1、2話
「もしもし、漣?」
雄作からメールを貰ってから7時間ほど経った頃だ。漣はその間、出掛けて本屋や服屋に行っていた。尤も、金の無い漣はウインドウショッピングと立ち読みしか出来なかったが。
「ああ、雄作か」
「ああ、昼間のあれな。さっき連絡ついた。今番号教えるから」
そう言うと雄作は漣に口頭で電話番号を伝える。漣は近くにあったメモ用紙に殴り書きで番号を書くと、雄作に礼を言ってから電話を切った。
「……さてと」
電話を切ると、今度はメモ用紙の電話番号を見ながら携帯電話の番号を打ち込む。発信ボタンを押すと、漣は電話を耳元に近付ける。どんな声なのか、温和な性格か怖い性格か。始めて話す相手には様々な想像が浮かぶ。それは心地よくも、恐怖もある。
「……はい、もしもし」
漣は男が出ると思っていたが、その声は予想に反し自分より遥かに高い声だ
「えと、もしもし。雄作……から紹介を受けた、甲崎って言う者ですが」
「甲崎……あ、ヒーローショーの。えっと、始めまして。私は天河。天河奈緒です」
「……天河、さん」
漣が緊張した面持ちでガチガチになっているのに対して、奈緒は電話越しにクスリと笑う。
「緊張しないでください。私まで緊張しちゃいますから」
「あ……はい。えっと、その。バイトのことを聞きたいんですけど。ヒーローショーって本当なんですか?」
「ええ、そうです。ヒーローショーで、私はレッドの役をやりました」
「レッド?」
漣は昔見た戦隊ヒーローモノの作品を思い出す。5人のヒーローが居り、メンバーはレッド、ブルー、グリーン、イエロー、ピンクの5人だった。女性は通常ピンク。最近ではイエローもやったりすると言う話は聞いたが、女性がレッドをやったというのは始めて聞いた。
「レッドって、リーダーのレッドですか? 女性でレッド役をやったなんて凄いですね」
「あ、違うんです。私、確かにレッドをやったんですが、リーダーじゃないんです」
「え? ……あの、それなんてヒーローなんですか?」
普段、ヒーローの事など興味も無いが、女性がレッドをやり、その上リーダーでないなど俄然興味がわいた漣は彼女に聞く。
「あの、笑わないでくださいね。私もヒーローとか戦隊とか良く分からないので。私も最初見て笑っちゃいましたし」
「なんて名前なんです?」
「……っ、死神戦隊……デスレンジャー」
「……っくっ……ハハハハハハハハハハハハ!! し、死神せんた……くっ、しにが……ぷっ、ハハハハ、センスねーっ!!」
漣は堪え切れずに噴き出す。いくらなんでもデスレンジャーは無いだろうと笑い転げる。というか、そんな名前聞いたことも無い。
「わ、笑わないでよ。私だって恥ずかしいんだから!」
「い、いやそれでも……くっ、死神戦隊はないわーっ!! ギャハハハハハハハハ!!」
いつの間にか敬語で無くなった2人の話は段々と脱線し始めていた。
「ハハハハッ、いや、あの……ごめん」
「……知らない」
笑いを残しつつも謝る漣に対して奈緒は電話越しに怒った様子を示す。と言っても、その声は冗談半分と言ったところで、漣も本気ではないが。
「いや、だからごめんってー」
「……本当にそう思っているの?」
「勿論! 許してくれてバイトのこと教えてくれたらお礼するから!」
「……お礼? 本当?」
漣が言った言葉に対して奈緒が喰いついた。漣は一瞬マズイか、とも思ったが一週間調味料生活と比べれば背に腹は代えられない。
「本当本当!」
「うーん……じゃあ、アルバイトが終わったら何か御馳走してー」
「お安いご用だ! だからお願いしますバイトのこと詳しく教えてください!」
「……クスッ」
電話越しに笑みがこぼれた。彼女がどこまで冗談だったかは分からないが、御馳走することくらいはやぶさかではない。
「わかったわ。じゃあ明日、駅前の喫茶店で会おう。時間は……何か希望は?」
「ありがとう! じゃあ、午後2時で良い?」
「わかったわ。じゃあね」
そう言うと型遅れの漣の携帯電話を閉じる。それから漣はおもむろに懐の財布の中身を調べる。
「……1500円か」
財布の中には札束が1枚と500円玉が1つ、それと1円玉が数枚あった。これほどあればコーヒーを御馳走するくらいは出来るだろう。
「コーヒーくらい、か」
そう言うと漣は敷きっぱなしの布団に倒れ、そのまま眠りについた。
ピッピピッ、ピッピピッ、ピッピピッ!!
「……んっなんだ……っ……?」
眠りについていた漣は半開きの瞼を擦る。その間も先ほどから鳴っているのは携帯電話に設定していたアラーム機能だった。
「……今日バイト無いのに……設定消し忘れてた……」
携帯電話の時計を見てみるとまだ午前3時半だ。起きるのには早すぎる。
「全く……寝なおすか」
漣は大きな欠伸を1回してから再び横になる。眼を瞑り、寝ようとするも今度は耳元でプーンという音がする。
「……蚊かよ」
漣はイライラした様子で自らの頬を叩く。手と頬がヒリヒリとするが、叩いた瞬間に手にプチュリという感触がしたことから、殺したのだろうことが判断出来た。
「ハァ」
漣は部屋の隅に置いてある電気蚊取り線香を付ける。
「全く……」
そう言って漣は再び寝ようと横になるも、先ほど叩いた頬の痛みが引かず、予想以上に眠気が引いてしまった。
「……マジかよ」
漣は大きな欠伸を一度だけすると部屋の電気を付ける。それから部屋の隅に置いてある電気ポットの蓋を開けて中身を確認した。丁度コーヒー一杯程のお湯は残っていた。それを確認してからキッチンに行き、インスタントコーヒーをカップに入れると、再びポットの前に戻り、お湯を注ぐ。と、そこで腹の虫が鳴る。
「……なんか喰うものあったっけ?」
眠気覚ましにコーヒーを飲むつもりだったが予定を変更しかなり早い朝食を摂ることにした漣は冷蔵庫の中を覗く。だが、中にあるものは最低限の調味料と和食に合うおかずしかない。
「……」
漣は何も言わずに冷蔵庫の扉を閉めると溜め息を1つ付いてから温かいコーヒーの待つテーブルへと向かった。




