1、9話
「到着しましたよ」
「態々すみません。おかげで助かりました」
沼川に送られた漣は面接をしたカフェにいた。行きの時と比べるとまだぎこちなさは残るが2、3は話すことができた。帰り間際に深川に言われた言葉のおかげであろうか。
「次回以降は実際の仕事が始まります。次回の収録は土曜日、13時30分から本日来た仕事場へいらっしゃっていただけますか?」
「わかりました。えーと、来週の土曜日ですね」
漣はジーンズのポケットに入れていた携帯電話を取り出し、来週の土曜日にヒーローショーと打ち込む。本日が日曜日なので6日後だ。
「はい、了解です」
「では、私はここで。お疲れ様でした」
「ありがとうございました!」
漣の返答を背中で受けた沼川はそのまま車に乗るとそのまま走り出していった。はぁ、と緊張の糸が切れた漣はため息をついてからすぐ近くのカフェへと向かった。一番近くの席に座るとコツコツと歩いてくる足音が聞こえた。
「あー……すいません。アイスコーヒー1つ下さい」
「いえいえ、アイスコーヒーよりももっと美味しい物……そうですねぇ。焼肉なんてのはいかがですか?」
「ああ、確かになんか緊張して腹減ったし、そういうのも良いですねー。……って、おい」
そこで漣は顔を上げる。そこには案の定というべきか、彼女がいた。天河奈緒が。
「やっほー、お仕事お疲れー。ってことで、焼肉奢って」
「……なんでここにいるの?」
「仕事終わってお茶してたんだよ。それよりさー、この前まで金欠だった君がここでお茶をしようということは……ほう? そうやって懐を擦っているところを見ると、とても大事なものが入っているみたいですね?」
と、そこで漣はギョッとなって自分が左手で懐に手を当てていることに気がついた。自分でも気がつかないほどであったが、そこには確かに4万2千円が入っている。
「……たいした洞察力だな」
「伊達にお仕事はしていないからねー。洞察力はある方だよ?」
何のお仕事だ。と、言おうとしてそこで漣は思いだす。彼女が今の仕事を斡旋したということらしい。ということは、彼女の就職先と言うのはヒーローショー関係なのだろうか?
「なあ、天河」
「何?」
「良いよ、わかったよ。確かに金あるし。仕事紹介してくれたし、焼肉奢ってやるよ。だけど、」
と、そこまで言った時だった。天河は傍から見ても分かるくらいに目を輝かせると、漣の腕を握ってブンブンと上下に揺らす。
「ホントホント!? ホントだね、よし行こうすぐ行こうちゃっちゃと行こう! 大丈夫だよ、流石に高い所はいかないよ。そうだなー、食べ放題で良いよ。あ、でも色々と出るのは駄目ね、アタシ焼き肉なら焼き肉だけ食べたい人間なのだから寿司だとかラーメンとか色々別に出る所は苦手なの。アタシ食べ放題でそこそこ美味しい店は知っているから大丈夫。さあ行こう!!」
彼女はいきなりマシンガン……と言うよりはガトリングガンのような速度で話され、流石に困惑してしまう。そこから続きを言おうとしていた漣にとってはまさに出鼻を挫かれたと言う奴だ。
「ああ、もうわかったよ。わかったわかった、わかりました。とりあえず奢ってやるから一度落ち付け。話はその後だ」
そう言うと漣は絶叫した奈緒を連れ、周りからの冷ややかな目に送られてその場を後にした。
「……この店、しばらく来れそうにないな」
「何か言ったー?」
いいえ、なんでも。小さく呟いてから漣と奈緒は焼き肉店へ向かった。
「いっただっきまーす!」
「……」
奈緒が食事を始める一方で漣はげんなりとしていた。テーブルの上には大量の肉と野菜と白米とキムチ、そしてアイスコーヒーが置いてある。その大半は奈緒が頼んだ。というか、漣の白米と烏龍茶を除けば全て奈緒が取ってきたものである。
「なあ、これ俺の分も入っているんだよな?」
「勿論だよー」
奈緒は焼いていたロースをそれは美味しそうに頬張ると白米を口にし、それから口直しかアイスコーヒーをそれは一気に半分飲む。
「なんか、御前の飯の食い方見ていると俺まで腹いっぱいになりそうだ……」
漣は手前にあったカルビを取る。両面焼けていることを確認してから一口食べる。
「うん、美味いなー。やっぱ肉は良いわー……」
「そうだねー」
見て見ると、漣が肉カルビ一枚食べる間に奈緒はホルモン、茄子、タン塩を食べていた。余りにも早すぎる。ちゃんと噛んでいるのか漣は気になったが途中で考えることをやめた。食事のマナーであるならまだしも、食べる速さまで口を出す気にはならなかったからだ。
「で、さっき言いかけたことだけど」
「あ、そこのレバー焼けているけど食べる?」
「え? ああ、喰う喰う」
漣はレバーとピーマンを更に取ると一緒にタレに付けて食べ、更に白米をかっ込んだ。レバー自体は嫌いではないが食感は好みではない為それを誤魔化すためだ。少し変化球の鳥の軟骨に手をつけようとした時だ。
「……ん?」
気が付けば座席に奈緒はいなかった。代わりに彼女の取り皿には焼かれた肉が軽い山をなしていた。
「お待たせー」
ふと、声を掛けられた漣は声の主を見る。そこにはアイスコーヒーのおかわりを持ってきた奈緒が居た。
「良く飲むな」
「いやー、仕事始めてからアイスコーヒーばっかり飲むようになってねー。ふっしぎだよー」
そう言うと彼女は再び座席に座ると焼き肉を頬張る。
「……」
ここまで来ると最早感服すらした。あまり考え事ばかりすると美味しいモノも美味しくなくなるものだと思った漣は座席を立った。
「肉取ってくるわ」
それから約1時間半後。その間殆ど肉を食うことに専念した2人は店を後にした。漣の財布からは7千円弱のお金が飛んで行ったが、まだ3万円以上残っている。
「ふうー、御馳走さま。美味しかったよ」
「そりゃ良かったな」
漣も迷いを振り切った以後は奈緒と同じくらいの肉を喰らった。彼にとっては久しぶりに腹いっぱい喰った、と言った所だった。
「じゃあ、私は帰るねー」
「あ、ちょい待ち。ちょっと聞きたいことがある」
「ん? 何?」
「天河、アンタの働いているのって」
その時だった。奈緒のバッグの中に入っているスマートフォンから大きな音が鳴った。それは5年か6年ほど前に流行った、懐かしい曲。
「ああ、ゴメン。電話だね。ちょっと待って」
そう言うと天河はスマートフォンを耳に当てて電話に出る。
「あ、もしもし? あ、はい。どもー、お疲れ様です。……え? 今からですか? あー……はい、わかりました。でも私さっき焼肉食べたしキムチも食べましたよ? ニンニクとキムチと肉の匂いに耐えていただけますからねー。はいはーい、では」
奈緒は電話を切るとバッグを抱え直す。
「ゴメンね、ちょっと仕事入っちゃったからこれから焼き肉臭い格好で行ってくるよ。流石にブレスケアしてもこれは駄目だろうけどね」
「えっ。……まあ、しょうがないか」
聞きたいことは結局聞けなかったが、聞く機会はこれからもあるだろう。そう考えた漣は納得すると後ろ向きで手を振る彼女を見る。
「気ぃつけてなー」
「うんー! ありがとー。行ってきまーす」
そう言うと彼女は走り去っていった。1人残された漣はやれやれと言った様子で帰路に就こうとしていた。だが、近くに自販機を見つけた彼は小銭を入れ、缶コーヒーを一本買う。
「ふう」
色々あった日であった。とにかくしばらくは金には困らずに済みそうだ、そう思いながら漣は飲みほした缶コーヒーをゴミ箱に投げ捨てた。
「……あ」
空き缶はゴミ箱から外れて地面に落ちた。漣はソレを今度はしっかりとゴミ箱に入れ込んだ。




