まれていた。二人はあのあとまた眠りにつきお互いのお腹の音で目が覚め、顔を合わせてくすくす笑うとベッドから降りた。
「う・・・い、痛い」
「あ〜僕もだ、長いこと同じ姿勢だったからね、んーっ」
ルディは軽く伸びをした。それを横目に、いやルディ様が離してくれてたら伸び伸び眠れたんじゃ・・・と、カリンは心の隅でそっと思った。
「あれ⁇開かないや。あ、あーっ!そっか、邪魔されたら困るんで魔法使ったんだ。も〜我ながらめんどくさいことしたな・・・」
あの日ハース事務官からカリンを受け取るといつもと違う様子に焦り王太子からこの部屋を借りると何時ものように力を交流させるためカリンをベッドに寝かせたがどうも様子がおかしい。イニャス王子がやって来て鎖を切った時に塵の様に離散したと聞きいつも以上に集中するために皆を追い出して頑丈に魔法をかけたのだ。
「私、そんなに危なかったんですか?」
「ん?いや、向こうの呪いを見てないから僕もパニクっちゃって。それを吸い込んだからには何かしらの作用があるだろうし、でも君は自分で浄化できるんだけどね。ただ、あの時はハース事務官も真っ青だし君は君で土気色した顔で運ばれてきて。」
「あ!ハース事務官。そうだ、お礼を言わなくちゃ・・・」
「うん、後で顔を見せに行こう。すごく心配してたからね、きっと喜ぶよ。・・・っと、開いた!」
扉を開けるとそこには離れの侍女や執事にハース事務官がいた。
「カリンさんっっ‼︎」
口々に心配しただの無事で良かっただのと一辺に四方から言われもみくちゃにされる。
「ご、ごめんなさい皆さん。ご心配おかけしました。」
「あら嫌だ!ガウス様もそんな隈作ってげっそりして。今お食事お持ちしますね。」
女性陣はパタパタと駆けて行った。
「あの・・・ハース事務官。あの時は助けて下さってありがとうございます。」
はっと、自分に声をかけられ驚きと嬉しさが混じった表情でカリンを見つめたハース事務官は結局半泣きになってカリンの無事を喜んだ。
「もぉ〜、本当にビックリしましたよ・・・パッタリ倒れて抱き起こしたらみるみるうちに顔色が悪くなるし・・・体温も・・・冷たくなっていって・・・とにかくガウス魔法師さえいれば絶対助かるって!そう思って担いで走ったんです。」
「あ〜、あの時のハース事務官はいまより悲壮な顔でしたもんね。うちの侍女が心配とお世話をおかけしました。でも、よくすぐに僕の所まで来れましたね、あんなに混乱していた状況でしかも僕は最初の持ち場を離れていたのに。」
「ああ!それでしたら、カリンさんのその指輪が行き先を示してくれたんですよ、凄いですよねソレ!」
カリンは自分の手を見た。ルディはその手を取ってしばらく繁々と指輪を眺めると手を離しカリンに向き直ると魔法師としての最上の敬意の礼をとりそれからこう述べた。
「アレクシア・カーテローゼ・ハプトマン嬢。改めてお願いがございます。」
「へ?な、どうしたんですかルディ様。」
「私を貴女の魔法師としてお仕えさせていただきたく存じます。これ迄の無礼な振る舞いをお許し下さい。」
「え?私が、じゃなくて。ルディ様が、私に仕えるって・・・だ、ダメですよ!そんな、それこそ私が無礼です。」
ハース事務官は呆気に取られて交互に見ている。ルディは少なくともふざけているわけではなさそうだ。冗談でこんな事をする人間ではない、しかも彼はハヴェルン王太子付き魔法師の立場がある。そして今なにを考えているのか形の良い顎に拳を付け目を閉じている。
「ハ、ハース事務官。どうしちゃったんでしょうルディ様は。」
「いや、俺にもよくわかんないっす。でも、あれは魔法師の最上の礼ですよ。兵士で言う最敬礼。」
ルディはしばらくするとその場をぐるぐる回りながら何事かブツブツ呟き始めた。そこへやっと食事が運ばれてくる。
「ん?ああ!ありがとうございます皆さん。」
「やったぁ!ご飯だぁ〜。」
侍女達はテキパキと準備をし、さぁ後は二人でごゆっくり召し上がれと出て行こうとする。ついでに消えようとするハース事務官と手近な侍女の服をカリンは掴んで頼んだ。
「2人っきりにしないでくださいよっ。」
「え?でも呼び鈴を鳴らせばすぐ参りますわよ。」
「いや、カリンさん2人っきりで話した方がいいですよ。」
三人が揉めている間にルディがハース事務官を呼んだ。
「すみません。羊皮紙を何枚か・・・10枚程もらってきてもらえますか?それからカリン、ご飯はちゃんと食べなさい。」
「はっ」
「はい・・・」
結局二人きりでの食事となった。普通なら長い間胃に何も入れていなければ消化の良いものからだがこの二人は寝ている間にお互いの力を交流させながらゆっくり回復していっている。大概カリンの体力不足で倒れるので起きたらたっぷり食べることにしている。
「たぶん、貧血もあっただろうから肉もたくさん食べなさい。」
先生みたい・・・心の中でくすりと笑う。
「あのぉ、さっきのは・・・」
「ああ、ごめん。正式な手順は後で踏むけどカリン、対の魔具を渡さずにいてくれてありがとう。」
「あ、なんだ。その事ですか?ね、役にたったでしょう?」
「うん。あれを渡しても新しく作ればいいと思ってた。だって、肝心な魔法石があの時は大事だったんだ。でも、君の髪で刀鍛冶の妖精が短剣を打ち小鬼族が加護の魔法石を嵌めてくれた。結果は望み以上だ。」
「はぁ。それと私に仕えるってどう関係するんですか?」
「あのね、君の指輪進化してるよ不思議なことに。僕が作った以上の働きをしてるんだ。それで、その指輪がなければ君の命の保証はできなかったかもしれない。指輪が導いたからハース事務官は僕をすぐに見つけたんだ。だから、ごめんカリン。あの時はあんなにキツく言って・・・。」
「いえ、そんな。あの話はもう終わった事ですし。私、気にしてませんから今まで通りお仕えさせて下さい!」
「・・・・・それは、んーまた今度話すよ。」
「・・・はい・・・」
結局カリンは殆ど喉を通らず食事を終わった。ただ、わけのわからない不安だけが胸につかえていた。