3、6話
先ほどまで寝ていたせいか、身体の節々が縮こまっているため身体が妙に痛かった。漣の自宅から近くのコンビニまでは徒歩で20分も掛かるため、態々コーヒーを買うためだけにコンビニに行くのも億劫である。しかし。
「なんかなー……無償にコーヒーを飲みたいし……しょうがない」
こんなことは、普段であれば絶対にしない。漣は自分自身の決定に驚いていた。普段は面倒くさがり屋でコーヒー1本のためだけに家から出て態々買いに行く事などは無い。にもかかわらず、今の漣は本人言うところの、コーヒー1杯のために動こうとしているのだ。
「ふわぁ……」
食べ終わった鍋を水に付けると、バッグに最低限の小銭と携帯電話を入れると家用のサンダルを履いて家を出た。
「夜でも暑いなぁ……」
熱帯夜と言うほどでもないが、まるで纏わりつく霧の様な暑さを漣は感じた。Tシャツとハーフジーンズと言うラフな格好ではあるが、それでも黙っているだけで汗をかきそうだ。
「……暑い」
2日ほどしたら帰る予定ではあるが、それでも家に居る間はコーヒーを飲むであろう。6本程纏め買いしてしまおうか、と思っている時だった。
「あれ?」
家を出て2分ほど歩いた所に自販機が置いてあった。有名なメーカーのものであり、当然だが漣が好きな銘柄のコーヒーもある。
「あ、ラッキー! まさかこんな所に新しく自販機が置かれたとは……」
漣はそう言うと財布を取り出し、1000円札を取り出すと自販機に喰わせる。これでよし、と言った漣は欲しいコーヒーの所のボタンを1回、2回、3回と押していく。
「気持ち良いねぇ」
1本出していくごとにコーヒーをバッグに入れていく。しかし、4本ほど入れた所でバッグが重くなる。
「重! ……しょうがない。この位にしておくか。……っと」
そこで、最後の1本を買うと釣りを返金させた。釣りを小銭入れに片づけてから最後に買った1本のプルタブを開ける。
「12時間近く飲んでなかったからだな。久しぶり……!?」
缶コーヒーを飲みだし、喉を通った時であった。
「なっ……!!?」
たまらず持っていた缶コーヒーを落とすと、缶が転がり、中身がドボドボと零れ出ていく。だが、漣の視界にソレは映っていなかった。正確に言えば、今漣が見ているのは頭の中に流れ込んでくる、1時間にも満たない映像であった。だが、その映像は鮮明にあの時の事を思い出させる。
「なっ、何で……何で俺はこんな大事なことを忘れていたんだよ!?」
と、そこで全ての情報が流れ終わった。先ほどまで頭を抱えていた腕をダラリと下ろした漣は先ほど零した缶コーヒーを踏み潰した。まだ、中身が多少残っていた缶コーヒーの中身が飛び散り、漣のサンダルと足を汚す。
「……」
だが、漣はそちらを見向きもしなかった。まるで、憤りや怒りと言った感情を全て吐きだしたその様は、普段の彼を知る者であれば恐怖すら感じたであろう。それほどのモノを、漣は感じていた。漣はバッグに入れていた携帯電話を取り出すと電話を掛ける。案の定、と言うべきか。夜中であるためか、電話は出ない。
(まあ、当然か)
そこで漣は電話を切ると、再び電話を掛け直す。夜中であるので望み薄ではあったが、10コール目まで粘って、相手はようやく電話に出た。
「あー……こんばんはだねー……漣君」
「夜中にすまんな……と、社交辞令を言う気は無い。単刀直入に聞こう。何を隠しているんだ、天河」
漣が電話を掛けた相手。それはこのアルバイトを漣に紹介した、天河奈緒であった。
「何のこと? え、ま、まさかこの前焼き肉の時、君の大事にしていたカルビ君を食べちゃったこと?」
「茶化すな。そしてふざけるな。アルバイトの事だ」
「バイト? ヒーローショーのバイトがどうかしたの?」
「昨日、変な2人組に襲われた。そいつ等は去り際に、沼川さんや深川さんの事を知っていると言った。そして、山田君は変な番号で呼ばれていた。どういうことだ?」
「あらら、まさかそんな所まで気づいちゃうとはねー。なるほど、牛川さん達が言っていたのは、そういうことかー」
「……」
漣は黙りこくる。彼女が何か知っていることは予想通りであった。しかし、ここまであっさりと話すとは思わず、予想外であった。
「どういうことだ……。御前は……あのバイトは一体何なんだ。山田君は一体何者なんだ」
「んー……。何から説明したらいいのかなって感じかな。というか、悪いんだけど、今スマフォの充電がヤバいんだよねー。また今度で良い?」
「……仕舞いにゃ怒るぞ」
「ええー? 漣君こわーい。私泣いちゃうー」
「……はぁ。じゃあ、今は1つで良い。1つだけ答えてくれ」
「何?」
漣にとっては聞きたいことは山ほどある。しかし、今聞かなくてはいけないことは、ただ1つであった。
「12時間前、襲われてからさっきまでその事を忘れていた。にもかかわらず、缶コーヒーを飲んだら記憶が呼び戻された。山田君はオレンジジュースを飲んだら目の色が変わった。どういうことだ?」
「それは嗜好星の影響だよ」
「嗜好星?」
奈緒の話によると、嗜好星とはナノマシンの一種だという。嗜好品を摂取した際に脳内に分泌されるβエンドルフィンという酵素にのみ反応するもので、ヒーローショーに関する記憶の貯蔵と引き出しを司るものである。但し、9時間以上嗜好品を摂取しないでいると嗜好星が記憶の引き出し能力を失ってしまうため、ヒーローショーに関することを忘れてしまう。そのため、定期的に嗜好品を取る必要があるという。
「だけど、そんなものがあるなら何で沼川さん達はこの事を何にも言わなかったんだよ」
「それは私じゃなくて本人に聞いてみると良いよ。近々ヒーローショーあるんでしょ?」
「ああ……そうだけど」
「じゃあ、そこで聞くと良いよ」
「……」
「あ、後ね」
「ん?」
奈緒は一度言葉を切ってから再び言葉を紡ぎ出す。
「アタシは君の敵じゃないから。それだけは覚えていて」
じゃあね。最後にそう言った彼女の言葉はそれまでとは違っていた。何故か、それはとても悲しい、心が見えた気がした。
「……やれやれ、結局聞きたいことの10分の1も聞けなかったじゃねえか……はぁ」
知らなければならない事と面倒事が増えた。漣は溜め息をつくと先ほど落としてしまった缶コーヒーを落とす。電話をしている間に中身は零れてしまっており、中身はほとんど残っていなかった。
「あーあ……」
漣は空き缶をゴミ箱に捨てると、小銭を入れて再び缶コーヒーを買う。
「……」
先ほどとは違い、じっくりとコーヒーを飲んでいく。モノの10秒ほどでコーヒーを飲み終えた漣は先ほどと同様、再び空き缶をゴミ箱に捨てる。それから、バッグを背負い直して帰宅する。
「……やっぱり、やるしかないな」
そう言うと、漣は自分の部屋に戻る。藍からのメールの通り、部屋の3分の1ほどは見知らぬ本やぬいぐるみ、辞書などが置いてある。
「本当に物置にしやがって……」
戻って来たときに全て返そう。そう思いながら、漣は自分の机の上に手を置く。3か月ぶりに触った机は埃まみれかと思われたが、思ったよりも綺麗であった。漣は引き出しから既に使わない高校時代のプリントを1枚取ると、近くにあったマジックで文章を書く。
「こんなもんかな」
モノの2分ほどで書き終えた漣は、マジックを置くとバッグの中に入っている缶コーヒーを取り出す。
「確か……あ、あった」
漣は自分の部屋の箪笥の中から、高校時代に陸上をしていた時の道具一式が入った引き出しを取り出す。中には案の定、と言うべきか。スパイクやジャージ等のスポーツ用品が入っていた。その中から、ウォーターボトルを取り出すと再び引き出しを元の位置に戻す。
「これでよし……と」
それから身支度と準備を済ませた漣は夜中の家を出た。時刻は、午前2時を回ろうとしており、外は雨が降っていた。漣は知る由もなかったが、今日から明日にかけて1日中雨が降る。
翌日、漣の部屋に来た藍は、漣の机の上を見た。
「何これ。……漣の?」
そこに置かれたメモにはこう書かれていた。
「人の部屋を本当に荷物置き場にするな、バーカ。追伸。墓参りは終えたし用事が出来たから帰る。父さんと母さんによろしく」
「全く……何よ、それ。本当の馬鹿はそっちよ……」
そう言う藍の手に握られていたモノは、綺麗に包装された男物の時計であった。




