南区画に住まうハゲタカ
最終的な意思決定権のある王宮を王国の頭脳と称するなら南区画は王国の心臓と称することが出来る。
行政機関に特化したこの南区画はジグサリアス王国の予算と人事を制定しているので、ここを通っている官吏というのは、例え1年にも満たない新米だとしても各地方の領袖からも一目置かれるエリート的存在としてみなされている。
ジグサリアス王国における官吏というのは俺がシマール国の一領主だった頃から身分や出自関係なく実力のみが物を言うよう制定したゆえか、多数の優秀な平民が官吏へとなっていた。
このジグサリアス王国が短期間の間に強国へと変貌したのは彼らの力も多分に関係しているだろう。
そして、この国の官吏の大部分は平民と貴族という身分の差によって辛酸をなめ、このジグサールへ一旗あげに来た者ばかりだ。
つまり彼らは潜在的な野心を少なからず持っている。
そして、魔物大侵攻において疲弊し、援助を渇望している自分達を貶した貴族達を目の前にした時、彼らは一体どうなるのか。
今、この時に地方領主の貴族達に恩を売っておけば彼らを牛耳ることが出来る。
野望を激しく燃え上がらせた官吏が溢れ返ったこの南区画は北区画と別の意味で活気が満ちていた。
ちなみにどのくらい凄いのかというと。
「王よ! 是非ともマーグナル地方に予算を回して下さい!」
「いえ! そんな片田舎より都会的なワルンガ地方にお願いします!」
「……ああ」
南区画に俺が一歩入った瞬間官吏達が死肉を漁る禿鷹の如く群がる程である。
これだとフィーナやレア達のいる場所へと辿り着けないので、そこをどけと一喝しようとしたのだが、彼らの血走った眼と雰囲気にのまれてしまい、何も言うことが出来ない。
後ろを振り返るとそこにも官吏達が立っており、俺は彼らに囲まれた状態。
うーん。
やはりイズルガルドに乗って行くべきだったかな。
しかし、俺としてはいつも空から眺めていると足もとが疎かになりそうだったので、歩いて来たのだが今回はそれが裏目に出てしまった。
こうしている間にも官吏達はどんどん増え続けており、ざっと見ただけで100人はいるだろうか。
いや、お前らここに集まるぐらいだったら仕事しろよ。
この時間に仕事してより良い状態の成果を持ってくる方が採用される可能性が高いぞ。
とはいっても理性的に判断できないのが人間の性。
俺という極上の餌が目の前にある今、それをみすみす逃せるのは無理だったようだ。
「はてさて、どうしたものか」
俺がそう悩んでいると突如後ろから黄色い歓声が響いた。
「あー! ユウキ王じゃありませんか!?」
「うん?」
突如名前を呼ばれたので、そちらの方を見るとそこには柔らかい栗色の髪の毛をポニーテールにしたメガネっ娘が口元を抑えている。
「ユウキ王はあの時のお礼をしに来て下さったのですね。ありがとうございます、私なんて全然気にしていないのに」
「いや、待て。いったいな――」
全く覚えのない事実に俺は何を言っているのか分からず、聞こうとするのだが彼女は止まらない。
「本当にユウキ王は義理堅いお方ですよね、さすが私達の王様です。今、この場でお礼をして下さっても構わないんですけど、ここでは人目に付きますので少し移動しましょう。さあ、こっちです」
マシンガントークの様なしゃべりで俺の疑問を封じた後に俺の腕を引っ張って別の場所へ連れ出そうとする。
「いや、だから何の話な――」
「私の名前を忘れてしまったのですか? 仕方ありません、私はカロリーナ=マルトンです。よろしくお願いします」
栗色のメガネっ娘はそう言った後で花が咲く様な明るい笑みを浮かべたのだが、何故か俺には獲物を掴んだ猛獣のそれに見えてしまった。