2、6話
「……雄作?」
刃と戦闘を続ける漣であったが、先ほどの雄作の叫び声に戸惑いつつも、後ろを振り向くことは出来ない。後ろを振り向いた瞬間、確実に刃の攻撃でやられる。それを肌で感じていたからだ。
「何かあったのか……?」
だが、刃は漣に考える余裕を与えてはくれなかった。刃は両手で刀を構えると再び斬りかかってくる。
「クッ!!」
漣は刃の攻撃に対応するためシニガミブレードを無理矢理振るおうとした。だが、そこで腹に激痛が走る。主に下腹部から尻に。
「こっ、こんな時に腹痛かよ、おい……冗談じゃないぞ……!!」
先ほど刃に腹を蹴られたことが腹を下す原因になったのであろう。腹痛のせいで集中力が途切れてしまう。
「……」
マスク越しであるため、刃は連の表情を見ることが出来ないはずだった。にもかかわらず、刃はそれを確かに見た。漣の苦痛に歪む表情を。
「……そのま、ま。逝……け」
刃はそう言うと再度刀を構え、そのまま漣に突進するように仕掛ける。一方の漣は片手で腹を押さえ、若干ではあるが尻を窄めていた。
「グッ……あのなぁ……」
腹を蹴られたときや戦いを始める前の緊張でガタガタに震えていたときとも違う。足は震わせつつも歯を食い縛り両腕に力を込めると、シニガミブレードを再び両手で握る。
「俺が今行きたいのはな……トイレなんだよ畜生がぁああああああああ!!」
その瞬間起こったことは、まさに火事場の馬鹿力としか言いようがないものだった。急激かつ無理矢理動かした漣の腕は肉離れを起こしかける。だが、人間の肉体のルールを破った動きは、一般的な力の数値を超えた力を発揮した。
結論から言おう。デスブラックのシニガミブレードの刃は、刃の骸骨の仮面を真っ二つに切り裂いた。
「……ハァッ、つっ……ぐああぁあああああああ!! た、頼む。と、トイレに行かせてくれェエエエエエエエエエエエエエ!!」
2つの戦い。雄作の恐怖に震える絶叫と漣の便意を訴える絶叫。その2つが重なった瞬間だった。
「お疲れ様でした。皆さん、今日のヒーローショーは終了です。着替えをしてからシャワーを浴びてください」
それぞれのマスク。その余剰部分に仕組まれていたのであろうインカムから声が聞こえる。急な声に驚きつつもそれぞれが安堵した。と、そこで漣はホッとしつつも再び腹痛に襲われる。
「ググゥウッ!!」
漣は再び歯を食い縛りつつも刃を見る。先ほど信じられない挙動で繰り出した一振りで斬れた仮面の下の素顔が明らかになる。蒼い髪の毛に今まで太陽を浴びたことが無いのではないかと思うほどの白い肌。そして先ほどまでの鋭い動きをしたとは思えないほど、何も感じていないような、光の灯っていない空虚な眼。
「……お、お疲れ様でしたァアアアアアアアアァァァアアアア!!」
漣は微動だにしない刃を演じた蒼髪の青年にそう言うと、全速力でトイレへ向かった。
「ハァッ、ハァッ、ハァッ、ハァッ……ふぅ……」
便座に座っている漣は肩で息をしていた。彼はそれほどまで追いつめられていたのだ。事実、用を足し終わった今であるが、彼は刃と戦っていた時よりも脂汗をかいている。
「あー。スッキリした。ってか、ホントに死ぬかと思った……」
トイレへ行くまでの道中で無理矢理衣装を脱いだため、今頃更衣室には服が散乱している。この後更衣室に入る雄作と一心に怒られることが容易に予想された。
「……でもしょうがないよなぁ。ってか、ホント急に腹痛起こすとは……」
今度からバイトの2時間前まで食事はやめておこうと決めた漣はトイレを出ようと扉を開ける。と、そこでドンッ! という音を立てて扉に何かぶつかる。
「え?」
開けた扉から恐る恐る音の主を見る。そこには先ほどの刃の役をしていた蒼い髪の少年がいた。
「あ、す、すまない! えっと、さっきの、刃の子だよな?」
「……」
「ああ。そっか、ごめんな。えーと、俺は漣。さっき、君と戦っていたデスブラックの奴だよ。いやー、途中だったけど良い勝負だったよな」
「……」
「えーっと……所で、君は?」
「……ぉ」
「え?」
何か一言、蒼い髪の少年が呟くとレジカウンターの方へと歩いて行った。1人残された漣は茫然としている。
「……人見知りなのか? まあ、良いか。また会うだろうし」
そう言うと、漣は更衣室へと着替えに戻った。そこでは着替えを終えた雄作と一心が待っていた。
「こら、漣。服脱ぎ散らかすなよ」
「悪い悪い。腹痛起こしてさ。緊急事態だったんだよ。今やるって」
そう言うと漣は脱ぎ散らかしたままの衣装のシワを伸ばしながらハンガーにかけていく。手持無沙汰で待っている雄作と一心の目が合った。
「そういや、今さらですけど俺達ちゃんと自己紹介していませんでしたね。今そこで着替えしているのが漣。俺は雄作です。改めて、宜しくお願いします。同じ大学の1年生です」
「そうか。……高崎、一心だ。年は、あんた等の1つ上。フリーターってやつだ。……さっきは、助かった」
鼻の頭をかきつつ一心は言う。表情は先ほどと変わりはしないが、それでも漣や雄作を受け入れようとする雰囲気を感じられた。おかげで漣も気まずさを感じることなく着替えを済ませられた。
「そういや雄作さ。さっきヒーローショー中すげー叫んでたけど。なんかあった?」




