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策士、策に溺れる

「……訳を聞かせてもらいましょうか」


キリングの爆弾発言からいち早く立ち直ったベアトリクスは動揺しながら尋ねる。


「相当な理由がない限り認めないわよ」


ベアトリクスがそう釘を刺し、キリングに発言を許した。


「はい、では意見を述べさせて頂きます」


キリングはトレードマークである片眼鏡をクイッと上げて話し始める。


「兵法に寄ると、策を為すには自身を削り取って始めて成功の因が見えます」


確かに。


命を賭けている敵を騙すには小手先の動きなんて通用する訳がない。


肉を相手に差し出すからこそ、骨を断ち切ることが出来る。


しかし。


「キリング、貴方とあろう者が大義を失念しているわ」


ベアトリクスは呆れの混じった声音で答える。


「この戦も、これから起こる戦も全てはジグサリアス王国の繁栄のために行っているのよ。キリング=トリアエルという逸材はベルツフォンの一つや二つでは釣り合わないわね」


そう。


ベルツフォンはキリングを喪ってまで得たい場所でない。


確かに今後を考えるとベルツフォンは重要なのかもしれないが、少なくとも今の所はリスクが大き過ぎた。


「そ、そうだぞ! キリング、何を言ってるんだ!?」


ここでようやく我に帰ったエレナ伯爵が焦った様子でキリングに問い掛ける。


「私はキリングが必要だ。だからそんな馬鹿な真似など止めてーー」


「ならエレナ様は今のままでよろしいとお考えですか?」


キリングは珍しく主君であるエレナ伯爵の言葉を遮る。


「あれほど楽しみにしていた大陸の覇者を決める決戦に参加できなくとも良いと?」


「う……」


キリングの言葉に思う所があるのか言葉に詰まるエレナ伯爵。


「ここにいる隊長達も考えて下さい」


沈黙したエレナ伯爵をそのままに、キリングはグルリと周りを見渡す。


「大陸の命運を決める決戦に参加しないというのは、果たしてあなた達が望んだものなのかを」


キリングの扇動に隊長格がざわめきだす。


彼らの本懐はやはり武人。


全ては国のため、というベアトリクスの言葉も理解できるが、それ以上に武人の血が騒いでしまうのだろう。


「キリング様の言葉通りだ」


「決戦こそ我らの望むもの」


「参加出来るのなら、例えそこで果てても本望」


そんな囁きが俺の耳にもちらほら入ってくる。


「キリング! 一体なんの真似よ!?」


場の空気が不味い方向へ進んでいることを悟ったのか、ベアトリクスは金切り声をあげる。


「発言は挙手してから、それ以外に声をあげるのは相談でも厳罰よ!」


ベアトリクスはそう静止をかけるのだが、些か遅すぎただろう。


すでに皆はキリングを囮にする方向にあった。


「……我が君ぃ」


ことここに至ってベアトリクスは縋る様な目線を俺に向けてくるが、残念ながらその期待に応えてやれそうにもない。


今、俺が中止を命令すれば、彼等はその場だと従うだろうが後々の禍根を残してしまう。


唯一何とかなりそうなのは、キリングの主君であるエレナ伯爵だが。


「キリングがそこまで決意するのなら仕方ないか」


残念ながら彼女は厳かな表情で頷いていた。


ベアトリクスはこの状況を挽回する手はないのか頭をフル回転させている。


しかし、それは無駄なことでしかないので、俺は終止符を打つべく口を開いた。


「キリングの意気込みは分かった」


俺の言葉によって会議室が水を打ったように静まり返る。


「全ては俺が責任を持つ。だから思う存分やれ」


「我が君!?」


ベアトリクスのそんな叫びすら掻き消されるほど賛同の声音が響き渡った。


「無茶を聞き入れて下さり、恐悦の極みでございます」


キリングが俺に礼を述べる。


「若輩の身ではありますが誠心誠意力を尽くし吉報をお届けする次第でーー」


「待ちなさい」


キリングの口上を遮るのはベアトリクス。


「どうなされましたか?」


キリングがそう問い掛けるが、ベアトリクスはキッと一睨みした後に落ち着き払った口調で。


「それ、少々変更を加えるわね」


ベアトリクスはそう言い放って深呼吸をし、そして。


「その囮の役はキリングでなく、このベアトリクスが務めるわ」


「「「……」」」


その発言は誰もが予想外だったのだろう。


しばらく誰も言葉を発することが出来なかった。




「ベアトリクス、本当に良いのか?」


隊長格を退去させた俺はベアトリクスに確認を取る。


「一体何故ベアトリクスがやらなければならない?」


「キリングが死ねば私は窮地に立たされるのよ」


ベアトリクスは早口でまくしたて始める。


「キリングを死なせたら私の立場は無くなる。だったらキリングより知名度の高い私が捕まれば、キザマリックの話に向こうは聞く耳持つだろうし、何よりすぐに殺す真似はしなくなるでしょう」


どうやらベアトリクスは相当機嫌が悪いらしい。


不愉快な出来事が起こった際に出る癖ーー爪をガジガジと噛んでいる。


「ベアトリクス、少し落ち着け。まずその前提が間違っているぞ。責任を取るのはお前じゃない。判断を下した俺が負うーー」


「いいえ、絶対にそうならない」


俺の言葉を遮ってベアトリクスは呻く。


「片やその底無しの度量の深さから官民問わず絶大な人気を誇る我が君。片や立場と才能を傘にきて人を弄ぶ事が大好きな性格最悪の私。どちらか一方を選ぶのなら逡巡する必要すらないわね」


「……自分が客観的にどう見られているか知っているんだな」


なら少しは改善する努力をしろよ。


俺は言外にそう伝えるのだが、ベアトリクスはもちろん無視をする。


「そして責任を取らされて落ち目になった私に従う者はいなくなり、何の権限も無く、他国との政略結婚のための道具でしかないシマール国の王女時代に逆戻りよ」


「よくお分かりで」


「黙りなさいアイラ……そして私は他の皆の栄光の陰で泣く日々を過ごすことになるのよ!」


いや、何もそこまで酷くならないだろう。


ベアトリクスの性格はともかく、その才覚は万人が認めるところだぞ。


どうやらベアトリクスは動揺のあまり、被害妄想に陥っているようだな。


「ベアトリクス、少し落ち着け」


だから俺は苦笑気味にフォローしようとする。


「そんなに動揺するのはお前らしくないぞ。ほら、いつもの様に人を食った笑みを浮かべーー話を聞けよ」


途中からベアトリクスが全く聞いていないことを悟った俺は思わずそう口に出す。


「ああ、何でこんなことになったの? 何が間違えたというの? どうして……」


と、いった様にベアトリクスは己の世界に没頭している。


しばらく話にならないと判断した俺は此度の騒動の元凶であるキリングに近付く。


「キリング。お前、ベアトリクスに何の恨みがーーあり過ぎるな」


ベアトリクスのお気に入りの立場であるエレナ伯爵の部下のキリングはその立場上、トバッチリを喰らう機会が多い。


「さすがユウキ陛下、よくご存知で」


キリングが片眼鏡をキラリと光らせていることから、この状況は狙ってやったのだろう。


「……とんでもないことになってしまった」


そしてキリングとは対照的に真っ青になっているのはエレナ伯爵。


どうしてそんなに顔色が悪いのか聞いてみると。


「私は今後、ベアトリクス様からもっと酷い虐めを受けてしまうのだろうか」


「……なるほどな」


どうやらエレナ伯爵はベアトリクスからの報復を恐れているらしい。


まあ、ベアトリクスの性格上、絶対にお礼参りをするだろうなと俺は他人事のように考える。


そんな思考を読み取ったのか、キリングは俺の耳に口を近付けて。


「これからちょくちょくユウキ陛下の寝室にお邪魔して良いですか?」


つまり俺とより親密になることでベアトリクスの魔手から逃れようと。


そんな思惑を見て取った俺は呆れながら。


「そんな真似をしなくても護ってやるから」


一体キリングは俺を何だと思っているのか


「残念です、エレナ様も私も良い身体をしているのに」


「はいはい」


これ以上の会話は不毛と判断した俺は手を振って会話を終わらせた。


「キザマリック、そしてアーデルハイト。分かっているよな」


俺は次に2人の元に出向いてそう尋ねる。


「この作戦の成否はお前達の手にかかっている。だから良からぬ考えは捨てた方がお互いのためだぞ」


「うーン、どうしようカ?」


「それは難しい命令じゃのう」


俺の恫喝に対して要領をえない答えを返してくる2人。


「これまでに受けた仕打ちを考えるト、少々色を付けて欲しいネ」


「そうじゃな。妾としては税金についてもう少し話し合いたいのう」


「私は土地についてネ」


どうやらこの2人はこれ幸いと足下を見てきている。


抜け目無いな、と思う反面、お前らって何時からそんなに仲良くなったのかと首を傾げる。


確か謁見当時は蛇蝎の如く嫌っていたはずだが。


仲良くなった原因を想像しようとした俺だが、すぐにその訳を知る。


「お前らはやはりベアトリクスのことが嫌いなのか?」


一応確認のためそう聞いてみると。


「「もちろん」」


即座に、一糸乱れず返事が返ってきたので。


「ベアトリクス……どれだけ嫌われているんだよ」


俺は思わず天を仰いでしまった。


「とにかくだ」


俺は咳払いをして緊張感を取り戻す。


「その件についてはベアトリクスも交えて決めることにする」


おそらく2人の活躍を最も間近で感じられるのはベアトリクスをおいて他にないだろう。


だから彼女と確認を取りあえば功績に見合った褒賞を与えることが出来る。


「まア、そこが落としどころネ」


「キザマリックが納得するのなら妾も引き下がろうかの」


2人はそれで手を打ったらしく、これ以上聞いてくることはなかった。


そして俺は残る3人の元へ向かう。


「アイラ、そしてオーラ。分かっていると思うが」


「はい。ユウキ様の意向通り、ベアトリクスの身を護ります」


「アイラとエルファの2人が付いているから心配する必要なんてないわね」


アイラとオーラから頼もしい答えが返ってくる。


オーラ曰く、今回はエルファも護衛の任に就くらしい。


いくら姿と気配を消せる装備があるとしても、勘の鋭い兵士にバレるのではないかと勘繰るが。


「ユウキ陛下、この2人を常識で考えない方が良いわよ」


オーラの言葉に納得してしまった。


確かにこの2人は人間というより機械と捉えた方がしっくりくる。


何せこんな暑い中でもアイラは全身を覆うローブ、そしてエルファは長袖のメイド服を着込んでいるし。


まあ、とりあえず俺はベアトリクスを喪うことがないことを知れて安堵した。


「なあ、エルファ」


「どうしましたか主」


俺の問いかけに反応するエルファ。


首だけを動かす直立不動の体勢を維持し続ける彼女に俺はベアトリクスの方を見やりながら。


「これに懲りて少しは性格が改善するかな?」


人を馬鹿にし過ぎると手痛いしっぺ返しを喰らうことを学んだベアトリクスは今後に役立てて欲しいと願うが。


「無理でしょう」


「だよなぁ」


長年傍で付き従っている従者の言葉に俺は嘆息する。


ベアトリクスの性根の悪さは理解している。


この程度で変わるようなら、俺達はこんなにも振り回されなかっただろう。


「まあ、これはベアトリクスを重用し続ける限りついて回る宿命みたいなものです」


俺の悩みを知ってかエルファは言葉を続ける。


「扱い辛いじゃじゃ馬ですが、その苦労に見合うだけのポテンシャルを持っているのも確か。主は上手いこと操っていますよ」


「それはありがとう」


王女を馬扱いして良いのか? という疑問は隅に置いておく。


「恐らくベアトリクス様を満足させる事が出来るのは主だけでしょう。僭越ですが、これからもよろしくお願いします」


「まあなぁ」


エルファに言われなくともそのつもりだ。


ベアトリクスの様な悪人タイプの人材は得難いことなのも確か。


しかも有能かつ忠誠を誓っているとなれば、ますます希少な存在。


何にせよ、手放すつもりは毛頭無い。


だからな、ベアトリクス。


「あー! もう! どうしてこんなことになったのよ!」


そんなに焦る必要などないのだけどなぁ。


ベアトリクスの醜態に俺は頭痛が起こるのを抑えきれなかった?

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