4、7話
「彼は、この世界の人間ではありません。並列する数多の世界の1つ。機械に統治された世界の人間。その№9110。それが目の前の少年です」
「なっ……!?」
「……」
太郎は出されたオレンジジュースを口にすることもなく、ただじっとしている。
「ぬ、沼川さん。流石にそれは」
「私、冗談は苦手ですし嫌いですよ」
「いや、でも……」
「信じてはもらえないでしょう。正直、何故この世界が選ばれたのか疑問でもあるのです。この世界の人間と、機械に管理、統治されて選定された人間。どちらが元始の人間として優れているかなんて」
「……それが、このヒーローショー?」
「ええ。そういうことです。そして、最後。貴方が人を殺した、と行ったことについて話しましょう」
「っ!」
沼川のその言葉を聞いた瞬間。漣はガタッ! と音を立てて椅子を引いた。そのショックでテーブルの上に置いたままの半分になったアイスコーヒーが倒れ、零れる。
「厳密に言えば、貴方は確かに人を殺しました。しかし、貴方はその人の事を一生思い出すことはありません」
「……どういう、ことなんです?」
「このヒーローショーの武器や防具は本物です。しかし、その武器達は事務所の裏のステージ。あそこでのみ、力を発するものなのです」
「あの、すいません。意味が分からないのですが……」
沼川の答えに漣は辟易とした様子で言う。人を殺した。その一言である意味では全ての答えが出てしまっているからだ。
「私達は、あのステージを神兵地と呼んでいます。通常、ヒーローショーで使っているシニガミブレードや刃の刀などは、その神兵地でなければ唯の模造刀や模造品としか効果を発揮しません。そして、神兵地で起こったことは、全てがそこで始まり、そして完結する。つまり、そこで起こったことには何をどうしても外には伝わることが無い。そういうことなのです」
「……じゃ、じゃあ。俺はあそこで」
「はい。あそこで貴方はダレカを殺しました。しかし、そのダレカの事を思い出すことは貴方にも、私にもできません。いずれは、この事も忘れるでしょう。あの空間では例えいくら傷ついたとしてもあそこから生きた状態で出ることさえ出来れば、全ての傷は回復します。ですが、あの空間で死んだ場合、そもそも死んだことはおろか、生きた証すらなくなるのです」
「で、でも。そんなことをしたら。た、例えば俺なら雄作や父さん達が気づかないはずがないじゃないですか!?」
「そもそも、そんな人間が生きたという証すらなくなるのです。その人間が居た、と言うことが無くなる。恐らくですが、空いた穴は何かしらの形で埋められるでしょう。例えば、貴方がこのヒーローショーで万が一にも存在を消された場合、甲崎家では貴方の部屋は初めから物置にされており、茶碗や箸もない。平坂雄作さんにとって、別の友人が貴方の代わりのポジションを務めている。そういうことでしょう」
「そんな……!!」
失意のどん底、と言うものがあるのだとしたら間違いなく今であろう。漣はそう思わざるを得なかった。そうでも思わなければ、沼川の告白はあまりにも残酷すぎるものだ。
「これが全てです。出来れば、私もこの事までは貴方に話したくは無かった」
「……」
「……か、ん」
「え!?」
そこで漣は気がついた。今までずっと黙っていた太郎。いや、№9110が声を掛けてきたことを。
「ぼく……は、あ。……な、た……に。た…………す、け。られま……し、た」
「え……?」
№9110。漣は、彼の手元を見てみるとオレンジジュースが半分ほど減っていた事に気がついた。
「彼等、向こうの世界の方達はアトランダムに選定されてこのヒーローショーに参加しているみたいです。そして、向こうの世界に帰る際、様々な手違いがありまして帰ることがかなわず、甲崎さんと出会ったのです。その後のことは貴方の方が知っているでしょう」
「……」
その後、漣と出会い。そしてオレンジジュースを飲んだ。漣にとっては知る由もないが、今まで管理された世界のために外部刺激がほとんどない向こうの世界の住人である№9110にとって、あのオレンジジュースと言う味はまさに全身が活性化するほどの衝撃を味合わされるものであったのだ。
「しかし何で、美川達は№……いや。田中君を殺そうとしたんですか? アイツ、彼が死ぬまではどうしても事務所に入れないようにしていましたし……」
「どうやら、向こうの統治者たちにとって、№Zが自我を持つことは問題になるらしかったのです。かと言って、私達管理人がヒーローショー以外で貴方達に干渉することは神からの命令でNGが出ているのです。だから、美川達は自分達で直接№……いえ、田中君を殺すことは出来ず、貴方を利用して彼を殺させようとしたんです」
「そうだったんですか……。でも、良いんですか? 俺は彼の自我を目覚めさせるようなことをさせたんですよ? 沼川さん達、怒られるんじゃ……」
「構いません。彼の自我の発現のクセはわかりました。調整さえすれば問題はないでしょうし」
「……」
太郎はゆっくりとしつつも確かに首を縦に振る。
「甲崎さん。今日はこんなことがありましたし。明日のバイトは急遽ですが中止せざるをえません。申し訳ありませんがバイトは一週間後となりますが宜しいですか?」
「……宜しいも何も、どうせ逃げられないんでしょう? 精々、死なないように気を付けつつ頑張りますよ」
漣は皮肉を込めつつ沼川に言う。対して沼川は皮肉を物ともせずに笑顔を作る。
「結構な返事です。では、私は所用がありますのでこれで。田中さんの事は私が送りますので」
そう言うと、沼川は1人先にレジへ向かうと支払いを終えると再び戻って来た。
「支払いは済ませました。では、田中さん?」
「……。は、い」
沼川が太郎を連れて喫茶店を出ようとした時だった。
「待って下さい」
「はい?」
「あの……少しだけ、田中君に話をさせてもらえませんか? 5分……いや、3分で構いません」
沼川は懐からスマートフォンを取り出し、時間を確認した。
「わかりました。私はトイレに行ってきますので、戻ってくるまででしたらどうぞ」
そう言うと、沼川は喫茶店内のトイレへと向かった。




