4、3話
美川は太郎の後ろの位置から、ゆっくり移動すると舞台の壁に背中を預け、傍観の姿勢を取りながら言う。だが、漣にその声をゆっくり聞く暇は無かった。漣のシニガミブレードの一撃を防ぎきった太郎は刀の峰に手を当てると、そのまま刀を押し上げる。
「グッ!?」
シニガミブレードの刃を弾かれた漣は、攻撃を受け止めるために刃を引くと同時に柄を大きく振るう。
「これは……あの時と同じ……?」
「……」
作用反作用を利用した柄の一撃は、以前のヒーローショーの時に放った同様の一撃を遥かに超える速度で放たれた。パァアンッ!! と大きな音を立てた一撃は太郎の手から刀を落とさせる。
「な、何だ今の……まるで」
まるで、あの時の行動をそのままトレースし、そしてそれをより鋭敏化したかのようであった。だが、漣の思考はそこで途切れる。茫然と立ち尽くし、シニガミブレードをおもむろに見ていた漣の身体に太郎が甲冑ごと体当たりしてきたからである。
「ぶっっ!!!?!?」
デスブラックの衣装は骨で出来たような鎧の甲冑を着ているので、刀の攻撃を防ぐことや多少の打撃程度であれば防ぐことは難しいことではない。だが、小柄であるとはいえ甲冑を着た人間の体当たりを喰らってタダで済むわけがなかった。漣の身体は5m程吹っ飛び、ステージの脇ギリギリまで移動してしまった。
「ハァッハァッ、ぐっ!?」
「……」
太郎に馬乗りにされた漣は身体の各部に生じた痛みに歯を食いしばりながら耐えていた。だが、骸骨のマスクの下から感じるどうしようもないほどの大きな殺気に気付くと、太郎を見る。
「なっ、たっ、太郎君!?」
「……」
太郎は漣に馬乗りになったまま刀を逆手に持っている。その刃は雨粒で濡れ、輝いている。それは、太郎の殺気を伴い、模造刀ではない。本当の刀のようであった。否、例え模造刀であったとしても、全力で人体に突き刺せばどうなるか。
答えは一目瞭然である。
「っ!!」
「……!」
太郎の刃の切っ先が漣の喉元目掛けて振り下ろされた。その瞬間。その場の、音。は全て消え去った。何もかもが聞こえない、まるで急に眠りに着いたような、一瞬の空白が確かにあった。
「……ど」
「……フフっ」
「どっ、どういうことだこれは!!!!!」
漣に馬乗りになっている太郎の刀。その刀は彼の手から滑るように落ちて行った。だが、それは漣が彼に攻撃をして落としたものではない。太郎の腹。そこに鋭い剣が突き刺さり、否。貫通している。貫通した剣。それは、漣のシニガミブレードでもなければ、太郎の刀でもない。
「美川……どういうことだっ!?」
その剣の持ち主である美川。彼女が先ほどまで持っていた剣は太郎の腹に突き刺さっている。彼女は満足そうに、かつ下卑た笑みを浮かべている。
「あらあら。どうやら誤ってそちらの方に行ってしまったようですねぇ。まあ、代用品の利く№9110のことは良いじゃないですか?」
「こんなときに何冗談言ってるんだ!! 事故だろうがっ、早く救急車呼ばないといけないだろう!!」
漣は太郎を抱きかかえるとステージを降りて事務所へ向かおうとする。しかし、ステージを降りた漣の前に美川が立ちふさがる。
「ここから先へは行かせませんよ?」
「退けっ、邪魔だ!!」
「生憎そうはいきません。彼の自我が発現しかけていることは、契約違反になってしまうのですよ。まあ、クライアントとの契約、というやつでしてね」
「一体何を言っている……?」
「さあ? それもクライアントとの契約に従う必要がありますし。まあ、とにかく。彼が死ぬまでここから出さないでくださいよ。死んだら事務所へ連れて行こうが何をしようが、構いませんので」
「ふざけるなって言っているんだよ!!」
最早会話をする意味が無いことを悟った漣は美川をかわして事務所へ行こうとする。しかし昨日は異様な身体能力でその身を視界にとらえることも出来なかった相手だ。その上、今は怪我を負った太郎が居る。動くとそれだけ彼の身体を疲労させてしまう。
「クソっ……こうなったら!」
そう言うと漣は太郎を連れたまま、刺さった剣に注意して横にする。無理に抜くと出血多量で死ぬということを知っていたためだ。それから、ステージ上に置いてあったシニガミブレードを手にすると、邪魔になったシニガミマスクを外し投げ捨てる。
「すまない、田中君。少し、我慢していてくれ」
ステージ上でそう言った漣は再び事務所側。美川を睨みつける。
「うわぁああああぁぁぁぁああああ!!」
漣は怒りを露わにして叫ぶ。その眼は、今までの眼では済まなかった。それは殺意の眼。かつてない程の怒りに興奮物質のアドレナリンは分泌されていく。まるで血が沸騰するかのように熱かった。
(これは……フフっ。怒りに反応して嗜好星が次のステージへ向かうか……。№9110が死ぬまでは耐えて、後はすぐ逃げないといけませんね)
「美川ァアアアアアアアアアッ!!」
「ッ!」
漣はステージの端の位置を蹴るとそのまま美川目掛けて跳ぶ。美川は太郎に剣を刺したままのため、武器は無く徒手空拳しかない。
「まあ、それでも問題は無いでしょうが……」
接近してきた漣はシニガミブレードを構えると美川を斬り裂くように振るう。
「生憎ですが、今の君の速さでは僕を捕らえる事は、」
できませんよ。と言うはずであった。にもかかわらず、漣の振ったシニガミブレードは先ほど振るったモノとは速さのケタが違っていた。
「ウォオオオオオオァアァアアアアアア!!」
「!!」
当初は振るったシニガミブレードを懐に入って大きな刃をかわしつつ、殴りつけて漣の動きを止める予定であった美川であった。だが、その速さにたまらず後ろに跳ぶ。
「逃がすかァアアアアアアッ!!」
漣は後方に逃げた美川を追うように、シニガミブレードを振るった際の円運動を殺さず、まるで独楽のように回転し美川に背中を一瞬向けてから軸足にした左足一本で跳ぶ。漣は体勢を崩しながらも円運動によって生じた遠心力で再び美川に接近する。
「なっ……!」
「これでぇっ!!」
空中で接近しながらシニガミブレードを振り切る。その刃は、確かに美川を斬り裂く軌道であった。




