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4、2話

「……やっとついたか」

 漣はげんなりとした表情でバスを降りる。時刻は10時45分。ギリギリの時間についた漣はヒーロー事務所前の自販機を見る。

「やっぱり居やがったか……」

 自販機の前には先日と同じマントを身に纏い、ヒーローのお面を左のこめかみの位置に付けていた。雨が降っているにもかかわらず、傘も差さないでいた。

「やあ、漣君。昨日ぶりですね」

「ああ……そうだ、なっ!!」

 そう言うと漣は開いたままの傘を放り投げて美川に殴りかかる。しかし、美川は漣の攻撃を予測していたのか、身を翻してかわすと漣の顔の前に膝を出す。

「ぶっ!?」

 漣の勢いと速さは、皮肉にも美川の膝打ちの威力を上げることになった。漣の顔面は美川の膝に吸い込まれるように突っ込み、鼻血を出す。

「大丈夫? 鼻血が出ていますよ?」

「グッ……このっ」

「血の気が多いですね」

 美川はやれやれといった様子で硬貨を自販機に入れると缶コーヒーを買う。漣が好きな銘柄、味のものである。美川は雨が降る中、蹲っている漣に合わせるように缶コーヒーを置くと、そのまましゃがんで漣に話しかける。

「はい、どうぞ」

「いっ……つぅ……」

「どうやら、まだ嗜好星の力を扱う術は知らないみたいですしね」

「何のっ……ことだ!!」

「まあ、それに」

 そこで美川は立ち上がると事務所の方へと歩き始めた。美川は先ほどまで顔の横に回していたお面を、顔の正面に持ってくる。

「今は私が見た目ただの女だから、殴るのをためらった。というふうに解釈しておきましょう。さあ、貴方のためにステージを用意しておきましたよ。甲崎さん。……いえ、デスブラック?」

「何だと……?」

 ようやく痛みが引き始めたのか、鼻を抑えながら漣は立ち上がる。

「明日の本番の前の練習の様なものですよ。私は先にステージに行っておりますので。準備が出来たら来てください」

 そう言うと美川は1人先に事務所の中へと消えて行った。1人残った漣は雨に塗られた缶コーヒーを見据える。

「……チッ!!」

 漣は缶コーヒーのプルタブを乱暴に開けると中身を一気に流し込んだ。そのまま漣はヒーロー事務所へ行こうとしたが、そこで思い出したように再び自販機の前で飲み物を買う。

「……」

 それから漣はヒーロー事務所の中へ入っていった。自販機の周辺は、鼻血の垂れた後が小さな染みを作っていた。


「……まんまと来てくれましたね」

「そのようだな。何よりだ。№9110の方は?」

「問題はありません」

「よし。甲崎漣が来次第、とっとと終わらせてしまえ」

「わかりました」

「……ここは任せる。俺は戻って別の仕事があるからな」

「わかりました。ここは僕に任せてください。牛川さん」

「ああ」

 そう言うと、牛川は事務所の裏口から出て行った。1人残された美川は御面を一度外すと、代わりにヒーローショーで使われるマスクを手にする。それは、マスクと言うよりは特殊メイクの顔をそのまま引き剥がしたようなもので、右目が無く左目には縦に傷が付いており、口が頬にある。まるでとっちらかった福笑いをそのまま顔にしたようなマスクを美川は被ると、そのマスクの上から更に自分のヒーローの御面を被ると、近くにあった剣を握った。

「まるで落ち武者のようですねぇ」

 自ら苦笑するも、答える者はいなかった。尤も、誰もいないわけではない。

「№9110? 準備は出来ていますね?」

「……」

 そこには、以前と同じ鎧に身を包んだ太郎が居た。骸骨頭のマスクは被っておらず、紅い甲冑を身に纏っており、その姿はまさに侍と言った所だ。

「調子は良好のようですね。しっかり頼みますよ?」

「……」

 しかし、太郎は答えなかった。蒼い髪に透き通った肌。おおよそ、侍とは呼べない少年ではあったが、それを抜きにしてもその力の全くない瞳。まるで人形の様な彼を、おおよそ人と呼べるかは疑問であったが。


「……行くか」

 着替えを終えた漣は更衣室を出ると事務所の裏。ステージへと向かう。ふと、視線をステージ上へと向ける。

「待たせたな。みか……なっ!?」

 本日は練習、漣はそう聞いていた。にもかかわらず、漣がそこで見たのは2人だった。

「なっ、何で太郎君が!?」

「……」

「練習ですから。今、ヒーローサイドと悪役サイドでそれぞれ人気の2人ですしね」

 ステージ上で落ち武者の様な仮面の上に更にヒーローのお面を被るというとんでもない悪役から聞こえた声に、その中身が美川であることに漣は気付く。だが、漣としては、今はそれどころではなかった。

「ならば彼も、と。そう思っただけですよ」

「なあ、田中君。俺だよ、漣だ」

 漣はシニガミブレードをその場に置くと被っていたシニガミマスクを脱いで顔を見せる。しかし、太郎はどうすることもなく、ただ立ち尽くしていた。

「田中君……?」

「無駄ですよ」

 美川が言う。マスクで隠されているにもかかわらず、その声には嘲笑するようであった。

「今の彼は何も聞きませんし何も答えません。ただただ、そこにいるだけなのですから」

「御前……!! 田中君に何をしたんだ!!」

「生憎何も? ただ、元に戻った。それだけですよ」

「元に……?」

「さあ、早く上がってきてください。楽しみましょう」

「……ああ、そうだな」

 そう言うと漣は再びシニガミマスクを被り、それから置いていたシニガミブレードを手にすると、走り出した。

「美川オマエェエエエエエエエェエ!!」

「フフッ」

 走り出した漣は階段も使わずに、ステージ上へ跳ぶとそのまま美川に斬り掛かろうとする。一方の美川は手にしていた剣を振るうこともかわすこともしなかった。なぜなら、動いたのは美川ではなかったからだ。

「田中君か!?」

「……」

 太郎は何も聞かず、何も言わず、漣のシニガミブレードの攻撃を腰に差していた刀を抜いて防いだ。

「さあさあ。頑張ってください、甲崎さん」

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