4、5話
「……ハァハァハァハァッ」
事務所の中に入った漣はすぐさまバックヤードの中に入る。そこで携帯電話を取り出し、すぐさま携帯電話で110番と119番に電話を掛けるはずであった。にもかかわらず。
「ぬ、沼川さん!?」
「甲崎さん。やっといらっしゃいましたか」
バックヤードには沼川が居た。狭いバックヤードの中に居ながら、態々ホットコーヒーを飲んでいる。
「沼川さん! すぐに救急車と警察に電話をお願いします!」
「はあ。構いませんが、何でですか?」
「俺……。俺っ! 人を殺してしまったんです!!」
「……人を? 誰なんですか?」
「あの人ですよ。ヒーローショーの、あの……」
そこでいくら思い出そうにも、思い出せない事に気がついた。顔を思い出そうにも髪型も髪の色も、体型も判っている。にもかかわらず、表情も顔も思い出すことが出来ない。
「と、とにかく。殺してしまって……。あ、後、田中君。彼も大けがを負ったんです。すぐ……に?」
そこで漣は違和感に気が付く。右腕に抱えていたカレの身体が無い。そして、左腕で抱えていた太郎の身体。先ほどまで体に突き刺さっていた剣は無くなっていた。
「ど、どうなってるんだ……? だって、俺」
「……。甲崎さん。着替えを終えたらフロントにいらしてください。田中さんは私が運びますので」
「え……ああ、はい」
そう言うと太郎は沼川に抱かれてフロントへと行った。1人残された漣は、いそいそと着替えを始めた。
「何だと!! まさか……あの小僧がそれほどまでの力を出したと言うのか!?」
「美川さんの嗜好星の反応が消えまして……恐らくは」
そこは広い執務室だった。その広い執務室は応接室も兼ねているのか、大きな机のほかにテーブルや長椅子も準備されていた。そこで、声を荒げていたのは牛川である。普段と同様、黒いスーツ姿に顔にはガスマスクを付けていた。一方、報告にやって来た男は辟易とした様子で牛川に報告を続ける。
「ええいっ。まさかこんなことになるとは……!! すぐにでも№9110をステージに誘いこめ。何とか奴だけは……」
「生憎、もうその手は喰わないんだよねぇ……牛」
そこで執務室の扉が開かれた。そこには夏であるにもかかわらずダウンジャケットを着てフードを被った季節感0の男、氷川がいた。氷川は丼に入ったうどんの汁を飲み切った後なのか、丼を床に置く。
「ひ、氷川……さ、ん? な、何故ここに?」
牛川は全身に汗をかく。まるで体が一瞬で凍りそうなほど、冷たいものである。その上でご機嫌を取るかのように話しかけるが、氷川は意に介さない。
「惚けてんじゃねえよ馬鹿。沼と深から既に話は通っている。全く、送り迎えも出来ねえ、暗殺も出来ねえ、なにも出来ねえ。御前、今日は4月馬鹿じゃねえんだぞ? マジでふざけてんのか? 馬鹿なのか? 死ぬのか? 御前は」
「は、ハハハ。なんのことかわかりません……なっ!!」
その瞬間。椅子に座っていた牛川はそのまま地面を蹴ると机を踏み台にし、そのまま氷川に蹴りを繰り出そうと足を振るう。
「……はぁ」
そう言うと氷川は繰り出された牛川の蹴りを片腕1本で受け止める。身長2mを誇る牛川に対し、身長180㎝程の氷川では力に圧倒的な差があるはずである。にもかかわらず、氷川は完全に牛川の攻撃を見切り、あまつさえその攻撃を片腕一本で受け止める。
「なっ……!?」
「生憎、俺とお前じゃ嗜好星のレベルが違うんだよ……」
そう言うと、氷川はもう一方の手。爪の手入れもされた長い綺麗な指を2本突きだす形にする。
「御前の心臓なんていらねぇしな」
「ま、待って」
氷川はそこから先の言葉を聞かなかった。突きだした2本の指を、牛川の心臓目掛けて突きだした。更に、心臓目掛けて突き刺した人差し指と中指を強引に開くことで、肉と肉の繊維を引き千切る。
「ブグォッ!!?」
「はぁ……」
その衝撃を喰らった牛川はその場に倒れる。しかし、氷川はそこでやめず、足を上げると、そのまま踵を牛川の心臓に振り下ろしていく。グチャリ、グチャリ、ペチャリ。最初は肉同士がぶつかり合う音が、段々と水泡音を帯びたものへとなっていった。
「これで良しと。……おい、そこの」
そこで氷川は部屋の端に居た男に声を掛ける。最初に牛川に報告をしていた男で、氷川が来た時点で部屋の隅で縮こまっていた。
「はっ、はい!?」
「死体処理だ。コイツをステージに運べ。広報班だろうが何だろうが好きに使って良いから。後は深に連絡。使い物にならない心臓以外は取っとけって言っとけ。良いな」
「は、はい!!」
そう言うと、男はすぐさま携帯電話で電話をかけ始めた。氷川は1つ息を吐くと、入口の隅に置いておいた丼を手にし、その場を後にした。




