3、5話
まるで心の中を読まれたようで、その上内容は美川の一言一句、言う通りであった。故に、ぐうの音も出ずに漣は黙りこくことになった。
「ここで話しても全く影響はありませんし構いませんが、僕が話すよりは沼川さんに聞いた方が速いと思いますよ。深川さんに聞きませんでしたか? 彼女は質問されたことにはちゃんと答えてくれる、と」
その言葉を、漣は咀嚼し、噛み砕き、飲み込み、消化する。その一連の動作に、脳味噌の処理能力は1秒も掛からなかった。そして、消化したはずの言葉は、消化しきれずに口の中から嘔吐された。
「……は? ぬ、沼川さんだと? おい……どういうことだ!!? 何でその事を知っているんだ、御前は一体誰だ!!?」
「僕の名前は美川。こちらの大柄の方は牛川さんです。僕は貴方のアルバイトで使用される衣装や武器の試験員兼、雑用です。牛川さんは僕の上司です」
「何で、御前らみたいなのが山田君を狙うんだ。彼が何をしたんだ!!」
「……牛川さん、これ以上はやはり?」
「ああ。俺や御前が言うことではない。ここから先の事を言うのは沼川や深川であるべきだ。そして、俺達が今やるべきことは9110を送り届けることだ」
「わかりました。では甲崎さん。我々はここで失礼いたします。ああ、このアルバイトの事はご家族には深くは言わないことをお勧めいたしますよ。何があっても、私達は責任を負いかねますので」
そう言うと、美川は自らの被っていたヒーローのお面を漣に投げつけた。お面の下には後ろで束ねた金色の髪の毛に色白の肌、目の下には3つの黒子が並んだ20代前半の女性の顔があった。
「女っ……!?」
「ええ。……ああ。僕って言っていたから女とは判りませんでしたかね? まあ、別にかまいませんよ。ああ、それと」
そこで美川は一度言葉を切ると、そこから再び言葉を紡ぐ。
「彼の事なら心配なさらず。危害を加える事はありませんよ。まあ、次のアルバイトで良い勝負が出来ると良いですね。では」
その声を最後に、美川と牛川は路地裏から出ていく。漣は痛みで重くなった体を引きずりながら一歩一歩歩いていく。美川と牛川が路地裏から出て3分ほど経ってから、やっとの思いで路地裏から出た漣であったが、そこには大男も、マントの女も居なかった。
「クソっ……」
そこで漣は痛みに震えながら携帯電話を開くと、着信履歴から電話を掛ける。2つか3つ、言葉を交わしたのを最後に、体に蓄積した痛みと疲れから漣の意識は遠ざかっていった。
「んあっ……? ここは……」
目を覚ました漣は自分がベッドの上で寝ていることに気が付いた。普段は部屋に布団を敷いて寝ているため久しぶりの感触に二度根をしようとするも、ベッドに置いてあったデジタル式の目覚まし時計を目にした。
「……23時38分?」
漣は枕元に置いてあった携帯電話を手に取ると着信履歴を確認する。最後の電話。半ば朦朧とした意識の中で父親にかけた電話は12時であった。約11時間は寝ていたということである。
「……朝電話貰って、駅について……あれ? 何だっけ……?」
何かとんでもなく大切なことを、忘れている。そんな気がしたが、何を忘れたのか漣にはどうしても思い出すことが出来なかった。忘れる、ということはどうでも良い記憶である。というのが漣の基本的な心情であるが、全身に青アザを作った理由を忘れるというのは動物としてはどうだろうかと思った。
「……腹、減ったな」
空腹を感じた漣は腹を擦りながら部屋を出ると階段を下りていく。漣の自宅は1階がリビングや父親、母親の部屋で2階は漣と藍の部屋や物置となっている。1階のリビングへ降りて電気を付けると、テーブルの上に1枚手紙が置いてあった。
「……」
しかし、漣はそちらよりも先にその隣に置いてあった手紙を手に取る。
アンタ寝ているから、鍋は私達で食べました。残ったのはコンロの上にあるから好きに食べてねー。でもアンタ変なところで寝ているのねー。アンタの事運ぶの大変だったんだからお父さんにお礼言いなさいよ。
「……そうか」
ふと、漣はガスコンロの上に目をやると1人分の小さな鍋があった。覗いてみると、確かに鍋があった。但し。
「……肉、無いじゃん」
白菜、豆腐、人参、大根、椎茸。更に、冷蔵庫の中にはパックのキムチが入っていた。しかし、どこを見ても肉だけは無かった。
「……はぁ」
仕方ない、そう自分に言い聞かせた漣の即席キムチ鍋(肉なし)を作り、1人で食べた漣であった。鍋は美味しかったが、どうしても何か足りない。そう感じざるを得ない鍋であった。
「御馳走様。……ふぁっ……。今何時だ?」
部屋に備え付けの時計を見てみると、0時を過ぎている。先ほどまで寝ていたため、ダルさは相変わらず抜けていないが眠気は無い状態である。とても、2度寝する気にはならなかった。
「コーヒーでも淹れて部屋で音楽でも聞いているか」
そう決めた漣はコーヒーを入れようとインスタントコーヒーを探して見る。しかし、3ヶ月前にあった買い置きのインスタントコーヒーは無く、代わりに紅茶のティーバッグの箱が置いてあった。
「……そう言えば、コーヒー派は俺だけだったな」
甲崎家は殆どがお茶好きと言ってもいい。漣が幼少期に居た祖父母は玄米茶と麦茶しか飲まなかったと親に聞いた。そして父親と母親、妹の3人は紅茶派の人間であり、家でコーヒーを飲むのは漣しかいなかったのだ。
「どうするかなぁ……。コーヒーは飲みたいけど、コーヒー1杯のためって言うのもなぁ……」




