作戦会議
「さて、大まかな内容を説明するわ」
会議室の中央に陣取ったベアトリクスはそう口火を切る。
今、この場にはエレナ伯爵やオーラはもちろん、隊長クラスが全員揃っているせいか窮屈に感じられた。
「ユウキ様、不快に感じられましたら一言申し付け下さい」
即座に立ち退かせましょう。
アイラが言外にそう伝えてくるが、俺はイレギュラーな存在ゆえに邪魔するわけにはいかないだろう。
だから俺は首を振って断る。
「ベアトリクス様、如何様にしてベルツフォンを落とす予定ですか?」
エレナ伯爵がそう発言する。
「記載によるとここは南蛮諸国に取っても重要地点。ゆえに一筋縄ではいきません」
敵も馬鹿ではない。
ベルツフォンを落とされると、外界へ繋がるルートを失うことが分かっているため、防衛に関して抜かりはない。
山を砦に改造したベルツフォンの周りは障害物が無く、堀も地獄へ繋がるかの如く深い。
そしてそれ以上に、砦の内部は道が細い上に迷宮になっており、少しの障害物で容易に分断させられるという。
天然の要塞。
その言葉がしっくりきた。
「さて、ベアトリクスはこの難攻不落の砦をどう落とすのか」
久しぶりにその智謀を見せてもらおうか。
俺はそんな期待を込めてベアトリクスを見やった。
「何と言ってもまずは敵の兵数を減らすこと、古今東西兵法において重要なのは数よ」
ベアトリクスは己の髪を弄びながら話を続ける。
「だから大掛かりな陽動を仕掛けるわ。ここにいる隊長格全員が遊撃部隊のリーダーとして各部族の集落を襲撃しなさい」
けど、ここで気を付けるべき点は。
と、ベアトリクスは続けて。
「決して深追いはしないこと。欲を言えば兵隊を集落に張り付かせることが出来れば文句はないわね。何度も言うようだけど今回の目的は殲滅でなく、陽動だということを頭に叩き込んでおきなさい。死傷者を出すことは極力避けるのよ」
ベアトリクスの言葉に頷く隊長格の面々。
皆が一通り理解したことを悟ったベアトリクスは一つ頷いて。
「この遊撃軍の総隊長はエレナ伯爵にお願い。そして、連絡役兼道案内として黒梟騎士団の団員、そしてその責任者はオーラね」
「了解しました」
「分かったわ」
ベアトリクスの言葉に2人とも理解の色を示した。
「さて、ここからが本番ね」
ベアトリクスはそう呟いて唇を舐める。
その仕草が獲物を前にした蛇のそれに見えた俺は背筋がゾクリと震えた。
「キザマリック、そしてあなたに従う部隊を砦の中に潜入し、そして合図がくれば呼応して内部系統を麻痺させてね」
ベアトリクスに振られたキザマリックは不可能だと言わんばかりに首を振る。
「無理ネ、先の戦で私は完全に敵と認識されたヨ」
聞くところによるとベアトリクスは覚悟を決めさせるために同族と戦わせたらしい。
ベルツフォンの護人は戦った連中からその報が入っていることを鑑みると、騙すのは難しいだろう。
「これは俺のミスか?」
俺が計画変更をもっと早くに伝えておけば、ベアトリクスはキザマリックに踏み絵をさせる様な真似をしなかっただろう。
連絡が遅れたことに俺は内心ホゾを噛む。
「ユウキ様が気にすることではありません」
アイラがそう慰めてくれるが、俺の心はあまり晴れないな。
「大丈夫よ、手は考えてあるわ」
ベアトリクスはオーラを見る。
「オーラ、キザマリックに友好的な部族が見張りに立つ日は分かる?」
「部族どころか個人の性格さえ掴んでいるわ」
「つまリ、私達は不確定な相手の感情に賭けるト? 随分一か八かの戦略ネ」
キザマリックがそう憎まれ口を叩くがベアトリクスは無視して話を続ける。
「でもそれだけじゃ不安だから、その際にキザマリック達は追われてもらいましょうか」
「エ?」
キザマリックが呆気に取られるのも関わらずベアトリクスは続ける。
「いかにも『拷問を受け、命からがら逃亡しました」といったボロボロの格好で逃げるとなお良いわね」
ベアトリクスはコツコツと足音を鳴らしながら言葉を紡ぐ。
「そうね……爪を剥いで片目を潰し、公開の場で全身をムチで打ち付ければ信憑性は高まるかしら」
「……」
その姿を想像してしまったのだろう。
キザマリックは顔を真っ青にして震えていた。
「ベアトリクス参謀長、聞いて良かろうか?」
「どうぞ、アーデルハイト」
恐怖で声が出ないキザマリックを代弁するようにアーデルハイトが立ち上がる。
「その作戦……キザマリックが成否を握ると言っても過言ではないな?」
「そうね、キザマリックが裏切ったら全てが水泡に帰すわ」
ベアトリクスもそこを認める。
するとアーデルハイトは我が意を得たとばかりに勢いこんで。
「長年共にした忠実な部下ならともかく、ベアトリクス参謀長とキザマリックは出会ってまだ日が浅いじゃろう。策とはいえ、やられた事を恨みに持たれたらどうする考えか?」
なるほどな。
つまり受けた仕打ちが原因で裏切る可能性があるということか。
もしそうなるとベルツフォンを落とす事は不可能となってしまう。
「そ、そうネ。やり過ぎると仕返しを考えるヨ」
キザマリックもそれに追従する。
まあ、キザマリックからすれば自身が傷つくか否かの瀬戸際だから熱が帯びるのは当然か。
「さて、ベアトリクスはどう返すのか」
キザマリックを説き伏せなければ成功など夢のまた夢。
どうやってキザマリックを乗り気にするのか俺は興味を持つ。
が、俺はまだベアトリクスを見くびっていた。
彼女に良心を期待する事の方が間違っていると思い知る羽目になった。
「大丈夫よ、何せ砦に強襲をかけるのはアーデルハイトの部下だから」
「はあ!?」
この解答にあり得ないとばかりに声を挙げたのはアーデルハイト本人。
しかし、ベアトリクスはアーデルハイトの表情など知ったこっちゃないとばかりに説明を始める。
「だから成功しようが失敗しようがこちらの損害は微々たるもので済ませられるわ」
「お待ちください」
ここでエレナ伯爵が発言する。
「ベアトリクス参謀長、つまりあなたは失敗を前提として立案しているのでしょうか」
エレナ伯爵は鋭くそう問いかけるが、ベアトリクスは全く表情を崩さない。
それどころか。
「そう取ってもらっても構わないわよ」
開き直って認めた。
「あなたはーー」
普段の態度はどうしたのか、エレナ伯爵は語気を荒げて詰問しようとするが。
「エレナ=グランシリア=イーズブル、現実を見なさい」
ベアトリクスの一喝によって沈黙せざるを得なかった。
「失敗前提の作戦なんて戦術的に見れば確かに褒められたものでないわ、でもねもっと大きな視点ーー戦略的に考えてご覧なさい。ここで失敗して失うのは何か、得るのは何か」
「なるほどな……」
俺は重い口を開く。
「これは失敗した方がプラスになる」
俺の意見に我が意を得たとばかりにベアトリクスは大きく頷く。
「そう、我が君の仰る通り。長い目で見れば利益になる。何故なら、この作戦が失敗し、失うのは後になって国家運営の障害になりそうな者だけだから」
キザマリックとアーデルハイト達は心から俺達に忠誠を誓ったわけでなく、互いに利用する関係にある。
利害で結ばれた仲であるがゆえに、大っぴらに信用出来ないのが実情だ。
「成功すれば良し。失敗しても、未来の心配が無くなるだけなので、改めて南蛮を攻略する。どう? この計画に問題はあって?」
上手くいけば決戦に参加出来るので万々歳。そして失敗しても後の国家の憂いを取り除ける。
どちらに転んでもジグサリアス王国にとって利があった。
「……」
聡明なエレナ伯爵のことだ。
上に立つ者が取るべき選択を理解しているに加え、この作戦に代わる代替案が見つからないのだろう。
悔し気に唇を噛んでいる。
「断っておくけど、アーデルハイトとキザマリックの2人には拒否権なんて無いから」
ベアトリクスはエレナ伯爵に向けていた視線を2人に移す。
「もし断るというのなら、軍法違反として公開処刑ね」
「「……」」
2人とも絶句している。
まあ、これは遠回しな死刑宣告みたいなものだから固まって当然か。
いやはや。
俺は本当にベアトリクスだけは敵に回したくないと心に誓う。
と、俺は会議もたけなわだと考えていた。
しかし、ここで意外な人物が挙手をする。
「訂正をよろしいでしょうか?」
しかし、その人物は常にエレナ伯爵側から意見を述べるので、彼女に害が及ぼさないので、皆も失念していたとしても不思議でないな。
「あら、あなたが? まあ良いわ」
だからベアトリクスも少し目を見開き、軽い気持ちで発言を許可してしまったのだろう。
「ありがとうございます」
その人物はまず一礼する。
「ベアトリクス様、キザマリック様を差し出す策ですが、もっと確実性のある方法があります」
「へえ、教えて欲しいわね」
そしてその人物は一度息を吸って。
「キザマリック様はこの私ーーキリングを土産に持ち帰れば、策の成功率は上がります」
と、俺はもちろんのこと、ベアトリクスでさえ咄嗟に答えることが出来なかった。




