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無血開城

「では、俺はもう行くぞ。ニーゲンベルクで会おう」


そうユウキ陛下が言い残し、イズルガルドに乗って去って行ってから数日が過ぎた。


そろそろベアトリクス様を捕らえたキザマリック達がベルツフォン要塞へ到着している頃だろう。


「ベアトリクス様はご無事だろうか」


アイラ殿がついているとはいえ、単身敵の真ん中に赴くというのはゾッとする。


もし私なら正気を保てる自信がない。


「なあに、大丈夫よ」


「オーラ殿」


そんな私の不安を感じ取ったのか、いつの間にか側にいたオーラは笑って。


「ベアトリクスってゴキブリ並にしぶといから問題ないわよ」


「ゴキブリ並……」


オーラ殿から出た言葉に思わず硬直してしまったのは仕方のない事だろう。


いみじくも王女をあの害虫と同列に語るとは。


……まあいい。


ベアトリクス様の評価についてはまた後日語ろう。


私は首を振って思考を切り替える。


「キリング、準備は出来たか」


「はっ。仰せのとおり、すべて予定通りに事が進んでいます」


私の問い掛けに頼もしい返事を返すキリングの姿に私は頼もしさを覚えずにいられない。


「もう少し時間を置いても大丈夫ですが」


「いや、あまり待たせるとベアトリスク様の御身が心配だ」


……まあ、時たまとんでもないことをするキリングだが、やはり私にとって必要な存在だと思う。多分。


「さて、そろそろ我らも向かうか」


 計画の変更に次ぐ変更で訳が分からなくなる一幕もあったが、最終的に私が率いる部隊とアーデルハイト殿の部隊とでベルツフォンを攻略することに決まった。


「キザマリック殿は上手くやっているだろうか」


 ベアトリクス様を連れて要塞へ向かったキザマリック殿がベルツフォンへ潜入出来ていれば良いのだが。


欲を言えば敵陣の奥深くへ潜り込んでいればなお良い。


「問題なかろう。彼奴がヘマをするなんてありえん」


そんな私を心配してかアーデルハイト殿がそう声をかける。


「妾達には神が見守っておられる。だから負けはせん」


「ありがとうございます」


神など普段信じていない私だが、こう囁かれると嬉しいものがある。


そして何だか心に安心感が生まれるような気がするが。


「いかんいかん」


指導者たる私が神に頼るなんてあってはならないこと。


もしベアトリクス様にこんなことが漏れれば何をされるのか分かったものではない。


「やれやれ、そなたもあの悪魔に唆されておったか」


……申し訳ない、アーデルハイト殿。


 心当たりがあり過ぎて今の私には反論できない。


「まあ、とにかく……出陣だ!」


 私は気分を入れ替える意図も込めて砦を強襲する部隊に発破をかけた。




「妙だ……」


進軍中、私はそう呟きを漏らす。


「キリング、全体の戦況はどうなっている?」


作戦によればそろそろ大規模な陽動戦闘が始まっている時刻。


なのに……


「はい、報告によりますと、襲撃する場所の悉くがもぬけの空だったと」


刻の歓声が聞こえず、聞こえるのは我らの足音と獣の囀りだけだった。


「もしかして作戦がばれたのでは?」


軍の中枢を司る者はこの部隊に集中している。


もしここが壊滅する事態になれば、遠征軍全体が瓦解してしまうだろう。


「罠の可能性は限りなく低いです」


しかし、キリングはその予想を否定する。


「もし罠にかけるつもりなら通常通り戦闘を開始します。わざわざ私達に不信感を与える理由が分かりません。しかし、それよりも最も高いのが」


「ベアトリクス様を人質にとって要求を呑ませるということか」


「はい」


 私の予想にキリングは重々しく頷いた。


 通常ならここで引き返し、手に入れた地点の補強を図る所だがこちらはベアトリクス様という大物を差し出している。


 最低でも王女を取り返さなければユウキ陛下に多大な迷惑がかかってしまうだろう。


 私としても好いてはいないが、口にするのも憚れる策略を提案できるのはベアトリクス様しかいないから仕方なかった。


「まあ、童としてはあの悪魔が死んでくれていた方が都合が良いのだが」


 アーデルハイト、何ということを。


 我ら共通の認識とはいえ、誰かがベアトリクス様に告げ口でもされたら大変なことになるというのに。


「とにかく……進むぞ」


 このままここでまごついていても埒があかまい。


 我らに退くという選択肢がない以上、行軍を続けるほかなかった。




 そしてそのまま歩くこと一時間。


 我らが待ち受けていた光景とは。


「待ちくたびれたわよ、エレナ伯爵」


 ベルツフォン砦の正面で手招きをしているベアトリクス王女のお姿であった。


「なっ?!」


 予想外の事態で戸惑う私。


 ベアトリクス様が南蛮諸国を説得したのか?


 いや、奴らは我らを人間だとは思っていない。話し合いが通用するとは思えん。


 しかし、ベアトリクス様なら不可能を可能にしてもおかしくない。


「エレナ伯爵、まだ安心してはなりません」


 動揺する私をそう諌めるのはキリング。


「南蛮の術か何かで偽物、あるいは操られているという可能性もあります」


 なるほど。


 南蛮が扱う魔術は我らからすれば未知なる代物。


 警戒しておくに越したことはない……が。


「キリングの判断は正しいわね」


 私が武装解除を宣告しないことにベアトリクス様は笑みを浮かべ、そして。


「まあそれはそれとして……キリング、オーラ、そしてアーデルハイトの三人は後でゴキブリ並の生命力を持つ悪魔と少しお話をしましょうか」


「全員! 武器を下ろせ!」


 ベアトリクス様の言葉で私は目の前の人物がベアトリクス様本人だと直感した。


 なお、余談として。


「エレナ伯爵、死ぬ時は一緒です」


「何言ってるんだ? キリングが撒いた種だろう。私は関係ない」


 キリングがナチュラルに私を巻き込もうとしてきた。

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