謝罪
王太子の予見通り侯爵夫人が満面の笑みで上座に近づいて来た。既に二人の王子の後ろにはルディと共にオブリーも控えている。ヨハンナは上座をチラリと見た、やはり母が王子に媚を売りに行っているのが見えまた憂鬱な気分で元居た席に着く。すると客人の足の間に紺碧のドレスの足元がこちらに近づいてくるのが見えた、あれは確か・・・。
「お邪魔してよろしいですか?ヨハンナ様。」
鈴の鳴るような声がかけられる。ヨハンナはオーランドの言葉を思い出しながら微笑んだ。そう、私と母はもう切り離さなければならない。だから、今日は楽しもうだけどこの少女は私の新しい友人になってくれるかしら?
「どうぞカリン。ガウス様と離れても大丈夫なの?」
「はい。もう!オーランド殿下が二曲もヨハンナ様を独り占めして楽しそうにしていたので私もお近付きになりたくて殿下と入れ替わりに追いかけてまいりました。」
にこにこと笑いながら話すカリンを見ていると不思議と心が和んできた。
「あ!シュヴァリエ公爵令嬢のアナスタシア様はご存知ですか?すぐ側にいらっしゃるのですが三人でご一緒にお話をしませんか?」
「でも・・・あの方にはうちの母が失礼な事を今迄してきていると思うの。お誘いしてご気分を害したら・・・いえ、やはりお呼びしてもらえるかしら?どう思われようと一度きちんと非礼をお詫びしなければ。」
「ありがとうございます。あの、アナスタシア様は決して悪い方でも怖い方でもありません。大丈夫ですよ!」
そう言ってカリンはガッツポーズを作りすぐにアナスタシアの側に行く。その後ろ姿を見送りながら大変な過ちに気付く。待ってヨハンナ、主催者は我が家でも身分はあちらが上だわ!私から行かなければっ。ヨハンナはすぐに立ち上がると慌ててカリンの後を追ってアナスタシアの側に来た。
「あ、ヨハンナ様?」
訝しがるカリンを手で制しアナスタシアが黙ってヨハンナを迎える。そしてヨハンナがアナスタシアの正面に立った時に声を掛けた。
「ヨハンナ様?急いでこちらにおいでたようですけど、どうかされまして?」
ヨハンナ・ベルはまずアナスタシアに対し深く礼をとった。そして、頭を垂れたままの状態で言葉を発した。
「アナスタシア・フォン・シュヴァリエ公爵令嬢にウェスティン侯爵家を代表し私ヨハンナ・ベル・フォン・ウェスティンがこれまでの数々のシュヴァリエ公爵家に対する礼儀を欠いた無礼な行ないや発言をお詫びしたく存じます。」
二人に気付いた貴族達は距離を取り息を飲み事の成り行きを見ている。カリンが少し離れた場にいる公爵夫人に視線を送ると何事かを察した夫人と公爵が側に来た。それに気づいたヨハンナは改めて公爵夫妻にも礼をとり言葉を続ける。
「私の母バーバラ・フォン・ウェスティンがこれまでに公爵御一家に対し失礼極まりない態度を取り続けたことを深くお詫び申し上げます。また、そちらの公爵家所縁のハプトマン嬢に対しても同じく失礼な言動などあったのではないかと思います。お許し下さいとは恐れ多くて申し上げる立場にございませんが、どうかウェスティン侯爵家を代表してこの場にてお詫びを言わせて下さいませ。私は国外にいて、母の失礼な態度を諌めることができませんでした。私一人が安全な場所に匿われ幸せに暮して来ましたが、母国に戻った以上、これ以上の非礼を野放しにするわけにはまいりません。母には私からよく話をし必ずお詫びをさせますので・・・今迄の数々の御無礼誠に申し訳ありませんでした。」
今日のために誂えたであろうドレスがその場に座り込んでいるかのように広がっている。
「ヨハンナ、さあ頭を上げてちょうだい。」
公爵夫人がヨハンナの手を取り握りしめた。
「私達は何も気にしていないわ。そりゃいい気分じゃないこともあったけれど、それは貴女には全く責任のないことよ。貴女のお母様からの謝罪なら受ける筋合いがあるけれど、家族だからといって貴女が代表して謝罪することはないのよ。」
アナスタシアがもう片方の手を握る。
「今日は貴女という素晴らしい侯爵令嬢が生まれた日よ。私達はそれを心からお祝いに来たの。さあ、お立ちにになって。あちらでカリンと三人でお喋りしましょう?私達きっといい友人になれるわ。」
ヨハンナは恐る恐る顔を上げた。公爵母娘は作り物でない微笑みを見せている。
その二人が涙で霞んで見えてきた。すかさずカリンがハンカチで涙を拭き取りお祝いの日に泣いてしまっては台無しですよと笑顔で言う。更に公爵夫人が事の次第を見つめていた貴族達に宣言する。
「いいですか、あなた達。今後この勇気と誠意ある令嬢をその自身が犯した過ち以外で根も葉もない噂話をするのはもうお止めなさい。このように大勢の面前で彼女がとった行動がいかに恥を忍び、いかに誠意に満ちているかおわかりでしょう!ヨハンナ・ベルは立派な教育を受けて帰国してきました。我が国の誇れる令嬢です。もし、彼女を侮辱する者の名がわかれば私が許しません!」
「だ、そうだ諸君。口には気を付けたまえ、何しろ我が娘の新しい友人でもある。この母娘を怒らせると一国の宰相も形無しだからな。さあ、アナスタシア静かな場所でゆっくりと語ってきなさい。我が奥方様、もう一曲おどりましょうか?」
「あら嬉しいわ、喜んで。」
公爵夫人はにこやかに夫の手を取りダンスの輪に加わるべく消えて行った。