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1、8話

 沼川は漣の胸に当てた剣を引くと、肩を軽く擦った。漣もシニガミブレードを引くと、肩にシニガミブレードを担いだ。と、そこで一息付くと頭の客観的な部分が現在の状況を把握させた。いくら玩具の様な武器とはいえ、本気で女性に攻撃を仕掛けたのだ。

「あ、す、すいません! ノリとは言え、ほ、本気でやっちゃって……だ、大丈夫ですか?」

 漣はシニガミブレードをその場に置くとマスクを取って床に両手を付く。一方の沼川は一瞬キョトンとした後、ああ。と言って腰を下ろす。

「いえいえ、本気でやって下さるように言ったのは私です。……なるほど、確かに甲崎さんの身体能力は大したものですね」

 沼川がそう言うと漣は両手を床に付けたまま顔を上げる。沼川は漣の腕を掴むと、もう一方の手を差し出し、自らの手に握らせて引っ張り上げた。

「以前に何かしていたのですか?」

「あ、えーと。高校時代に陸上を少し」

「……ほう、陸上をですか」


そんなものは詭弁だ。予め甲崎漣という人物を調べておいた沼川は内心で呟く。何せ甲崎漣という人物の名前をインターネットサイトで打つだけですぐに答えは出た。初めてそれを見た沼川は内心で舌を巻いたものだ。


甲崎漣。高校時代に陸上の支部予選で記録を更新後、県予選、地区大会で上位の記録を残しインターハイ出場を決める。だが、その後。インターハイで彼の名前は記録には残っていなかった。いや、それどころか、甲崎漣という人間を見た者すらいなかったというのだ。


「……まあ、それは良いでしょう」

「はい?」

 漣に声を掛けられ、沼川はいえ。と言って思考を中断する。それは良い。とにかく今日やることは全て終わりだ。

「甲崎さんお疲れ様でした。先ほどの更衣室で着替えをしてきてください」

「あ、はい」

「衣装は後で片付けますのでそのままにしていてくれて構いません。私は先ほど衣装を渡したフロントに居ますので着替えが終わったらそちらまでお願いいたします」

「あ、はい」

 漣が控室に行ったことを確認した沼川は、先ほどシニガミブレードが当たった肩を改めてさする。まるでプラモデルであるかのように、擦った肩は落ちた。


 漣は着替えを始めた。衣装を破かないよう、おっかなびっくりと言った様子で着替えを済ませた。衣装はそのまま放置していて構わないとは言われているが、流石に気が引けた小市民な漣はハンガーに衣装を掛けてから更衣室を出た。

「すいませんー、着替え終わりました。沼川さーん?」

 漣が言うと、レジカウンターの向こう。事務所の中から沼川が出てきた。手には袋が握られていた。

「甲崎さん、お疲れ様でした。ではこちらを」

「え?」

 彼女の手にはまさにコンビニで見るレシートの様なモノが握られていた。だが、そこに書かれていたのは品物の値段ではなかった。そこには出勤、12時35分。退勤、13時52分。と書かれており、1時間給、4万2千円と書かれていた。

「月の終わりに一括でお支払いする場合、端数の時間も切り捨てにはなりませんがどうしますか? 日払いでしたら今回は1時間分の給与、4万2千円となりますが」

「ちょ、ちょっと待って下さい」

「? なんでしょうか」

「今日、俺バイトらしい事って何もしていないのに良いんですか?」

「勿論です。甲崎さんには今回適正と面接、衣装合わせと練習をしていただけたので給与が出るのは当然のことです。それとも、月給で月末にまとめてお支払いにしますか?」

「え、あ。いや、あの、それは……」

 と、そこで漣は自分の現在の状況を思い出す。このままなら、1週間は調味料と水。

「いえ、日払いでお願いします!」

「わかりました」

 そう言うと沼川は封筒の中から紙幣を取り出す。そこには福沢諭吉が4人分と野口英世が2人居た。

「では、こちらでお間違いありませんね?」

「はい!」

 漣の返事を聞いた沼川は事務的な動作で再び紙幣を封筒の中に入れ、更に畳んだ明細書も一緒に入れる。

「では、今日はお疲れ様でした。本日の待ち合わせをしたカフェまでお送りします」

「え? ああ、いや。流石にそこまでは……」

 バスを探すか、あるいはタクシーを呼ぶか。はたまた歩いて帰ろうかと考えていた漣にとっては渡りに船であるが、流石に気が引けた。これではまるで自分のために沼川が使われているようだからだ。

「お気になさらず。元々ここまで移動することなどを説明していなかったので。それに先ほどは短い時間とはいえ激しい運動をしています。あまり疲れを蓄積させるのは得策とは言えませんので」

 そう言うと沼川は鍵を手にフロントを後にした。残された漣は、はぁと溜め息を付く。沼川のことは決して嫌いではないし仕事のできるキャリアウーマンと言う感じがして好感も持てる。だが、彼女の真面目さや型物さはどうしても漣には苦手意識を感じざるを得なかった。

「はぁ」

「まあ、気にしないことだよ新入り君」

 と、そこで後ろから声を掛けられた。そこには来た時と同じコートを着た深川が居た。彼は欠伸を一度噛み殺してから寝ぼけ眼で漣を見る。

「沼川はあれで正直な奴だし。まあ、面白みには欠けるけど。嘘はつかない。だから、まあ大丈夫。何かあればちゃんと聞けばいいさ」

「え?」

 まるで心の中を読まれたようだ。先ほどの心の言葉に対するその言葉は、面倒くさそうな言い方にもかかわらず、まるで心を掴まれたような冷たさだった。

「あ、貴方は一体……?」

「……」

 深川が何かを言おうとした時だった。車を入り口へ回した沼川が戻ってきた。

「お待たせいたしました。甲崎さん、お送りします」

「え、あ。はい。えーと、深川さん、でしたよね? お先に失礼いたします……」

 バンへと向かう沼川に手招きされた漣は深川に一礼をしてから店を出た。

「……寝よ」

 2人を見送った深川は何もいわず、ただ眠りについた。惰眠を、貪るというよりはまるで喰らい尽くすかのように

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