不思議な扉
扉の前の警備兵にまた身分証を見せて中に入れてもらう。受付で名を名乗ると奥からオブリーが出てきた。
「お久しぶりです、オブリーさ・・・伯爵もこちらにお勤めなんですか?」
「ええ、本当は魔法省の方に行く予定だったのですが急遽こちらに呼ばれまして。どうですか?新しい家は。」
「それがほとんど寝に帰るだけで…屋敷預かりを解除してもらう手続きやウルリヒでの報告やらで書類に埋もれてました。家の方はカリンが登記から権利書の書き換えからと色々、とやってくれて今は荷解きに忙しいんじゃないかな。」
「ほう、カリンが。ああいかん、世間話はまたゆっくりと今はこちらの手続きを済まさないといけませんね。」
受付の女性が何やら書類を持ってやってきた。
「うんざりでしょうが、これを書いていただかないことには正式にこちらの職員になれませんので。部屋に案内しましょう。」
「部屋?」
「ええ、魔法師は個室が準備されるんです。こちらですよ、どうぞ。」
どう見ても一つしかない扉の前でオブリーさんが「ニーム・ロドリゲス・ガウス」と名を言い扉を開けると誰も使っていない気配の部屋に入った。
「この扉は一枚で何役も果たしています。例えば・・・ニーム・エイナル・オブリー」
そう言って扉を開けると、どうもオブリーさんの部屋らしき場所に来た。ね、便利でしょう?と笑いながら扉を閉めるとまた僕の部屋に戻る。
「事務職員は皆、魔力がないのでこの扉は使えないんですよ。私たちに用事のあるときはノックをしてから名前を呼ばれて、事務官の名を名乗りますので返事をすれば自分たちの部屋に通せます。ではとりあえず先ほどの書類を全部書き終えてください。そのあと王太子殿下に呼ばれていますので一緒に行きましょう。それでは後ほど。」
そう言ってオブリーは自分の部屋へと消えていった。書類の中身は職務規約書だのなんだのと、誓約書関係だったが意外と早く書き終えた。これを事務室に届け、オブリーさんの部屋に行くと今度は普通に廊下へ出る扉から歩いて王太子殿下の執務室まで行く事になった。
「殿下方の執務室にまで勝手に入るわけにはいけませんからね。こちらはちゃんと手順を踏んで行かないと後が面倒ですから。」
執務室の前にはやはり警護兵がいてオブリーが僕を紹介して中に入れてもらった。
「殿下、今日から勤務のガウス国家魔法魔術技師をお連れしました。」
「おお、待ってたぞルディ。やっと今日からか。」
久しぶりに会ったアルベリヒは少し疲れたような顔をしていた。
「うん。それがな、ちょっと最近小競り合いがあって・・・。離宮の生活が懐かしいよ。」
「小競り合い・・・ですか?」
「まあ、座れ二人とも。ああ、すまん席を外してくれるか?」
入り口に近い場所にある机に座っていた秘書らしき女性に声をかける。
「殿下、後でお茶をお持ち致しましょうか?」
「ああ、頼むよ。疲れたから甘いものも欲しい。」
「かしこまりました。では、一旦失礼いたします。」
茶色の髪を纏め上げた彼女が出ていくと、殿下の肩の力が抜ける。
「随分お疲れのようですね。」
「あー、王宮住みになった途端オーランドが待ってましたと仕事を次から次へ持ち込んでな。暫くこの部屋から出られなかった。」
ノックの音がして先程の女性がワゴンに軽食やお茶セットを乗せて入ってくる。
「そうだ、紹介しておこう。私の秘書官のファンテーヌ・フォン・バイラル子爵令嬢だ。」
「初めまして、オブリー伯爵、ガウス国家魔法魔術技師様。先程紹介頂きましたバイラルです。よろしくお願いします。殿下、お茶の用意が出来ましたので私はこれで下がりますが事務室の方におりますので、何かあればお呼びくださいませ。では、オブリー伯爵、ガウス様失礼いたします。」
優雅に礼をし秘書は下がって行った。
「そういえば今朝は何も口にしていなかった。いやぁ、有能な秘書で助かるよ。」
そういいながら軽食とお茶を口に運ぶ姿を見るとどうやら本当に忙しいのだということが窺えた。