査問会の後に
バーバラ元ウェスティン侯爵夫人とその息子に対する査問会が開かれ結果から言えば三人は国外追放になった。ヨハンナ・ベルも審問にかけられ父である侯爵の長年の秘密を知る事になったが、特に取り乱す様子もなく母親とその息子の処分も査問会に従うと落ち着いて対応した。
オーランドはバーバラの数多くの愛人達を調べ上げそれらがヨハンナが王太子妃になると期待しかなりの貢物を夫人にしていたこと、そして第二王子である自身を陥れる算段をしていたものがいたことを突き止めそれらを査問会に突き出す数の多さに辟易していた。
「はぁ、よくもまあこれだけの愛人を・・」
溜息をつきながら侯爵家のパーティーを思い出す。ヨハンナは異国で過ごしたおかげで母親の影響は受けず侯爵家令嬢として申し分のない教養と礼儀作法を身につけていた。憐れとしか言いようのない令嬢を思い出しまた先ほどとは別の意味での溜息をついた。実はオーランドはヨハンナをかなり気に入ってしまっていた。出来ればこれからも交流を深めていきたい女性だった、つまり簡単に言えば彼はヨハンナに恋をしたのだ。これが普通の侯爵令嬢ならば家柄から見ても何の問題もなかったであろう。しかし、彼女の母親と弟は罪人として国外追放。その罪の中には自分を陥れようとしていた事も含まれている。然るに、いくらバーバラ母子が侯爵家と縁が切れたとはいえその娘とこれ以上親しくなるのは、ましてや妃に望みたいと思うのは無理だろう。報告書をまとめると秘書官には任せず自ら兄の執務室に赴いた。バイラル秘書官に迎え入れられ、中に入るとこちらも疲れきった姿でソファに横になっている兄の姿があった。
「余程お疲れのようですね、ちゃんと寝んでますか?」
「ああ、お前か。いや、そろそろ時間ができるだろうからそれまではここに詰めている。カリン特製の茶も有効に働いてくれているからな。」
「兄上、お言葉ですがカリンも寝る間を惜しんで働かせるためにあれを贈ってきたわけではないですよ。体調にはくれぐれも気をつけてくださいね。」
アルベリヒは幼少時身体が弱かった事、生母が早くに病死していることなどから成人し丈夫になった今も身内と王太子派はつい彼の身体を心配してしまわずにいられないのだ。
「わーかってる。父上にも煩く言われてるし義母上はガウス夫人を送り込んでくるし。全く、いつまでたっても子ども扱いだ。まあ、座れ。報告書が出来たのか?」
起き上がって自らも座り直し弟と向き合う。
「ふーん。パーティーではお前といい雰囲気だったから乗り換えるつもりのようだったが、一応これで俺に媚入る輩が炙り出てきたな。しかし、これはもう病気だな。何だこの男の数は呆れるしかないな、娘は異国で育って正解だ。ああ、そうだ聞いたか?ヨハンナの今後を。」
「いえ、どうするんですか?」
「なんでも父親の愛人と腹違いの弟を侯爵家に入れて、二人の住んでいた屋敷を孤児院にするそうだ。自分はそこで修道女のような一生を送るらしい。」
「そんな、なにもそこまでしなくても!」
「オーランド、お前の気持ちはわかっている。俺も出来ればなんとかしてやりたいが、お前と彼女を結びつけるわけにはやはりいかんのだ。これでも元いた寄宿学校に戻り教鞭を執る、というのを侯爵を通じて説き伏せたんだぞ。侯爵家令嬢が異国で学び帰国後、騒動はあったがその異国で得た教養を活かし子ども達の為に尽くす姿を見ればいずれバーバラの事は忘れさられるだろう。」
「・・・そう、ですね。それが彼女の望む生き方ならば仕方ないですね・・・」
「すまん、力になれずに。」
「いえ、報われない恋の一つや二つしておいた方がいいでしょう。僕も立場ある身分に生まれてしまいましたからね。では、次は例の兄上の花嫁探しですね。」
「あ〜、それがまた難しいんだよな。第一候補のアナスタシアはとっくに棄権しているし、ヨハンナも脱落だ。上位貴族にはこだわらんと爺どもにはいってあるが、奴らあくまでも伯爵以上もしくは他国と縁を結ばせる気だ。」
「カリンは候補から外れたようですね。父上が圧力をかけたようで。」
「そう、それは俺も助かった。下手に王家やウルリヒが恩のある娘だとは悟られない様に下々すぎてもいかんとかなんとか上手い具合に言ってくれたそうだ。」
「これで国一番の魔法師も安心するでしょう。」
「だな。あの二人は怒らすと加減を知らんから俺も一安心だ。」
同じ頃市街地から少し離れた若い魔法師はくしゃみをしていた。
「・・・っくしゅ!」
食堂で片付けをしていたカリンが主のくしゃみを聞き暖かいお茶を入れて来た。
「お風邪ですか?」
「ん、いや違うと思うよ。あ、お茶ありがとう。これ飲むと体が暖まってよく眠れるよ。」
「寒くなりましたから気をつけてくださいね。王太子殿下の離宮でガウス夫人に薬草学を教えていただいてそれが役にたってます。生姜を入れてますので風邪にも効くと思いますけど。」
「ああそうか、なんか懐かしい味だと思えばうちの養母さん直伝の味だからだ。厳しくなかったかい?」
「いいえ、とてもよくしていただきました。なんでも娘がいないからと言っては色々と教えて下さいましたし。そういえば、アナスタシア様も姉妹がいないからと良くして下さいます。私、恵まれてますね。」
「だけどあんまり好きにさせておくと、着せ替え人形みたいにまたされるよ。」
二人でくすくすと笑いながら魔法師の家の夜は更けていった。