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計画変更

「全員揃ったわね」


 会議室に到着した我らをベアトリクス様は笑顔で迎える。


「けど、私としてはもっと早くに来て欲しかったのだけど」


 なるほど。


 見ればキザマリック殿もアーデルハイト殿もすでに着席しており、私達が最後の様だ。


 目上であるベアトリクス様を待たせるような真似は褒められたものではないだろうと思う、が。


「ベアトリクス様。会議が始まるまでまだ時間があります」


 キリングの言葉通り、約束の刻限までまだ余裕があった。


「ウフフ、言ってくれるわね」


 ベアトリクス様はそう含み笑いをするものの、自前の銀色の髪を弄っていることから、キリングの反抗などどうでも良いのだろう。


 部下を蔑ろにされたようで私は一瞬ムッとするも、すぐに抑える。


 ここで問い正しても意味はあるまい。


 いや、むしろ非はこちらにあるのだから黙っておいた方が賢明だろう。


 そう考えた私は黙ってキリングの肩を二度叩いた後、自分の席へと向かっていった。


「さて、今後の方針についてだったわよね」


 ベアトリクス様はそう口火を切る。


「当初の予定では反抗的な部族を攻める予定だったけど……止めにするわ」


 ……は?


 ベアトリクス様があまりにあっけらかんとそう述べたので私の目は点になります。


「だからティータに渡しておいたあの計画書は一旦凍結。また今度の機会にでも使用しましょうか」


 場の雰囲気を知ってか知らずかベアトリクス様は話を続けます。


 えーと……ベアトリクス様?


 あれだけ緻密に立てたであろう計画を破棄すると?


「ベアトリクス様、理由を説明して頂けませんか?」


 私は辛うじてそう口にします。


 ベアトリクス様もエルファ様も個人としては好きにはなれませんが、それでもあれを作るのに膨大な努力と時間を費やしたはずです。


 なのにそれをお蔵入りするというのは勿体無いと考えてしまいます。


 いえ――


 己の立てた計画に固執するあまり、膨大な犠牲を払ってしまうよりかは賢明なのかもしれません。


 そう考えるとやはりベアトリクス様は非凡なお方ですね。


 もし私がベアトリクス様の立場になった時、同じような対応が取れるか自信がありません。


「そうねぇ、ここから先は私が説明するよりもっとふさわしい方がいるわ」


 そしてベアトリクス様は奥に繋がる扉へと目を向けます。


 ベアトリクス様につられて全員がそちらの方を注目した時、ドアが静かに開く。


「失礼します」


 まず入って来たのは、この場に唯一不在だった黒梟騎士団団長アイラ=サファイアブルー=カザクラ。


 軽装であっても汗ばんでしまうことが否めない熱帯の気候であるにも関わらず、全身を黒ずくめのローブで覆っているアイラ殿は汗一つかいていない。


 本当に、アイラ殿は我らと同じ人間かと疑ってしまうな。


 と、いうよりアイラ殿を含めたあの4人組を同じ人間として括って良いのか?


 レベルどころか次元が違うんだが。


「――っ!」


 そんなことを考えていた私だが、続いて入室してきた人物を見た瞬間思考が吹っ飛んだ。


 馬鹿な、何故?


 何故このお方がこの場所にいる?


「ウフフ、やっぱり皆呆気に取られているようね」


「ベアトリクス様、お戯れが過ぎます」


 事前に知っていたであろうベアトリクス様にエルファ殿がそう諌めるが、生憎と私を含めたほぼ全員が気にしていなかった。


 何せアイラ殿の後に入って来たのは――


「やれやれ、大分待たされたな」


「申し訳ありません我が君。少々準備に手間取っておりまして」


「ベアトリクス、その準備とはこの悪戯のためですか?」


「アイラ、ユーモアよユーモア」


「つまりあなたの快楽のためにユウキ様を利用したと?」


「アイラ。俺は怒っていないからもう止めておけ」


 なおも言い募ろうとしたアイラ殿を手で制すそのお方。


 アイラ殿を付き従え、ベアトリクス様が我が君と仰ぐ人物を私は一人しか知らない。


「皆、御苦労」


 そう、ジグサリアス王国国王――ユウキ=ジグサリアス=カザクラが泰然とした態度で参られた。


 




「さて、時間も惜しいことだから早速本題に入ろうか」


 俺はそう前置きして地図に手を置く。


 これは良い地図だな。


 現代の地図と比べても遜色はない。


 さすが黒梟騎士団。


 良い働きをしてくれる。


「あの……ユウキ陛下、質問はよろしいでしょうか?」


「エレナ伯爵か、良いぞ」


 俺に促されたエレナ伯爵はおずおずと立ち上がって疑問を口にする。


「はっ。ユウキ陛下はこちらを訪れて大丈夫なのでしょうか。今頃は対ラブレサック教国に向けての戦準備が行われているはずですが」


「ああ、そのことか」


 エレナ伯爵の疑問に俺は一つ頷いて。


「明日、出陣する」


 と、決定事項を口にした。


「え……」


 その答えは予想外だったのだろう。


 エレナ伯爵は口をあんぐり開けて固まった。


「エレナ伯爵、私も先程同じ顔をしたのよ」


 何が面白いのかベアトリクスはクツクツと喉を鳴らす。


「我が君とこの国には驚かされてばかりだけど、これは極めつけね。楽しいったらありゃしない」


ベアトリクスは続けて。


「エレナ伯爵、あなたは本当に良い時代、良い場所に生を受けることが出来たわ。大陸を統べる国の伯爵なんて、砂浜にある無限の砂の中から爪の上に乗せた僅かな砂ぐらい幸運な事なのよ」


「はい、恐悦の極みでごさいます」


「私も同じ心境でございます」


何だか良く分からないが、エレナ伯爵とキリングは感激の面持ちで俺に頭を下げてくる。


俺、何かしたか?


イマイチこの流れが掴めず、俺は途方に暮れる。


「我が君。話を続けて下さい」


「ああ」


ベアトリクスに促された俺は目線を地図に戻す。


そこには広大な森林といく筋にも伸びた川、そして平坦な道が縦横無尽に網羅していた。


「取るべき箇所は……ここだ」


俺はその地図の中で中央付近にある比較的大きな点を指差す。


「ベルツフォンーーここは内界と外界を結ぶ重要な地点。さらに各部族が集合する場所でもあるから、ここら辺りを制圧すれば南蛮諸国と長老達を引き離し、さらに外に出た兵士達の補給を絶てる」


この地図が正しければ、補給の最重要ポイントがそこだと推測できる。


「ベルツフォンを制圧した後、ティータと何人かの黒梟騎士団を残してニーゲンベルクへと向かって欲しい」


「ニーゲンベルクと言うと……陛下、ラブレサック教国の最前線の街ですか」


エレナ伯爵の問いに頷く俺。


「そう。ベルツフォンには半数の兵とティータ、アイラを残し、エレナ伯爵やオーラ、そしてベアトリクス達はそこに向かってくれ」


「しかし、ベルツフォンを落とすだけで良いのでしょうか」


エレナ伯爵の疑問に俺は首を振りながら。


「今回の目的はベアトリクスに対する懲罰的な意味合いが強く、南蛮諸国を制圧することじゃない。それに内界と外界を結ぶここを抑えておけば後で武力制圧するなり同盟を結ぶなり、どうとでも出来る」


ベアトリクスを最前線に戻すにはそれ相応の功績が必要となる。


ならばこの地域を制圧出来ればキッカ達も文句は言わないだろう。


「俺としてはエレナ伯爵もベアトリクスも参戦して欲しいと考えている。だからこれがギリギリの妥協案だな。しかしこれはあくまで一つの案だ。ベアトリクスが不可能だと考えるのら当初の予定通り、進軍してもらうことになるが」


エレナ伯爵やキザマリック達は異論などあるまい。


元々この南蛮に赴くこと自体が乗り気で無かったのだから、喜んで頷くだろう。


しかし……


俺はベアトリクスに目を向ける。


前科持ちであるベアトリクスがすんなりと頷く保証などない。


念のため、事前にベアトリクスと打ち合わせていたもののどこまで信用出来るやら。


ここでベアトリクスが首を横に振れば俺は単に軍の結束を乱しただけで終わる。


それは避けたいなと願った。


そう俺は内心懸念していたのだか、どうやらそれは杞憂に終わったようだ。


彼女は酷く蠱惑的な笑みを浮かべて一言。


「いえ、我が君の意向通りに事を進めます」


恭順の意志を示したので、俺は事なきを得た。

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