王子と侯爵令嬢
王太子と一曲踊り終えたヨハンナは続いてオーランドにダンスを申し込まれた。ヨハンナは、この務めが終われば全ておしまいだと思いながら微笑んで申し込みを受けた。その微笑みは自分を縛る母親の馬鹿馬鹿しい夢想から解放される喜びがうっかり出てしまい、年頃の娘らしい笑みが垣間見えた。オーランドはその笑みを見逃さなかった。その裏側にある彼女の心情も。ゆっくりとした曲に導かれ二人は向き合い礼をとる。
「これが終われば貴女は解放されると思うか?」
思いもしなかった王子の言葉にハッとした顔を一瞬見せたがヨハンナは素直に答えた。
「いいえ、殿下。母は私を妃殿下候補にすることに失敗すれば、次は今日いらして下さっている上位貴族のどなたかに私を売りつけようとするでしょう。ですが、好んで私を妻に迎える方があってもそこに愛がなければ私は一生不幸に過ごすだけです。ですから、明日にでも家を出ようと思います。」
「明日⁈あまりに急ではないか。」
「殿下、失礼を承知でお願いがございます。このダンスが終わった後王太子殿下にもお伝え下さい。ヨハンナ・ベルを妃にするつもりは全くないと、母にはっきり言って欲しいのです。母や弟の事はご存知ですよね?」
「この場で言えと?」
「不敬な事は承知しております、ですが・・・」
潤んだ瞳に見つめ上げられ、この憐憫な娘の頼みを断ることは出来なかった。しかも、その通りに事を運べば計画通りに動けるのだ。
「わかった。後のことは心配せず今日は貴女のめでたい日だ余計な心配は忘れて楽しむいい。先ほどの笑顔が本当の貴女なのだろう、女性は笑っている方がいい。」
ヨハンナは頬を赤らめて、思わず笑顔になり
「はい、殿下。ありがとうございます。」
と、告げその次の曲も結局オーランドに離してもらえず踊りながらオーランドが王宮での話などを面白おかしく話すのですっかり方の力も抜け笑ながらダンスを楽しんだ。
「ほらな、君が笑顔を見せたら周りの男どもが釘付けになっている。」
「そんなはずありませんわ。きっと私なんかと踊らなければならない殿下をご覧になっているのでは?」
「ああ、全く強情な人だ。これからは自分と母親を切り離して考えるんだ、いいね?そうすればきっと世界が違って見えてくる。」
「そうでしょうか?本当に?」
この国でヨハンナにそんな言葉をかけてくれる人間はいなかった。父は唯一の味方であったが母親の事を申し訳ないと言う事はあっても切り離せとはいわなかった。薔薇色に上気した頬で楽しげにオーランドと踊る娘を両親はそれぞれ別の思いで見ていた。父は初めて見る生き生きとした娘に安堵し、国を立つ前に良い思い出が出来たと、母はこれはもしかすると第二王子妃の座が見えてきたと。上座に席を設けられたアルベリヒは退屈しのぎに壁の花と化していた二人を目ざとく見つけるとそばに呼んでいた。
「おい、あれはなんだ?俺にはあそこだけピンクに色付いて見えるんだが誰か気のせいだと言ってくれ。なんで俺の時は硬い表情があいつ相手になるとああも和らぐんだ?」
「王太子殿下と最初に踊るのはやはり緊張するでしょうし、オーランド殿下とのダンスが終われば彼女の今日の務めは果たしたも同然ですからね、気が緩んだんでしょう。」
王太子は以前バイラルに言われた言葉を思い出していた。「子鹿会のご令嬢にはオーランド殿下のように細やかに気配りをお願いしますね。」ああ、わかったよこれが俺とあいつの差か・・・。
やがてダンスが終わりオーランドがヨハンナに別れを告げ兄の元へと戻ってきた。仏頂面の兄を不審気に見やり隣の席に座る。
「ヨハンナ嬢に頼まれました、今日この場で妃候補にはあり得ないと宣言して欲しいそうです。」
「ほう、楽しげにしていたがそんな話をしていたのか。」
「そうですね。しかし、あまりに憐れでつい母親との立場を切り離して楽しめと思わず二曲続けて踊ってしまいました。本人は本当に良い娘なのですよ。儚げに見えて芯のある令嬢ですね、これから起こることを覚悟しています。あ、そうそう明日には家を出るつもりのようですよ。」
「そうか。まあ、本人がその気でもその計画は確約できんがな。そろそろ侯爵夫人がこちらに来るだろう、オーランド悪いがなヨハンナは暫くこの屋敷から出ることは叶わぬ。一家共々な、だが暫くの我慢だお前の目が正しければ彼女は耐え抜くだろう。ルディ、カリンをヨハンナの所へ行かせてやれ。頼る者がいない立場だせめて誰かつけておいてやろう。」
「カリン、頼めるかな?」
「はい、ルディ様。では、王太子殿下オーランド殿下失礼いたします。」
その場を立ち去ろうとするカリンにオーランドが声をかけた。
「カリン・・・彼女を頼んだよ。」
にっこりと微笑んでカリンはヨハンナの元へ去って行った。