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魔法使いと侍女の物語  作者: にしのかなで
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銀の竜

気がつくと、カリンは夜の砂漠の真ん中にたった一人で立っていた。靴も履かず、生成りの簡素なワンピースを着て真っ暗な夜空に浮かぶ丸い月明かりだけが頼りだった。夜風は砂を吹き起こし砂混じりの風に髪が揺れる。目の前には巨大な見たことのない生物、多分これを竜と呼ぶのだろうとぼやけた頭の片隅で考えた。


これは、夢だ。


夢なら早く覚めてほしい、寒いし暗いし砂は風に乗り身体に吹き付けてくる。何よりこの目の前の紅い瞳に銀の鱗の竜がじっと見つめてくるのでこちらも瞳を逸らすことができない。


砂漠なんて初めてだ。


夜なのに砂の中は昼間の熱が足に熱い。

だけど吹いてくる風は寒く龍から瞳をそらさずに天上に輝く月を思う。ルディ様、私はなぜこんな夢を見ているのでしょう?目の前の竜はなんて大きいのでしょう。


「ヴァンヴィヴリア王国がウルリヒに侵攻する時期が来た。毎年毎年飽きもせずよくもやるものだ、我らの同胞がその度に犠牲になっている・・・痛ましい。」


「なぜこんな夢を見せるのですか?」


「お前が来ると聞いたから。私は戦と祝福の女神ハプトマンに遣わされた。これから言うことは神の言葉よく聞くように。ヴァンヴィヴリアはウルリヒを長年侵略できずにいる。しかし、この度ハヴェルン王女が嫁ぎ王太子妃となった王女はめでたく懐妊しウルリヒとハヴェルンはより深い絆が出来た。もうじきウルリヒは銀世界に閉ざされる、そしてヴァンヴィヴリアはこれまで以上の勢力で攻撃を仕掛けてくるだろう。ウルリヒの戦力以上の軍隊で。王太子妃のいる王宮も狙われている、そうなればハヴェルンも黙っているわけにはいくまい。」


「はい。ハヴェルンは援軍を送ります。」


「これが神からの言葉だ、愛し子よ。ここでヴァンヴィヴリアを潰さねば大陸全土が戦場になるだろう。その後に残るのが今いるような虚しさを感じる場所だ。だがそなたには月がいる。彼が月なら誰がこの世を照らす太陽になるのか・・・。日夜空に静かに浮かぶ銀の護り星よ、この世を守りなさい。」


竜は翼を大きく開くと二、三度動かしカリンを包みこんだ。


「我ら一族を敵とするも味方とするもそなたら次第だ。」


そう囁くと大きく羽ばたき空高く去って行った。見上げた空には満月に寄り添う銀の星。


夜明け間近にガウス国家魔法魔術技師の家にカリンの悲鳴が響いた。

飛び起きたルディはノックをしドア越しにカリンに声を掛ける。


「カリンッ⁉︎どうしたの、入るよ?カリン?」


返事がないので入るしかないとドアを開けた途端カリンがルディに抱きついてきた。小刻みに震える身体に何事があったのかとりあえず魔法で明かりを灯し部屋を見る。慌てて飛びたしたためベッドが乱れているがそれ以外何者かが侵入した気配も勿論ない。ひとまずホッとしながら、抱きついているカリンが落ち着くように背中を優しく叩いてやる。暫くすると震えていた身体が落ち着いてきたようだ。それと同時にバッとカリンがルディから離れた。


「あ、あれ?え・・・?」


我に返りお互いが寝間着姿だと気づくと今度はそっちがショックだったらしく声にならず慌てふためく。


「す、すみません!大丈夫!もう大丈夫ですからっ‼︎あ、あの後でお話しします。ご、ごめんなさいっ!こんな格好で失礼しました!」


そうアタフタとしながら言うとルディを部屋から出しドアを閉めた。鼻先でドアを閉められたが勿論そんな事では機嫌を損なわない。外は白々と明けてきた、一応ドアの中に声を掛ける。


「えーっと、じゃあ僕も部屋に帰るけどホントに一人で大丈夫なんだね?」


ところが中からは頼りなげな声がする。


「・・・あの、その何というか大丈夫じゃないかもしれません・・・。」


珍しく自信なさげなカリンに首を傾げ暫し考えると自分も着替えて下の階にいるから着替えたら降りてくるよう伝えて返事を聞いてから部屋に戻った。着替えを済ませ階下に降りて行き暖炉に火を入れる。食堂に行くとカリン特製のハーブティーを入れて居間に運び、冷めないように魔法をかけてソファに座ってカリンを待つ。あれは怯えていた。多分、悪い夢でも視たのだろう。余程の事がなければあんな風にはならないはずだ。それにしても、遅い。いつもなら慌てて着替えをし駆け降りてくるだろうに。あまりに普段と様子の違う小さな侍女を心配してもう一度ドアの前に立つ。中からはすすり泣く声が聞こえてきた、これはもう放っておけない。


「カリーン、入るよ?」


「だ、ダメですっ!」


「あのね、朝早くから泣いてる女の子を放っておけないよ?いいね、入るよ!」


ドアを開けてまず驚いたのはつい先程迄と部屋の様子が違う事だった。


カリンの部屋はいつもキチンと片付いている。それがベッドの側に立ち尽くし、かろうじて寝間着姿にカーディガンを羽織ったカリンの周りを小さなつむじ風が取り巻いて近くの物をクルクルと宙に浮かしているし、クローゼットのドアやキャビネットの引き出しはまるで誰かいるかのように開け閉めを繰り返している。

ルディはこの光景に既視感を感じた。能力の暴走だ。自分が子供の頃幾度となく繰り返した行為をカリンがしている。しかもよく見ると足元は数センチ宙に浮いていた。カリンは涙でぐしゃぐしゃになった顔を両手で覆い先程までの啜り泣きから子供らしい泣き方をしゃくりあげながらしていた。


「さ・・さっき、から・・止め、止めようとするん、です・・・けど・・・止まら、なく・・って・・・」


「あ〜、いいよ。いいんだそんな事。僕も経験してるから困ってるのはわかるから、無理に喋らなくていいよ。」


「ど・・して、こんな・・・」


「あのね、君は多分初めての経験だろうから驚くのは無理ないよ。暴走してもいいんだ、だけどその君を包んでる風の中に僕も入るけどいいかな?あ、大丈夫。多分君が受け入れたら入れるから。どう?いいかなそこに行っても。」


その言葉に両手を顔から離し翠色の瞳でルディを縋るように見つめて呟いた。


「たすけて・・・」


その答えを合図にスッと風の中に入る。カリンは驚いてルディを見上げた。カリンの頬に残る涙の跡を優しく手で拭ってやる。


「これ以上暴走すると部屋が壊れちゃうからね。ちょっと落ち着く為にも移動しよう。後は僕に任せてくれるかな?」


まだ涙は溢れているがカリンは素直にコクリと頷いた。ルディがいつものように懐から杖を出し、呪文を唱えた次の瞬間二人は家の屋根より高い位置に居た。それからカリンの手を取って


「いい?下の人達には僕等はつむじ風にしか見えてないんだ。なかなか空中散歩なんてできないだろう?せっかくだからさ、この暴走を楽しもう。大丈夫、下に落っことしたりしないから。普通に足を踏み出してごらん?」


カリンが恐る恐る足を踏み出すとまるで地面の上を歩くのと同じ感覚で足が運べる。


「ね?じゃあ他所の結界に触れない程度に歩こうか。」


こっくりと頷き涙を拭いながら今朝見た夢の内容をポツリポツリと話す。


「私、甘く考えてました。戦って・・・人の命がかかってます。そんな場所にハース事務官を連れて行くとか、アナスタシア様の結婚式までに片を付けるとか・・・無責任で怖くなってそれでつい大声をあげてしまいました。それから、着替えて落ち着こうとしたら周りが騒がしくなって気付いたらあんな事に・・・」


「朝から大変だったねぇ・・・」


「ふふ・・・ルディ様あんまり驚きませんね。」


「うん、僕も意味があったりなかったり。その時々で違うけどよく同じように暴走しては周りを困らせてたからね。カリンは多分、大事なものを守ろうと考えて暴走しちゃったをじゃないかな?その、夢の竜の話を聞いて。それで、落ち着こうとする気持ちを守りたい気持ちが上まってこんがらがって・・・。だからさ、大丈夫だよ。僕の暴走は君が止めてくれる、君の暴走は僕が受け止める。二人で出来ることを精一杯やろう。」


「私、また暴れますよ?無茶しますよ?」


「うん、わかってる。もうね、後ろに隠れてなさいなんて普通の女の子に言う台詞なんか通じないし似合わないって知ってる、諦めた。だからさ、夢は夢。そんな荒地だか砂漠だかみたいにならないように思いっきり暴れちゃいなよ。何かあったら僕が後ろで受け止めるからさ。」


「ひど〜い、私だって普段はか弱い女の子ですよぉ。」


二人はくすくす笑いながら空中でくるくると踊る様に回り始めた。大丈夫、私にはルディ様がいる。ちゃんと見てくださってる。大丈夫、私はちゃんとやれる。笑い合いながら二人はゆっくりと家に向かって降りて行く見えない階段を降りるように。


そう、大丈夫。君には僕もハプトマン女神もついている・・・ルディは心の中でカリンを励ました。





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