罪人-つみびと-
離れた場所で何かあったようだか、王太子はさして気にせず給仕から受け取った飲み物を口に運んでいた。あと少しの距離まで標的が近づいて来ている、クイと飲み干すとそれをルディが受け取り近くの給仕に返す。
「王太子殿下、オーランド殿下。娘と踊っていただきましてありがとうございます。いかがでしたか?うちの娘は。」
「いや、私は先に踊ったがあまり話はしなかったな。ヨハンナ嬢は緊張していたようだ。しかし、この弟と踊るのを見ていたが途中から慣れたのか楽しげにしていたように見えた。なあ?オーランド。」
「はい。ヨハンナ嬢は異国で教育を受けているため他の令嬢とは違う雰囲気で話も弾みましたよ、兄上。」
「だ、そうだ。夫人、娘を留学させておいたのは良かったようだな。」
「ええ、ええ。私は最初は幼いからと反対したのですが、殿下方に喜んでいただけるなら間違いではなかったのですわ。あちらの国では高い教養と礼儀作法を身につけて帰ってきましたの。私も見ていましたがオーランド殿下とはお似合いのように見えましたわ。殿下、いかがでしょう?うちの娘は年も近く話も合うようですし、その、花嫁候補には?」
「ははっ、これは性急だな侯爵夫人。確かに弟は楽しげに見えたが一度や二度踊って結婚を迫るのがこちらの方針か?」
「あら、失礼いたしました。ですがあの子はオーランド殿下の仰る通り異国で過ごしてまいりましたので他国の姫君方ともお知り合いが多くきっと国の役に立つのでは?」
「バーバラ、いい加減にしなさい。」
いつの間にか侯爵が夫人の隣まで来ていた。あからさまに嫌悪感を醸し出している。
「失礼、両殿下。彼女は久しぶりに娘が帰って来て興奮しているようです。」
「いや、構わんよ侯爵。このくらいの事で気分は害さんさ。だが、これから話すことに関しては訳が違うがな。」
そういうと王太子はオブリーから一枚の文書を受け取る。
「侯爵夫人、これによるとそなたの息子名義の領地で不当な搾取が行われているとある。ああ、これは下の息子だな。上の息子は領地も放ったらかして娼館通いに忙しくしているようだが?聞くところによるとウルリヒの上位貴族の娘を紹介して欲しいと我が妹に恥も外聞もなく要求しているとか。国内では花嫁の来てはないようだな。しかし、我が妹に迷惑をかけるのはやめてもらえないか?そなたと二人の息子の話は既にウルリヒ社交界でも広がっているらしいぞ。」
「いえ私は息子に相応しい花嫁は元々国外からと決めておりましたの・・・」
「では、なぜ身近な娘の知人である令嬢方を紹介してもらわんのだ?」
「そ、それは・・・」
「あとな、夫人。我が王家は独身ならいざ知らず身分ある立場の家庭のある者が自由恋愛をいつまでも楽しむのは好まん。ああ、こう言わんといかんな、不義密通はあまり知られていないが罪なのだ。ご存知なかったか?まあそうなるにはそれなりの各家庭事情があるのだろうが。」
「・・・・・・」
侯爵夫人のふくよかな身体が小刻みに震えている。
「息子が搾取した金が何故、よその貴族や商人に不当に流れているのかな?この一枚の紙切れに書かれている以上の事がまだあるのだろうな。さて、残りの話は査問会に任せるか。では夫人せっかくの祝いの場だが息子二人と今から王宮に足を運んでもらいたい。」
バーバラは侯爵に縋り付いた。
「あなた!なんとかしてくださいな。わ、私たちがいわれのない罪を着せられようとしているのよっ!」
「残念だがバーバラ、君とはもう他人なんだ。」
「なんですって!何を馬鹿な事を。」
侯爵が一枚の紙を夫人に見せた。
「今朝、君がヨハンナの嫁入りが決まりきったつもりで持ちかけてきただろう?財産分与の話を。それでよく読まずに私が出した紙にサインをしたな。確かに財産分与はしたが同時に離婚の同意もしたんだよ。私はよく読んで書くよう言ったがね。先ほど受理されて返ってきた、もはや君はウェスティン侯爵夫人ではない。確か君が養女になっていた伯爵家はお取り潰しになっていたな、今や君はただのバーバラだ。可哀想だが私にはどうも出来ん。」
「そ・・んな、何を馬鹿な事を!そんな紙切れっ」
バーバラの動きは侯爵の持つ紙に手を伸ばした形で固まってしまった。ルディが魔法で動きを封じたのだ。どこからか目立たぬように衛兵が現れやはり目立たぬようにバーバラを連れ出して行く。
「ご配慮ありがとうございます殿下。」
「いや、せっかくの新しい友情が芽生えているようなのにその芽を摘みたくはないからな。見ろ侯爵、ヨハンナは異国で育てて正解だったな。見識も深いのだろうあのアナスタシアさえ興味深気に話を聞いている。」
「はい。幼子を手離すのは辛うございましたが、あの母親の元から離しておいたのはあの子のために私ができる最大の事でした。」
「しかし、オーランドによると明日にでもこの屋敷を出る算段だったようだが。すまぬが、それはしばし思いとどまっていただこうか。侯爵家の問題を皮切りに芋づる式に出てくることもあるだろうし、ヨハンナにも尋問をかけるやもしれん。が、せめて今宵は楽しく過ごしてもらえると良いがな。なあ、オーランド。お前もう一曲踊ってくるか?」
「よろしいので?」
「構わん、人の恋路を邪魔するほど野暮ではないぞ。」
「まだ恋路じゃありませんがね。では、ありがたく行ってまいります。」
そう言いながらもヨハンナに近づいて行くオーランドの足取りは軽かった。
「まあ、お似合いではありますね。」
オブリーが言いながらアナスタシアを迎えに行く。
ヨハンナの周りではカリンがオーランドにまだ話の途中だと抗議している。アナスタシアがルディに目配せし、困り顔で可愛い侍女を迎えに行く。そうして夜は更けていった。