北区画視察
現在王都ジグサールにおいて最も発展している区画はどこかと問われたら間違いなく北区画と答えるだろう。
平穏な時世においては流通が盛んで娯楽施設が充実している東区画に商人や行商人が集まっていたのだが、魔物大侵攻が起こってからだと武器や防具など直接己の身を守れる道具を製造する北区画に商人達が流れていた。
「鋼の剣を優先的に回してほしい。そうしてくれるなら相場の2倍の1本2000Gで買いたいのだけどどうかな?」
「鉄の鎧を20体明日まで用意してほしい! 金は3倍払うから!」
商人達は必死に元請けと交渉し、少しでも良い商品を大量に手に入れようとする光景があちらこちらに広がっていた。
予め材料となる鉄くずや銅を買い集めていたので素材に困るようなことはない。
ゆえにこの北区画は目も眩むような巨額の利益を叩き出していた。
「あ、師匠! お久しぶりです」
ヒュエテルと別れた俺は北区画内において最も厳重な警備を敷いている施設に入るとそんな元気な声音と共にサラが笑顔で迎えてくれる。
サラはレンガ色の髪や女性に似つかわしくない筋肉質な体つきをしているが、その底なしに明るい性格からよく職人達から可愛がられていた。
まあ、職人達がサラに一目置くのは数少ない女性や俺の仲間とかいう理由ではなく。
「7つの属性を付与させた槍を先程完成させて卸しました。あれがあれば大抵の魔物は一撃で葬れるでしょう」
本人は何でもない風に答えるが、現在確認されている7つの属性を武器に付与させる芸当などユーカリア大陸内においても5人もいないだろう。
しかもそれを行っているのがまだ20にも満たない少女。
天才という言葉しかサラを形容できなかった。
「お疲れ様サラ。そんな武器を製造したのならおそらく徹夜明けだろう。今日はもう寝たらどうだ?」
7つの属性を付与させた武器を作るのにかかる平均時間はおよそ20時間。
その間はずっと神経を張り詰めておかねばならないことを鑑みると、サラは限界だろうと推測するのだが。
「いえいえ、私は師匠に会えたからすっかり回復しました」
笑顔を浮かべながらそんなことを言ってくるので俺はただ苦笑するしかない。
「それならたまには城に帰ってきたらどうだ? いくら戦時中で忙しいとはいえそれほど酷使させる必要はないと考えるが」
サラは技術部隊のエースであるから多少の我儘は通すことが出来る。
俺としてはサラはもう十分に貢献しているからここらへんで休ませても良いのではと考えているが、生憎とサラには伝わらない。
「私はここで新しい技術を考えることが三度の飯より大好きなんです」
真顔で言うこの台詞は本気だ。
この技術を第一に置いている心意気は職人の鏡と言えそうだが、それで体を壊しては元も子もない。
なのでサラには常時お目付け役が付いており、彼が危険信号を発するとヒュエテルがサラを強制的に休ませていた。
他の皆が止めると猛烈に反発するサラだが、ヒュエテルの言うことだけは素直に聞く。
「あの人って苦手なんですよ」
サラはそうぶつくさ述べているが、俺が見る限りサラはヒュエテルに亡き母を重ねているのではと踏んでいる。
ヒュエテルはどことなくサラの母親と雰囲気は似ているからな。
なお、余談だがヒュエテルにお母さんはともかくおばさんという言葉を使ってはならない。
前にうっかり漏らしたキッカがヒュエテルのきつい折檻によってしばらく使い物にならなくなってしまったことから俺達はそう固く決めている。
「師匠、どうしたのですか?」
気づけばサラが俺を上目遣いに見つめている。
どうやら考え事に没頭していたようだ。
「悪い、少し思う所があってな」
なので俺は心配させまいと手を振って笑った。
「やあ、元気かな?」
その後もしばらくサラと雑談に興じていると横からアルトボイスな声が掛かる。
「ユウキ王がここに来るなんて珍しいね。まだ武器は完成していないよ」
そのボーイッシュな声音の持ち主は青朱雀騎士団副団長ミア=ガーネットオレンジ=ヴァルレシア。ショートカットの髪と中性的な容姿、そしてその紳士然とした態度から良く男性と間違われるがれっきとした女である。
「ボクの愛は同性も例外じゃないよ」
という言葉通りミアは女性に好意を持たれることにさほど忌避感を感じていない。むしろユキにぞっこんなことからその気があるのかと疑ってしまうこともしばしばだった。
「ミアさん! 良い所に!」
ミアの姿を認めたサラは感激とばかりに表情を輝かせる。
「実は昨日に改良を終えた試作品があるんです。早速これを試射して下さい」
サラは奥の方にある厳重な金庫から取り出しのは一丁の銃と幾つかの魔石。
「銃身を鉄から魔法伝導力の高いミスリル鋼を使用し、銃弾も純度の高い魔石を選択しました。これでさらに攻撃力が高まったかと思われます」
「ふうん、少し試し撃ちしてみようかな」
ミアはそう呟いた後で受け取った魔石に魔力を込め始める。
ミアの持つ魔石というのは俺が作った小型魔力吸収装置であり、限界になるまで周囲の魔力を吸収するという特性を持っている。
「大体充電できたかな」
ミアは火が得意系統なので、必然的にミアの魔力を吸った魔石は赤く輝く。
そしてミアはサラから受け取ったそれに充電させた魔石を込め、用意されていた10m先にある鉄壁に向ける。
厚さが10cmもあるそれを破ろうと思えば相当な腕力と破壊力の大きい武器が必要に思えるのだが。
「さて、これはどうかな?」
ミアがそう呟いた後に引き金を引くと、発射された弾丸は鉄の壁に吸い込まれた数瞬後に大爆発を起こした。
「へえ、これは凄いね」
ミアは手に持った銃にヒュウと口笛を鳴らす。
「威力は申し分なし、この魔法銃なら十分実戦で使えるよ」
魔法銃。
それは俺が神聖騎士団との決戦に向けて作り出した兵器の1つ。
この世界には、銃の存在自体はあったもののその重要性が低かった。
まあ、ステータスという概念があるこの世界には頭部に弾丸を撃ち込まれたことによる一撃死は起こらないし、何より銃による攻撃は遠くまで届くのだが弓矢と比べると威力が遥かに低かった。
良くて敵の足止め程度。
そんな立場にあった銃だが、俺はそれに魔法を組み合わせることによって主力兵器と化けさせた。
絶大な威力を誇る反面射程距離が短い魔法と遠方まで届くが致命傷を与えるまでに至らない銃の良い部分を取れば絶大な威力を持ち、さらに遥か遠くの敵まで攻撃できるという夢の武器が誕生する。
「この程度の威力があれば大丈夫だな」
すでに跡形もない鉄の壁に目をやりながら俺は呟く。
これなら神聖騎士団に多大な損害を与えることが出来る。
「うん、この武器は魔導師の存在を根本から変えるよ」
ミアも俺の意図を組んだのか感嘆の声を上げた。
「もしこれを青朱雀騎士団に配備出来れば神聖騎士団など目じゃないな」
攻撃が届かない範囲から一方的に攻撃できるのなら戦況は相当優位に進ませることが出来る。
わざわざ謀略を使って危険な橋を渡る必要はないのかもしれないと俺は興奮するのだが。
「あの~、師匠」
興奮する俺とミアにサラはおずおずと切り出す。
「盛り上がっている所に悪いんだけど、この魔法銃を一丁製作するに掛かるお金や弾丸一発分の値段はこれだけ掛かるの」
その言葉と同時にサラが提示する金額は俺を現実へと引き戻させるのに十分だった。
「10,0000Gだと……?」
「弾丸一発で1000Gかあ……」
さすがのミアも顔が強張ることを避けられなかったようだ。
ちなみに銃一丁が2000Gで弾丸一発が20S。
最もポピュラーな鋼の剣一本が1000Gである。
「……ミア、この魔法銃を持たせる青朱雀騎士団の団員を選抜してくれ」
「うん、その方が良いかもしれない」
こんな高価な武器を全青朱雀騎士団に配備などすればあっという間に国庫が空っぽになることが目に見えていたので、魔力が高い団員のみ持たせることが決まった。