天まで後一歩
「意外と速かったな」
ニーゲンベルクの上空――イズルガルドの背に乗っている俺は遠くから向かってくる旗印を見て感嘆の声を上げる。
「俺の予想ではもう二、三日掛かると予想していたのだが」
いくら戦を行わずに済んだとはいえ数千に及ぶ大軍。
情報によると南蛮の悪路を通ってきたそうだからさぞかし行軍速度が落ちるだろう。
「さすがエレナ伯爵だ」
俺の予想を良い意味で裏切ってくれる。
俺の中でエレナ伯爵の株が上がりそうになるのだが。
「キリングが傍にいたからよ」
ギールに乗ったキッカがそれを阻む。
「貴族領主であるエレナの陰に隠れてイマイチ存在感はないけど、もしキリングがいなければエレナは軍政問わず四分の一しか活躍できなかったでしょうね」
まあ、でも。と、キッカは続けて。
「そのキリングもエレナがいなければ何もできないわ。だからあいつに独立部隊を持たせてもエレナが指揮官である時の様な戦果は出せないわよ」
「相変わらず身内外には辛辣な評価だな」
キッカの酷評に俺は思わず唇の端を吊り上げるが。
「ありのままに述べただけよ」
キッカはそうサラリと返すだけに終わった。
このことからキッカは本心からそう思っており、訂正する気などサラサラないことが窺い知れる。
「やれやれ……」
キッカのぞんざいな態度に肩を竦める俺。
しかし、キッカが手放しで褒める人物は世界広しといえどもそういないだろう。
何せキッカは俺と浮浪児4人組以外に対しては、例え上司のベアトリクスであろうと厳しく当たる。
その驕慢さから俺はキッカを諌めようと考えたこともあったのだが今は諦めている。
性質の悪いことにキッカの言は的を得ていることに加え、キッカが今の性格になった原因は俺が開発したブラッディーXの副作用によるものゆえに負い目があり、強く制止することに気乗りしていない。
いやはや……あんな代物など作らなければ良かったと後悔する時もあるが、かといってあれが無かったら俺は王の地位にいなかったな。
ブラッディーXによってキッカ達の能力が底上げされたからジグサール地方の平定も、シマール国との戦争による勝利も達成したことは疑いようもない。
何というか……俺はキッカ達の人生を引き換えにしたから今の地位にいるんだな。
今更ながら俺が背負った業に嘆息する。
「? ユウキ、どうしたの?」
先程のため息がいつもより違うことを察したのかキッカがそう聞いてきたので俺は苦笑しながら。
「いや、心配させるようなことじゃない。キッカ達と俺は一蓮托生なんだということを再確認しただけだ」
キッカ達の性根を狂わせた黒幕は俺。
だからその責任を取る必要があるのだと、そうキッカに伝えると。
「ユウキ、あんた何か勘違いしていない?」
キッカは呆れ顔を作る。
「あの薬を飲み続けている時に自身が別の何かに変わっていく変化は感じ取っていたわよ。怖くなかったと言えば嘘になる。けど、それ以上にこの薬を飲み続ければユウキの役に立てると知っていたから自身の変化を感じ続けながらも止めなかったわ」
あっけらかんとそう言うキッカだが、もし俺がなら薬を飲み続ける勇気はない。
「キッカ……一体何がお前をそこまで動かした?」
俺が言うべきセリフではないのだが、聞かずにはいられない。
確かに俺はキッカ達をどん底から救い上げたが、それは単なる俺の気まぐれである。
自身の身を捧げるほどの忠誠心を求めた覚えはない。
するとキッカは頬を掻きながら。
「まあ、四人で誓い合ったことだしね。私だけリタイアするわけにはいかなかったのよ」
と、そんなことを呟いた。
「誓い?」
気になる単語が出てきたので俺は問い返すが。
「悪いけどこればかりは口に出来ないわ。何せアイラとユキ、そしてクロスの4人で決して誰にも話さないと決めたことだから」
キッカはそう言って口を閉ざしてしまった。
一体何を誓い合ったのか気になる所だが、それをほじくり返すのは野暮だろう。
だから俺はこの話題を終わらせ、別の懸念事項を口にする。
「ラブレサック教国の動向はどうなっている?」
竜を操る特性上、キッカの部隊は騎士団の中で最速を誇る。
そのため戦場における情報が最も早く入るのはキッカ率いる赤飛竜騎士団であった。
「そうねえ――」
俺の問いかけにキッカは瞳を鋭く光らせて。
「向こうは末期状態。次々に離反者が出て手が付けられない状況ね……けど」
「けど?」
キッカの言葉尻に不穏な気配を感じた俺はキッカを注視する。
「ラブレサック教を牛耳っている大司祭クラスの連中は未だ国に残っているわ。これが一般信徒なら殉教者という言葉で説明できるけど、権力闘争に明け暮れたあいつらが残っているのは腑に落ちない」
「つまり向こうは隠し玉を持っていると」
「その可能性も見ておいた方が良いわね」
キッカは俺の懸念に肯定の意を示す。
「劣勢なのに動かない人間というのは2パターンに分かれるわ。1つは周りの状況すら分からなくなった亡者か。もう1つは切り札を切るタイミングを伺っているから動かないか」
「出来れば前者であってほしい」
俺は思わず本心を吐露するが。
「トップが希望的観測を願ったらその組織はお終いよ」
キッカにそう諌められてしまった。
そしてキッカは続けて。
「まあ、万物を消滅させる“天”という魔法を扱えるキーツ家がいるから心配はないのだけど、警戒するに越したことはないわね」
「そうだな」
現状の状況では100戦すれば100勝するほど優位に進めている。
後は作業の様に必勝パターンから外れないよう注意すれば問題ない。
「キッカ、もう少しで全てが終わるぞ」
この戦の後には俺が作りたかった世界が待っている。
日本の様に全ての人に等しく権利を主張できる世界を構築することが出来る。
俺は確信を持って宣言すると。
「そうね。ユウキが夢見た世界がどんなものなのか楽しみで仕方ないわ」
キッカは戦乙女の如く頼もしい微笑みを浮かべてくれた。




