4、6話
「お待たせ、しました」
「いえ、構いませんよ。甲崎さん」
「……」
着替えを終え、元の服装に戻った漣はフロントへとやってきた。そこには沼川と、傷一つなく、いつものように涼しい顔をした太郎が待っていた。
「とりあえず、立ち話もなんです。話をするにあたって、あのカフェに行こうと思うのですがいかがでしょうか?」
「……あそこで、良いんですか?」
「ええ。ああ、甲崎さんはこう心配しているんですか? そんな重要なことを、あんな周りに人がたくさんいる所でして良いのか、と」
「え? あ、いや。その、そういうわけでは……」
沼川の鋭い質問にしどろもどろとなると同時に、まるで心を見透かされたような沼川に、漣はぞっとした。
「貴方の事を信用してですよ。とりあえず、車に乗って下さい」
そう言うと沼川は一足先に愛車のライトバンの元へと向かう。残された漣と太郎の2人も着いていくと、車に乗った。
「アイスコーヒーを1つとホットコーヒーを1つ。後、オレンジジュースを1つ下さい」
「はい、畏まりました」
30分ほど沼川の運転するライトバンに揺られた3人は、漣にとっては始まりの場所と言える、喫茶店である。外は雨が降っており、客はほとんど入っていないためか、店内には彼等を除けばウエイトレスしかいなかったが。
「さて……まずは甲崎さん。お疲れ様でした。今日の分は残業代としてつけておきますので」
「はあ……。って、そんなことはどうでも良いんですよ。そんなことより、こっちとしては聞きたいことが山ほどあるんですからね!」
漣は先に出された水を一気に飲んでから沼川に喰いかかる。先ほどまで血の気が引いていた彼に水は全身の細胞に行きわたるようであった。
「ええ、わかっていますよ。まずは……何から話しましょうか?」
「……まず、このヒーローショーの事から聞きましょうか。後は……嗜好星のことも。何で俺達に教えてくれなかったんですか?」
「そうですね……。あ」
そこで注文していたアイスコーヒーとオレンジジュース、そしてホットコーヒーが来た。
「丁度良かった。まずは嗜好星のことからお話ししましょう。この嗜好星のことはどこまで知っていますか?」
漣は美川から聞いたことを言う。嗜好品を摂取した際に脳内に分泌されるβエンドルフィンという酵素にのみ反応するもので、ヒーローショーに関する記憶の貯蔵と引き出しを司る、記憶の保存は9時間が限度なので、その都度摂取する必要がある、と言うことを。
「なるほど。……本当に最低限、というよりは本当に大事なことは言っていなかったみたいですね」
そこで沼川は自分の前に出されたホットコーヒーを眼にすると、丁度良いとばかりに飲む。
「私の嗜好品はホットコーヒーでしてね。私がいつもこれを飲んでいたのはそのためでもあります。まずこの嗜好星の特徴。それは、身体能力の向上です」
「身体能力の……?」
そこで漣は思いだす。初めてのヒーローショーで振り切ったシニガミブレードの速度も、動体視力も反応速度も、全てが上昇していたことを思い出した。
「甲崎さんにも思い当たる節があるようですね。そして、もう1つの嗜好星の特徴。それはこのヒーローショーにも繋がっている理由なんです」
「何なんですか……?」
漣はアイスコーヒーをストローで飲みながら聞いた。
「このヒーローショーは、世で言うところの神々の賭けの対象なのですよ」
「ぶっ!?」
あまりに予想外の言葉に、漣は口の中のアイスコーヒーを吐きだしてしまう。正面に誰もいないことが唯一の救いであった。
「ゲホッゲホッ……。ぬ、沼川さん。何言っているんですか!?」
「生憎ですが、本当の事です。このヒーローショーは世界に住まう神々の賭け。それが全ての真相です。それ故にこのヒーローショーに関係する者は一度参加してしまうと、嗜好星を埋め込まれます。それがこの嗜好星のもう1つの特徴。発信機のシステムです。これが、この嗜好星の秘密です」
「あの、すいません。話が全然見えないんですが……」
「今はそれでも構いません。ですが、この事はくれぐれも内密にお願いします。逃げた場合は、例え貴方でも処理せざるを得ないので決してそのようなことはなさいませんよう」
「……」
話が全く見えない。その上、逃げれば殺されると来た。
「ヒーローショーのバイトの事自体は言っても良いんですか?」
「それは構いません。ヒーローショーと言うアルバイト自体は、珍しい部類ですがバイトとしては一般的にあるものです。それに、先ほどの甲崎さんも同様に神々の賭け、なんて言われても多分信じないでしょう」
「……なるほど」
だが、そこで漣は思いだす。嗜好星のことを。
「あれ? でも、いつ嗜好星なんて打ちこまれたんですか? 俺、注射とか、されていませんよ?」
「それについては、ヒーローショーの研修の時に既に打ちこみました。甲崎さん、初めてシニガミマスクを被った時の事を覚えていますか?」
「え? えーと……」
もう、3週間近く前の事になる。シニガミマスクを被った時の事など覚えているはずがない。そう思った時だった。まるで耳の穴から見えないチューブで声が聞こえるような感覚に襲われる。それは、あの時の事を如実に覚えているようだ。
「あれ……何で、こんなにしっかり……覚えているんだ? これが、嗜好星の力……?」
「そうです。そして、覚えていますね。シニガミマスクを被った時、起こったことを」
「……そうだ。あの時、頭に何か小さい画鋲みたいなものが……あっ!!?」
「そう。その時にナノマシンである嗜好星が貴方の体内に入ったのですよ」
あの時のこと。嗜好星の中のヒーローショーに関する記憶が、まるで泉のように溢れてくる。そう、あの時確かに頭に刺さった小さな針。当初はシニガミマスクの外装が少し出っ張った部分だと思っていたが、そうではなかったのだ。あれこそが、嗜好星。
「次に彼の事をお教えしましょう」
茫然としていた漣は沼川の声で現実に戻される。嗜好星の事は置いておくとして、目の前の蒼髪の少年の事は大きな謎であった。
「確か、美川と牛川。その2人が、彼の事を№9110。そう呼んでいたのですね?」
「ええ……確かに、そうです」
「それは、彼の本当の名前ですよ。いえ、正確に言えば、名前でもありません。田中太郎、と言うのはこの世界で生きるため、便宜上つけられた名前です」
「……どういう、ことですか」




