2、8話
「本日はアルバイトのスタートが12時40分、終了が14時10分ですので1時間30分のアルバイトですね。甲崎さんも今回から月末にまとめることも出来ますが、どうなさいますか?」
「あー……いえ。今回も普通にバイト代いただきます」
「わかりました。では領収書準備してまいりますので少々お待ち下さい」
そう言うと沼川が1人事務所へと戻っていく。一方で、残っていた深川だったが大きな欠伸を1つしてから傍に置いてあったペットボトルを2つ渡す。
「お疲れ……これスポーツドリンク。……飲みな」
「あ、すみません。どうも」
「いただきます」
2人はもらったスポーツドリンクを手にすると一気に飲み込む。少し炭酸が入っているからか、口の中でパチパチと弾ける。あまり量が無かったからか、2人ともすぐに飲み干した。
「御馳走様でした」
「お待たせいたしました」
渡されたスポーツドリンクを飲み干したのを見計らったかのように沼川が戻ってくる。手には茶封筒が握られていた。
「では甲崎さん。こちらが4万2千円のアルバイト代と領収書です。次回のアルバイトは1週間後の金曜日、時間は16時です。予定は大丈夫ですか?」
「来週の金曜日ですね」
漣と雄作の2人はそれぞれ予定表を確認する。2人とも予定は入っておらず問題は無かった。尤も、漣に関しては課題を何とかしないと大変なことになる日程ではあるが。
「大丈夫です。問題はありません」
「俺も平気です」
「わかりました。今回はお二人とも良い活躍をしてくれました。ありがとうございます。今後ともよろしくお願いいたします」
沼川は普段見せないような笑顔を少し作ると礼を言う。
「あ。いえ、こちらこそ。よろしくお願いします」
「お疲れ様でした。俺達、先に失礼いたします」
2人も沼川と深川に挨拶をすると帰っていった。沼川は機嫌が良いのか、先ほどの微笑を作ったまま、深川は眠いのか突っ伏したまま手を軽く振る。
「さて、と。これで全員帰りましたか」
「……そうだな」
残された沼川は元の表情へと戻り、先ほどまで突っ伏していた深川は欠伸をしながら伸びをする。まるでそれまでの表情や動作、それら全てが演技であったかのように。
「深川さん。今日の戦闘の映像は?」
「こんな感じ……」
深川は事務所に戻るとノートパソコンを手に戻ってくる。その画面には先ほどのヒーローショーの様子が映し出されていた。
「では、これからは私達の仕事の始まりですね」
「……ああ」
深川のその台詞を皮切りに、残された2人の仕事が始まった。
「カツカレーの辛さ普通でお願いします」
「俺はチキンカレーの辛さ10倍で頼みます」
漣はポークカレーを、雄作は激辛チキンカレーを頼む。20代半ばと思われる女性の店員はかしこまりましたと微笑みながら言うと厨房へと戻っていく。2人は仕事の後再びバスに乗ってから20分ほど歩き繁華街から離れた小さな洋食屋に来ていた。
「ってか雄作。御前またそんな辛いの喰うの? 御前の味覚平気?」
「御前が辛いものが苦手すぎるだけだろ。俺は確かに辛いモノは好きだが異常と言う程ではないぞ」
彼等が来た洋食屋では、カレーを頼む際に辛さを10倍まで調整することが出来る。以前も漣と雄作が2人で来た際、雄作が7倍の辛さのカレーを食べていた。気になった漣が雄作のカレーを一口貰ったが、あまりの辛さにのたうち回ることになった。その後30分は水を飲み続け、洋食屋の店主と思われる初老のシェフに苦笑いされていたものだ。
「しかし、今日の仕事も疲れたなー」
漣は肩に手を置いてグリグリと回す。今日の仕事、とは勿論先ほどのアルバイトのことである。
「まあ、身体動かすからな。そりゃそうだろう」
「いや、まあそりゃそうなんだけどさ。なんか、本当戦ってる! 正義の味方として、ヒーローとして世界を守っている! って感じがしてさ。普通の生活じゃ味わえないくらいにさ。なんか、コンビニでバイトしているよりは凄いやりがいとか感じるんだよなー」
「……まあ、確かに。御前の言いたいことは何となく分かるが」
漣の問いかけは尤もである。まるで、命を懸けるかのような勝負。高校時代に少し手を出したサバイバルゲームでも、テレビゲームのアクションでも感じることが無かった高揚感がある。
「しかし漣。正義のヒーローって……お前は子供か?」
「良いじゃんか。ヒーローって格好良いと思わない? 俺は昔ヒーローになりたいと思ってたけど変かな?」
「私は変と思いませんよ」
そこでカレーが運ばれてきたことで会話が中断された。しかし、普段と違うことはカレーを持ってきた女性の店員が話しかけてきたことだった。彼女は普段はクールで無口な印象であり、こんな話に食いつくとは漣も雄作も思ってはいなかったからだ。
「はい、カツカレー普通とチキンカレー辛さ10倍です」
「あ、どうも」
「チキンカレー俺です」
「はい。どうぞ。ところで、さっきの話って何なんですか?」
「今、俺達2人。ヒーローショーのアルバイトしているんですよ」
激辛チキンカレーを一掬いしながら雄作が言う。一方の漣は先にカツを皿の端に寄せてからカレーとご飯を掬って口に含む。
「ん。美味い」
「へー、ヒーローショーのアルバイトですか。大変そうですね」
「まあ、今日が初バイトみたいなものでしたので。まだ慣れないので大変でした」
雄作はカレーを食べつつも女性の店員と話を進めていく。食事と会話のタイミングが巧く、軽快に話を進めていく雄作を尻目に漣はトンカツを1つ齧る。
(……会話のキャッチボールが巧いことだねぇ。……ん?)
ふと厨房の方を見ると初老のシェフがやってくる。手には大きめのお盆を持ち、その上にはナポリタンとフライドポテト、ウインナーとハム等のオードブルが大皿に乗った盛り合わせがある。
「……」
「店長。……あ、私もう上がりでしたね。すいません」
「……」
シェフは首を横に振ると、椅子を指さす。更に、その椅子の前にナポリタンの皿を置く。
「もしかして、私の分ですか?」
「……」
シェフは首を縦に振る。更にテーブルの中央にオードブルを置き、更に取り皿と箸を3人の席の前に置く。
「……え? あの、これは?」
シェフは右手を更に突きだす。綺麗に切りそろえられた爪に清潔な手。シェフは見た目60代後半と言った所であるが、その手は30代半ばと思うほど張りがあり、綺麗な手をしていた。
「もしかして、俺達に?」
「……」
シェフはコクコクと言った様子で首を何度か縦に振った。するとシェフは再び厨房へと戻っていった。
「どうするか……」
残された3人の内、先に漣が口を開いた。当然である。漣と雄作は何度かこの洋食屋に足を運んではいるが、店員の女性やシェフと呼ばれた店長ともとりわけ仲が良いわけでもない。にもかかわらず、こうした状況には困惑してしまう。
「気にしなくていいと思いますよ」
そう言うのはナポリタンをフォークで巻いていた女性の店員だった。彼女はナポリタンを一口食べてからオードブルのハムを食べる。
「ウチの店長、学生さんとか頑張っている人が好きなんですよ。そう言う人には時々おまけしたりしてくれるんです。ですので気にしないでください」
「そうですか。……わかりました。頂きます」
「店長さん、ありがとうございます!」
漣と雄作の言葉にシェフは笑顔を作ると、皿洗いを始めた。
「さて。それじゃあ頂きましょうか」
「そうですねー」
そう言うと3人は食事を再開した。オードブルが追加され、更に小さなピザも注文し宛らパーティーのようになった彼等のヒーローショー初バイト記念は夜遅くまで行われ、閉店まで続いた。




