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1、5話

「……ふぁーあ……」

 翌日。気だるさに包まれた中、目が覚めた漣は携帯電話の時計を確認した。時計の針は午前8時37分を指していた。

「……そうだ、履歴書を書かないと」

 眠気眼を擦って欠伸を一度だけすると、昨日買った履歴書を袋から出す。漣にとっては現在のコンビニのアルバイトの際に書いた時以来だ。

「えーと……」

 漣は名前、住所、学歴と順番に書いていく。途中までは特に迷うことも困ることも無く書けていたが、志望理由の所で止まる。

「志望理由かぁ……」

 履歴書を書くとき、誰しもが困るのはここであろう。自給4万2千円に釣られました。金のためにやらせて下さい。と書きたいのが正直なところだがそれをそのまま書いてはいけないのは世の中の暗黙のルールだ。

「んー……そうだなぁ……」

 そこで漣は一度ペンを離すと代わりに携帯電話を手にとりメモ機能を使う。一度書いては消し、また書いては消す。これを3回ほど繰り返した所でうーん、とうなる。

「……ちょいと恥ずかしいが、これで良いか」

 そう言うと漣は携帯をテーブルに置いて再びペンを握ると履歴書に志望理由を書く。そこにはこう書かれていた。

ヒーローになってみたかったから。

 これについて漣は恥ずかしさがあったが、あながち嘘でもなかった。最近はそうでもなかったが、中学までは戦隊ヒーローの番組を見ていたこともある。何より、子供の頃彼はヒーローに憧れていた。


どんな悪も倒すヒーローに。


「さて、これで良いや。んっ、んー……っ」

 漣は伸びをして横になると携帯電話で時間を確認する。時刻は9時40分。まだまだ時間はある。かと言って、懐には132円しか無い。

「……良いや」

 そう言うと漣はゆっくりと目を閉じた。ただ、休むために。


 午後12時31分。

「……ふぁっ」

 3時間ほど寝た漣は欠伸を噛み殺してから洗面台で髭を剃ると携帯電話と財布、そして予め用意しておいたモノを愛用のバッグに入れて出掛けた。

「今更だけど、もうあそこの店は常連になったもんだなぁ」

 ものの5分程で約束の喫茶店に着いた漣は昨日と同じ席に座る。しかし、現在懐に132円しか無い漣が注文をどうしようか、と考えている時だった。漣を確認した店員が今の季節にはちょうどいい、アイスコーヒーを運んできた。

「えっ!? あ、あの、俺頼んでないんですけど……」

「ああ、こちらはあちらのお客様からです」

 うろたえる漣に対して店員がニコリと笑ってから手で指し示す。見るとそこには夏であるにも関わらず真っ白なコートを着てホットコーヒーを飲んでいる女性が居た。女性は漣が自分に気付いたことを確認すると店員を呼ぶ。遠くで聞こえないが、店員が頷くと女性はこちらの方に来た。

「甲崎漣さんですね?」

「あ、はい」

 近くで見ると色白の線の細い女性だった。年齢は20代後半と言ったところだろうか。女性は漣の向かいに座った。

「始めまして甲崎さん。株式会社空の目の沼川です。今回はアルバイトをご希望いただきありがとうございます」

「は、はい」

「では、早速ですが履歴書と預金通帳、国民健康保険を」

 漣はバッグの中身を沼川に渡す。彼女は預金通帳の1ページ目と保険証をコートのポケットから出したスマートフォンで写真を撮る。

「はい、ありがとうございます」

 そう言うと沼川はコーヒーを一口飲む。漣はその中身を見ると一気に怪訝な表情になる。この夏の暑い中、湯気が立つ熱そうなコーヒーを飲んでいる。周りのオープンテラスの客が冷たいアイスコーヒーを飲んでいる中、その光景は異常とも言える。

「あ、あの……」

「ん? ああ、私は極度の寒がりでしてね。だからこんな夏でもこんなコートを着ているのですよ」

「はあ……」

 漣はアイスコーヒーを飲みながら沼川を観察する。まさに仕事が出来る女性、と言った感じで興味深そうに読んでいる。

「なるほど……。ん?」

 彼女の目線が最後の所まで来た時、彼女はクスリと笑う。

「ヒーローになりたかったから……フフ、志望理由、浮かばないからこう書きましたね?」

「え?」

 見透かされた漣は動揺を隠さないように努めたが、沼川はすぐにうんうんと首を縦に振る。

「まあ、構いませんよ。私はこういうものは嫌いではありませんし。甲崎さん、この後お時間はございますか?」

 沼川はそう言うと熱々のコーヒーを一気に飲む。あんな熱いモノを飲んで火傷にならないのかと思ったが敢えて聞かなかった。

「ええ、大丈夫です」

「今日からバイト、早速始められますがどうします?」

「え? 合格で良いんですか?」

 漣は沼川の言葉に吃驚して言う。逆に言われた沼川はキョトンとした様子でいる。

「はい? 私は今回手続きのために来たのですが……」

「え……?」

 どういうことだ? と漣は思った。昨日電話をした以外、彼は誰にも会っていないし話してもいない。話したとしたら、1人だけ。

「天河が……?」

「どうなさいました?」

 沼川の言葉に漣は思考を切る。思うことは様々あるが、今ここで考えても仕方がない。何より話が潤滑に進み、今日からでも金が入るのならばそれに越したことは無い。

「わかりました。お願いします」

「では、移動しますので、私についてきて下さい」

 そう言うと、沼川は立ち上がると店員を呼んで2人分の会計を済ませる。ありがとうございました、と言う店員の後頭部に見送られた。

「沼川さん、移動ってどれくらいなんですか?」

 先を歩く沼川は歩きながらも顔を漣の方に向ける。

「これから車で移動します。時間は……そうですね、20分もあれば到着します」

「はあ、車で移動ですか」

 中々遠くなのだな、と漣が思いつつも歩いていると駐車場に着いた。その中に、一際目立つライトバンが止まっていた。

「乗って下さい」

「は、はい」

 漣が助手席に乗ると沼川はスムーズに車を出す。バンには音楽プレイヤーが接続されていたりナビが付いていることも無く、ラジオが流れているのみだ。

「結構、年代物なんですね」

「良いんですよ、古いと言ってくれて」

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