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権力の味

「我が君、お味は如何?」


「いかがって言われてもな……」


俺はティーカップを置きながら言葉の真意を探る。


「城から持ってきた普通のスコーンと普段から良く飲む紅茶としか言えないが」


それ以外にどう答えろと。


まあ、強いて挙げれば本場? のメイドであるエルファが淹れた分美味しく感じるぐらいか。


「ふうん、我が君はそう感じるのね」


ベアトリクスは手に持ったスコーンを弄びながら。


「これは誰が作ったスコーンだと思う?」


「シクラリスだが」


お菓子作りが趣味なシクラリスは暇な時によくこの様なお菓子を作り、配っていた記憶がある。


まあ、普段からシクラリスに絞られているレア達文官組は拒否反応を起こしていたがな。


「そう、元バルティア皇国皇女お手製のお菓子を味わえる人物は世界で何人いるでしょうね」


その勿体ぶった言い方に片眉を上げる俺を無視してベアトリクスの演説は続く。


「この紅茶の葉は誰が選んだのかしら?」


「……ヴィヴィアンだが」


舌が肥えているヴィヴィアンは紅茶に対して煩く、季節によって銘柄を指定するほど。


そのうち紅茶の葉の栽培を自ら始めるのではないかと俺は予想している。


「元リーザリオ帝国の皇女が選んだ紅茶は果たして何人が口にすることが出来るのかしら」


いや、軍政の高官者なら全員口にしていると思うが。


ヴィヴィアンの紅茶とシクラリスのお菓子の評判(文官を除く)は高いし。


と、口にでかかった言葉を全神経を込めて呑み込む。


ベアトリクスの真意はそんな事柄でないはずだ。


「何が言いたい?」


そう、明らかにベアトリクスは愉しんでいる。


それは人に対して無理難題を押し付け、困っている様を楽しむ際の表情に酷似していた。


「このスコーンと紅茶の組み合わせは普通ならありえなかった」


そして、俺の予想を裏切らずベアトリクスはからかう様にこう述べた。


「如何かしら、力によって国を併呑して作り上げたそのお味は?」


「……」


ベアトリクスの問いに俺は時間が欲しいとばかりに黙って紅茶を口に含んだ。


今、この部屋には俺とベアトリクスの他にエルファとアイラがいる。


エルファとアイラは己の立場を考慮してか、席へ座らずに互いの主の後ろで控えていた。


あの作戦会議の後、方針を練り直すとかでまた1時間程休憩を取っている最中。


しかし、練り直すと言っても、ベアトリクスの頭ではすでに出来上がっているらしく、こうして奥の部屋でベアトリクスと共に特別なスコーンとお茶を嗜んでいた。


「しかし、あれで良かったのか?」


俺は話題を変える目的で別の話題を切り出す。


「ベアトリクスの名前で出した方が後々有利になったと思うが」


俺はそう問うのだが、ベアトリクスは首を振る。


「その方が良いのよ。我が君の名で酒や食べ物を振舞った方が兵の忠誠心が上がるから」


階下からは兵達の活気ある雰囲気が伝わってくる。


時折「ユウキ陛下万歳!」や「ジクザリアス王国に栄光あれ!」等が響き渡ってきている。


何故ならベアトリクスが俺の名を使って備蓄の一部を開放したからだ。


計画を変更したことによって糧食に余裕が生まれたので、それを使ったそうなのだが当初の予定だとベアトリクスの名で振舞う予定だった。


何せ兵達の間でもベアトリクスの評判はすこぶる低い。


どれぐらい悪いかというと、エルファの護衛無しでは自軍の陣地さえ歩けないほど。


まあ、兵からすれば未開の南蛮に連れて行かれた理由がベアトリクスの懲罰だとすれば良い顔などしまい。


しかも半数の将兵がエレナ伯爵の部下だから仕方の無いことだろう。


だから俺としてはその悪評を払拭するために手を打ちたかったのだが、ベアトリクスはそれを断った。


「参謀長は嫌われることが仕事。それに私がそんな真似をすれば将兵は毒でも入っているのではないかと疑うわよ」


「そうはいってもな……将兵に嫌われすぎると命令を聞いてもらえなくなるぞ」


それどころか今回の様に自らが窮地に陥っても誰も助けてはくれまい。


「まあ、その時はその時よ」


俺はそれを心配しているのだが、ベアトリクスは表情を崩さず紅茶を口に含む。


「その豪胆さがたまに羨ましくなるな」


ここまでくると呆れを通り越して感心してしまった。


「ところで我が君、一つ質問を良いかしら?」


俺がそんなことを考えているとベアトリクスの口から質問が飛ぶ。


「ああ、良いぞ」


なので俺は気軽にそう応えると、とんでもなく難しい質問がきた。


「私とキッカ達4人。選ぶとすればどっち?」


「お前……」


究極の選択と呼ぶに相応しい質問に俺は苦笑する。


「一応尋ねるがーー原因は何だ?」


ヒントが欲しかった俺はそう尋ねるのだが。


「何でも良いわ。原因なんて大抵は些細なことよ」


「つまりノーヒントと言いたいのだな?」


「アハハ、そういうことね」


「ああ、くそっ」


ベアトリクスの屈託のない笑いに俺は頭をガシガシと掻く。


横に控えるアイラが不快気な素振りを見せた様な気がするが、エルファの視線によって抑える。


この2人は本当に似たもの同士だなと考えた。


「仕方ないわねぇ、少し状況を追加させましょうか」


俺の意図をどう読み取ったのか、ベアトリクスは溜め息を吐きながらそう付け足す。


「私の独断専行が裏目に出て軍に多大な被害を与えてしまった……実際は天地が引っくり返ってもそんなことはあり得ないけどね」


後が怖いから、付け足した言葉に可愛げを覚えたのは内緒にしておこうかな。


「まあ、それだったら答えは簡単だな」


単純明快。


俺は即断に近い速度で口を開いてこう述べる。


「その時は俺が王座を降りる」


「え?」


その答えは予想外だったのだろう。


ベアトリクスは間抜けな返事を返す。


「我が君、何故私の罪を我が君が負うの?」


「ベアトリクスに独断専行を行える程の権限を与えたのは俺だからな。だからその責は俺が負う」


「……王である我が君が退くと国が崩壊してしまうわよ」


ベアトリクスはそう懸念を示すが俺としては無用の心配だと首を振る。


「それは無い。何故ならベアトリクスを初めとした有能な人材が多数この国に揃っているから。いや、むしろ俺がいない方が上手くいくかもしれないな」


俺が取り入れた政策は大方成功しているものの、議会制民主主義や年金等は時代にあっていないのか芳しい成果が出ていない。


それでも継続しているのは俺が君臨しているからであり、俺の亡き後はすぐに白紙に戻ると踏んでいる。


「極論を言うと俺の役目はもう終わったのかもな」


「……それはないわね。この国は我が君をまだまだ必要としーー」


「ベアトリクス」


俺はベアトリクスの言葉を中断する。


「お前は何回想定外を繰り返す? この国はベアトリクスの予想など容易く裏切るぞ?」


「ーーっ!」


シマール国を滅ぼしたことも、三国を統一したことも、ベアトリクスの頭脳でも計算外の出来事だった。


失敗を繰り返してもなお修正を行わない傲慢なベアトリクスに俺は僅かな不安を覚えてしまう。


「もう空か。エルファ、お茶を」


何時の間にか紅茶が無くなったことに気付き、代わりを注ぐ様に頼む。


「は」


エルファは了承し、すぐさまポットに手をかけようとしたが。


「私が淹れるわ」


それより先にベアトリクスが静止を掛けた。


「出来るのか?」


「……」


俺は僅かな皮肉を込めて尋ねるが、ベアトリクスは唇をきつく引き締めたまま何も答えない。


ポットを持ったベアトリクスはエルファと見間違う程の慣れた手つきで紅茶を注ぎ始めた。


「お前、こういう才能があったのか?」


葉が持つ最大限の香りを引き立てる注ぎ方に俺は感心してしまう。


「別に、シマール国で王女をやっていた際に花嫁修行の一環で覚えさせられたのよ」


そうベアトリクスは強がるが、今の俺にはどうでも良かった。


「我が君、いかがかしら? 元シマール国の王女が淹れた紅茶の味は?」


そんなベアトリクスの問いに押されてか俺は紅茶を口に含む。


香りを裏切らない味覚が俺の口内を支配する。


その余韻を存分に楽しんだ俺は厳かな口調でこう述べる。


「これは極上の味だ……しかし」


「しかし?」


「いや、何でもない」


ベアトリクスの問いかけに俺は首を振る。


思わず口にしそうになった言葉は蛇足以外の何物でも無いだろう。


バルティア皇国皇女お手製のお菓子にリーザリオ帝国皇女が選んだ茶の葉をシマール国の王女が淹れた紅茶は極上の味だ……しかし。


俺の口には合わないな。

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