王太子の思惑
バイラルから侯爵父娘の話しを聞いた王太子は考えあぐねていた。確かにあの侯爵夫人の噂は有名である。今回も娘が妃候補だと吹聴しているのは夫人の方であって、その娘が外国の寄宿舎に入っていたため王太子自信あまり記憶にない。今はただ、そのような母親を持ち鬱ぎ込んでいるというヨハンナ・ベルが哀れに思えた。
「で、どうするのがいいのかな。」
「お二人のお気持ちを考えるとこのまま出席は辞退なされるのがよろしいと思いますが、それで侯爵夫人が諦めるとは思われませんね。それに、差し出がましいようですが侯爵家にはヨハンナ嬢の下にご子息がお二人おられますが世間では、というか夫人本人も侯爵家の血を引く子ではないと見ているようです。ですが、ゆくゆくはどこの馬の骨かわからぬ息子を厚かましくも由緒正しきウェスティン侯爵家跡取りにし、娘をあわよくば王家に入れるという考えが私には不快に感じます。」
「それについては俺も不快だな。まず一匹、釣れたわけか・・・。よし、まずは侯爵の話しを聞こう。ヨハンナ嬢の様子も気になるしな。早いうちがいいだろう。明日は空いているか?」
「殿下がお望みでしたらいつでも。」
「では朝一に、オーランドも同席させてくれ。」
「かしこまりました、オーランド殿下の秘書官に話しをしに行ってまいりますが明日の分のお仕事を少しでも片しておいてくださいね。」
「はいはい。」
バイラルが出た後書類を片付けながらふと、ヨハンナ・ベルの事を考える。侯爵は夫人の産んだ息子二人が自分の子ではないと確信していると聞いたことがある。だが、自分の容姿を受け継いだ娘は可愛がっていると。だから毒にしかならない母親から遠ざけ育てた。普通、娘が妃になるかもしれない可能性があるのなら喜ぶだろうにそれを固辞している。もしかして、侯爵家をヨハンナに継がせるか・・・いや。あの真面目な男だ、明日は侯爵家を自分の代で返上するといいかねんな。そこまで考えながら進めていた手を止める。一家一家出てくる妃候補を見定めるのは効率が悪い、なら侯爵家からそのような話も来たことだし自分の歳も考えれば確かにそろそろ真面目に考えねばならない。どうやら自分は釣り糸を垂らして待つより撒き餌をした方が良さそうだ。
「すまんな、バイラル。急用だ許せよ。」
秘書官の美麗な眉が釣り上がり叱咤されるのを想像しながら侍女に言伝をし執務室を出る。
その頃、オーランドの執務室に通されたバイラルは事の次第を説明し終えていた。
「え⁉︎侯爵がそう言ってきたの?」
「はい。それで、明日朝一番にオーランド殿下もご一緒に侯爵とお話をする時間をいただけますでしょうか?」
「あー、うん。急ぎの仕事もないしね、明日は朝一に兄上のところに行くよ。」
「ありがとうございます。ではそのように侯爵にもお伝えしておきます。」
「ところで君はまだ嫁ぐ予定はないの?」
「ええ、今の仕事が気に入っていますし私には婚約者などもおりません。家は兄が継ぎますし当分ご縁がなければこのままですね。」
「勿体無いなぁ。そもそもそれだけ仕事が出来るのに兄上の秘書官なのが勿体無い。」
「仕方ありません、あの方のお守りは今のところ私しかいないようですし。それに女で王太子付き秘書官は身に余る職務です。では、失礼いたします。」
素っ気なく去って行った有能な兄の秘書官にもう少し隙があればと思いながらオーランドは見送った。