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茨の道

 謁見室で俺はエルファの言に耳を傾ける。


「アイラからの報告です」


 鮮やかな緑色の髪とナイフのような切れ目の瞳を持つこのメイドは主である俺に対して時折壮絶な毒を吐くことで有名である。


 通常ならそんな奴など護衛失格なのだが、悔しいことに能力は超一流なので俺の身辺護衛を務めていた。


「聖女派の手引きによって他宗教の教祖や異説を唱える学者を収監する牢獄をアイラが襲撃しました」


「結果は?」


「枢密院国側で捕えた全ての人物とユウキ王が挙げた何人かの人物を脱走させたようです」


「抜かりはないだろうな」


 俺の言葉にエルファは澄まし顔で。


「牢獄の責任者が枢密院派の時刻を狙い、さらに私達や聖女派が関与した証拠などおくびにも残していません」


「さすがアイラだ。良い仕事をしてくれる」


 俺が口元に笑みを浮かべてアイラを褒め称えるとエルファは片眉を上げて。


「アイラもまだまだです。報告書を見る限り危うかった場面がいくつもあったことが判断できます」


 この無味な報告書から何故そこまで情報を読み取れるのか。


 俺は一瞬そんなことを考えたが、首を振ってその考えを追い出す。


 アイラは立派に仕事をやり遂げた。


 この事実があれば良いんだ。


「これで少しは聖女派にも流れが傾くだろう」


 教祖や学者達を他国へ送り込んだ効果はすでに見え始め、枢密院側の国々は内側から揺れているらしい。


 これが滅亡の危機に瀕している国なら特段影響は無かったものの、なまじ余力を持っているからこそ国民はラブレサック教の教えを疑い始めているところに捕えられていた人物の帰還。


 魔物の襲来に加えて扇動された暴動によって多くの国が揺れていた。


「加えて今回の失態は枢密院派の落ち度とされています。聖女派からすれば格好の攻撃材料を得たというところですね」


 牢獄を襲撃し、収監された人物を国に帰すだけでこの効果。


 まさしく一石二鳥という言葉がピッタリだろう。


「主、そろそろ宣言しますか?」


 エルファは続ける。


「政教分離。宗教は政治に影響を及ぼすことは許しても国が宗教に介入しないという画期的な政策をいつ行うつもりでしょうか」


 これは前から挙げられていた構想の1つで、宗教と政治の癒着を切り離す目的である。


 誤解しないでほしいのは国が特定の宗教を保護することを禁じているのであり、俺達個人が特定の宗教を信じることを禁じているのではない。


『宗教の欠如した政治は、国家の首を吊るロープであります』


 かの有名なガンジーの残した名言通り、ラブレサック教の信者が政治に関わることは奨励するがラブレサック教自体が政治に関わることは禁じる。


 俺としても国を豊かに富ませてくれる提案があるのなら人種や宗派など問わないからな。


 なお、余談として正反対の宗教が政治に関わることを忌み嫌っているのがヒトラーである。


 閑話休題。


「まだ早いだろ」


 俺はエルファの提案を保留させる。


「今、宣言するとラブレサック教国お抱えの神聖騎士団を相手にしなければならない可能性が高まる」


 神聖騎士団。


 それはユーカリア大陸最強とされる騎士団。


 世界宗教であるラブレサック教を信ずる者から選抜された団員は末端に至るまで一級品。


 1人1人の個人的技量もさることながら、その統制力は金獅子騎士団をも上回る。


「率直な意見を聞こう。もし神聖騎士団と激突した場合、どれぐらいの損害が出る?」


「……金獅子騎士団と青朱雀騎士団を捨て駒にしても良いのなら勝機が見えます」


 最強の槍である青朱雀騎士団と最強の楯の金獅子騎士団を全滅前提の作戦を組んでようやく可能性が見える。


 そんな勝ち目の低い戦いなど国を守る王としては避けたかったし、何よりも。


「俺はユキやクロスを失いたくない」


 騎士団の再編や国の安寧以上に昔から付き従ってくれていたあの4人を犠牲にすることに俺は躊躇してしまう。


「たまに自分が嫌になる」


 魔物大侵攻の際において他国の食料や武器を買い占めたり、亡国の原因となる要注意人物を解き放ったりと何千何万もの人命を危機に晒しておきながら自分は4人を喪うことに耐えがたい恐怖を抱いている。


「一体自分は何様なのか、こんな俺が王として相応しいのか理解に苦しむんだよな」


 俺の策略や謀略によって死んでいった者から見ればこんな迷いなど許せないだろう。


 俺達を殺しておいて何を言っているのか。


 そんな怨嗟が聞こえてきそうだ。


「それでよろしいかと」


 エルファは淡々と述べる。


「むしろ冷酷にユキ団長やクロス団長を切り捨ててしまうのなら、それこそ誰も主に従いません」


「難しいものだな」


 俺の呟きにエルファは頷き。


「はい。支配者の顔と人の顔を上手に使い分けてこそ私が求める主です」


「ほう、それなら今の俺はどう映る?」


 その問いかけに壮絶な笑みを浮かべたエルファは。


「理想の君主です」


 とても嬉しいことを言ってくれた。


「しかし、遅かれ早かれ神聖騎士団と戦う日が来るのは確か」


 話を元に戻した俺は今後の対策を練る。


「主が進もうとすれば必ず通らなければならない道でしょう」


 神聖騎士団の存在意義はラブレサック教以外の宗派の撲滅。


 ラブレサック教を国教にしないのはともかく、他の宗教を擁護するような真似など神聖騎士団の面々は絶対に見逃せないだろう。


「理想は聖女派と枢密派で分かれた神聖騎士団同士が争ってくれることだけどな」


 仲間割れほどこちらが得することはない。


 潰し合うことによって壊滅には至らなくとも大いに弱体化することは確実。


 それも見込んだ上で聖女派を支援しているのだが現実は厳しいだろうな。


「今回の権力争いにおいて神聖騎士団は早々に中立を決め込んでいます」


 つまり枢密院派だろうが聖女派だろうが独断で神聖騎士団を動かすことは不可能ということ。


「南の辺境にある密林地帯に住む蛮族が崇めるであるマルボルク教と戦わせるという手段もあるけどな」


 バルティア皇国のさらに南にある広大な熱帯地域の周辺国を席巻するマルボルク教。


 勢力こそ全体の1割しかないものの、樹海や河など過酷な自然に覆われたこの地域はその場所自体が天然の要塞と化していた。


 神聖騎士団を含め、各諸国がマルボルク教や蛮族の討伐のために何度も遠征したが慣れない熱帯気候や蛮族が扱う呪術に苦しめられ、いずれも失敗で終わっている。


 ちなみに俺がアイラに頼んで解放するようリストに挙げた人物はマルボルク教の幹部である。


 それゆえに向こうからすればジグサリアス王国に好感を抱いているはずなので話ぐらいは聞いてくれると踏むのだが。


「主、ありえない可能性について考えるのは時間と思考の無駄かと」


「やっぱり?」


 神聖騎士団が遠征に失敗しているのはマルボルク教の力でなく、その熱帯環境や地形によるものが大きい。


 それゆえにマルボルク教を招き入れた所で結果はあまり変わらないだろう。


「何とかして神聖騎士団を弱体化させないとな」


 ラブレサック教の支配から逃れるために。


 そしてユキやクロスを失わないためにも俺はさらに思索を深めた。

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