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2話

「……ふぁああっ。……眠」

 目を覚ました漣は時計を手に取る。時刻は10時を回っていた。

「……ああ、今日だなー。いよいよかー」

 あれから5日が経った。あの日からは沼川からは特に連絡は無く日々のコンビニのアルバイトと大学の課題に精を出していた漣であった。先日のアルバイトのおかげで一週間後のコンビニ分の給料日まで残り2万円以上を懐に残して過ごすことが出来た。まさにヒーローショー様々と言った所である。

「……とりあえず、飯食うか」

 そう言うと漣は予め設定しておいた炊飯ジャーの蓋を開ける。そこには既に炊けていた白米が湯気を立ちこめていた。

「いただきまーす」

 漣は茶碗に盛った白米を食べる。朝食は電子レンジで温めて作った簡易目玉焼きと昨晩の余りモノの肉野菜炒めだ。

「……」

 1人で食べる食事であるためどうやっても無言にならざるを得ないが、それでもあまりの静寂に1人で勝手に気まずくなった漣はテレビを付ける。テレビの中ではニュースキャスターが朝から難しい顔をしていた。

「本日未明、マンションの一室で女性の遺体が見つかりました。警察はこの遺体をこの部屋に住む26歳の女性、浅羽香さんであるとして」

「……」

 1人で朝から遺体の話を聞くと言うのは気分が悪い。漣はチャンネルを変えた。画面の向こうではお笑い芸人が出来たての新しいショッピングモールでカレーを食べていた。

「カレーねぇ……」

 そう言えばカレーなど随分食べていないことを漣は思い出した。今日のバイトの後は一緒に働いた人と一緒にカレーでも食べに行こうか、等と考えつつ漣は残り半分になった目玉焼きを頬張った。


「……」

 そこは大量のパソコンが乱立している部屋だった。広さはアリーナと言っても良い程で余りにも巨大な1つの「空間」と言えた。部屋は熱暴走を防ぐためか何百台ものエアコンが一斉に起動しており寒いほどである。

「……」

 起動している全てのパソコンには1人1人が席に座って操作をしている。全員がカタカタカタカタカタカタ!! と大音量の音を立ててブラインドタッチし、パソコンを操作している光景は最早異常としか言えなかった。

「……」

 そんな異様な光景を作っているのは、下は10代前半から上は30代後半ほど位であろうか。国籍人種性別老若男女全てがバラバラで統一性の欠片も無い者達であった。彼等は休むことなくパソコンのキーをタッチしていく。そんな中、1人の男のタイピングのリズムが多少変わった。それは周りの大量のタイピングの音で掻き消されるも、その男のタイピングは周りの波に呑まれることなく変わり続けていた。見た目は18歳前後で黒いジャンパーを着た少年だ。肌はシミ一つなく、病的な程白い肌をしている。

「……」

 少年は段々とタイピングの速度を落とす。それにつれてその眼には段々と閉じられていく。まるで、パソコン以外の物を見る必要が無いかのように。

「……」

 少年がタイピングをやめた瞬間。彼の目には何も映ってはいなかった。少年のパソコンのモニターにはこう書かれていた。

 刃、と。


「さてと。それじゃあ行くかな」

 朝食を食べ終え、身支度を整えた漣は戸締りを済ませて出掛けた。服装は白いTシャツに薄手の黒いパーカー、デニムというラフな格好だ。時計を見ると時刻は11時半を少し回った所だ。

「飯喰って行かないとなー」

 朝食を摂ってから2時間も経たずの昼食ではあるが動くバイトであることを考えると腹に何か収めておきたい。そう思った漣は家を出て徒歩10分の所にある牛丼屋のチェーン店に着いた。

「いらっしゃいやせー」

 座ったカウンター席に店員から冷たい水の入ったコップを置かれる。金はあるがだからと言ってこんなところで無駄に使うのも変な話だ。そう考えた漣が注文をしようとした時だった。

「あれ? 漣じゃん」

 先ほどの漣と同様、威勢のいい店員の声に迎えられて来たのは、このアルバイトを漣に紹介した友人。平坂雄作だった。

「雄作……御前も飯か?」

「まあ、じゃなきゃこんな所に来ないって話で。すいませーん、牛丼大盛り1つに生卵、味噌汁にお新香お願いします」

「えっ、あ。こっち牛丼並お願いします」

 はい、ありがとうございやーす! という威勢の良い声で厨房に声を響かせている。確かここの時給は850円だったか、と漣は思いだした。

「そういや雄作。御前の家ってこっちだったっけ?」

「いや。これから俺もバイトでな。それでだ」

「仕事? 御前バイトなんてやっていたっけ?」

 雄作は勉強とサークル活動一色のまさに薔薇色のスクールライフ、というやつを送っている。しかも実家から通っているのでアルバイトをする必要性が漣程ないのである。そんな彼がアルバイトを? と、そこまで言って思いだす。先ほど雄作は俺も、と言った。

「御前……まさか」

「そ、正解。俺も御前と同じバイトだよ。なんか面白そうだし時給も良いしな」

「いつの間に……」

「3日前に連絡したらオーケーだった。何か天河の推薦を貰えたからとか」

「なあ、御前と天河ってどういう関係なんだ?」

「ん? 天河? ああ、アイツはな」

 と、そこまで言いかけた時だった。漣よりわずかに早く注文をした雄作の所に牛丼と味噌汁、生卵とお新香の乗ったお盆が来た。

「あ、どうも。んじゃ、お先」

 返事を聞く前に雄作が食事を始めてしまった。雄作は基本的に食事の最中は眼の前の食べ物にのみ集中するタイプの人間なのでこうなってしまうと話しても返答を貰うことは難しい。焼き肉のような、食べつつ何かをする。というような一部の例外を除けば後はデートの様な食事よりも会話を重視するような状況でも無い限り、彼は黙々と食事に集中する。雄作は自分のポリシーを貫く男だ。

「お待たせしましたー、牛丼並になりまーす」

 漣の席にもお盆に乗った牛丼が運ばれてきた。大盛りの雄作と比べると多少小ぶりではあるが、半日動くには十分な量だ。

「仕事終わったらカレー、仕事終わったらカレー。……いただきます」

 それから約10分。互いに無言のまま牛丼を喰い続けた2人であった。だが、食事に集中するあまり、漣は先ほどの質問のことを忘れてしまった。


 これが、天河のことを知る最初のチャンスであったとも知らずに。

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