練習試合
「つ、蔦が伸びてきたぞー!」
「足に絡まって身動きが取れません!」
「くそっ、何だこの奇妙な術は?」
南蛮兵が放ってきた粘土の中には植物の種子が包まれていたのか、次々と発芽して砦の壁全体を侵食する。
「落ち着け! たかが植物だ! 冷静に対処すれば恐ろしいことはない!」
私は大声で動揺している兵を叱咤する。
実際は不味いどころではない。
蔦は私が見ている間にもどんどん伸びて壁を覆い、梯子となっているので一刻も早く焼き払いたいのだがこの状態で火を付けると我らにまで被害が及ぶだろう。
しかもそれより痛いのは落下用の岩や熱湯が蔦によって覆われてしまい、使い物にならなくなってしまったことだ。
つまり奴らはこの砦の壁を利用した防衛にほとんど兵を失うことなく突破してしまった。
「……先手を打たれたか」
私は歯ぎしりしながらそう呟く。
よもや植物を用いて我らの動きを封じるなど想定外だった。
「どウ? これが北部の人が馬鹿にしている南方の民族ネ」
キザマリックの言葉が嫌に耳につく。
「ああ、これからは認識を改めなくてはならないな」
認めよう。
私は心の隅で彼らを見下していた。
南方諸国は未開の秘境に住んでおり、文明レベルも酷く原始的なことから大した奴らではないだろうと慢心していたのだな。
私はしばし瞑目し、隣に立つキリングに尋ねる。
「キリング、この状況を打開するにはどのような手を打てばよい?」
すでに防壁を上では剣と剣を交える戦闘があちらこちらで始まっており、後方から続々と南蛮兵が続いてきている。
幸いにも防御する兵はこちらが上回っていたので場内に侵入されて扉を開けられるような事態にまでなっていないが、このまま手をこまねいていてはそうなるのも時間の問題だろう。
ゆえに私は知略の面において最も信頼のおけるキリングに意見を聞いた。
「そうですね……」
キリングは片眼鏡をクイッと上げて答える。
「現状を考えますと問題なのはあの蔦です」
「まあ、そうだな」
あれを何とか出来れば軍を分断出来て有利になるのだが。
「ふむ……キザマリック様、少しその力を拝借出来ませんか?」
そしてキリングはキザマリックに近寄り何事か耳打ちする。
「――、――」
「――」
キリングが囁く何かしらの言葉にキザマリックは一喜一憂する。
どうして私に教えてくれないのか疑問を持つところだが、この緊急事態にそんなことを注意しても無駄だろう。
キリングのやることだ。
必ず意味のあることに決まっている。
そう、だから。
「? エレナ様、何を泣いているのですか?」
「いや、目にゴミが入ってな」
断じて除け者にされて寂しいわけではないぞ。
「でハ、いくヨ」
そう言ってキザマリックは両方の指を全て合わせて円を作る。
「Це поняття має декілька значень――」
私では聞き慣れない単語をいくつか唱えるキザマリックの周りにはいつの間にか5つの光源が浮いていた。
「――безпосередньо на потрібну статтю!」
呪文が唱え終わったのだろう。
キザマリックは円を解いた両手で床を叩いた。
そしてその数瞬後に。
グラグラグラグラ
「なっ!」
突然起こる地面の揺れ。
私は当初それを地震だと考えていたがどうも違う。
私の所よりも主戦場である城壁付近の方が揺れが強いせいか全員が武器を捨てて一時休戦をしていた。
私のいる場所と彼らの場所では10mも離れていない。
例えキザマリックが起こした地震だとしてもこんな局地的な揺れはありえないだろう。
ならばキザマリックは何をしたのか。
結論から言うとその疑問はすぐに解決した。
「じ! 城壁が崩れる!?」
あろうことか蔓で覆われた城壁の外郭付近に罅が入り、次の瞬間には植物の蔓ごと崩落していった。
「「「「……」」」」
あまりの言葉に声も出ない。
「エレナ様、チャンスです」
こっそりと近寄ったキリングがそうアドバイスしてくる。
「これで敵の後続を断つことが出来ました。未だ状況が掴めていない中でエレナ様が一声かければ戦況は一気に傾くでしょう」
「なるほどな」
突然の出来事に敵は戸惑い、どうして良いのか分からないのだろう。
ならばここで止めを刺しやるべきだな。
そう考えた私は剣を高く掲げて。
「降伏せよ! 今武器を捨てるならば貴殿らの生命は保証しよう!」
「温情が厚すぎるのではありませんか?」
キリングがそう忠告する。
「ここは蛮族を殲滅云々と宣言した方が兵の士気が上がりますよ」
キリングがそう苦言を呈してくるが私は気にしない。
通常、蛮族と忌み嫌われる南蛮兵に権利など与える必要が無い。
それが大陸の認識であり、事実私も南蛮兵を皆殺しにしようかと考えていたが、先程の戦術で思い直す。
あの常識の外に存在する戦法。
あれを使う南蛮兵を見下していれば後後大きな失敗を招く。
だからこそ対等に扱うのだ。
彼らを正式な敵と認めることで我らの慢心を排し、万が一を起こらない様にする。
「許せキリング、説教は後で受けるから」
私の晴れやかな笑顔にキリングは何か言いたそうにしていたが、ため息をついてやれやれと首を振る。
「はあ……まあ、エレナ様がその道を歩むのなら私は支持するだけです」
うん。
やはり私は良い部下を持ったな。
勝手な行動をする私に愛想を尽かず、支えてくれるキリングは本当に嬉しい存在だ。
「終わったようね」
私がそんな感傷に浸っていると後ろから涼やかな声音が響く。
「ベアトリクス様」
戦が終わったとはいえまだ血生臭い戦場の中、従者のエルファに傘を持たせながら歩いてくる様子は妙に様となっていた。
「エレナ伯爵、初めて南蛮兵と戦った感想はどうかしら?」
「はっ、彼らを決して甘く見てはいけません。我々と同等、いやそれ以上と見なければ彼らから勝利を得るのは難しいかと思われます」
私がありのまま述べるとベアトリクス様は嬉しそうに微笑む。
「そう、それは良かった」
どうしてそんなに腹黒いのに花が咲く様な笑顔を作ることが出来るのか知りたいところです。
と、ここでキリングが口を挟む。
「ベアトリクス様、何故此度の戦において前情報を与えてくれなかったのですか?」
相手が元王女なので口調こそ丁寧なものの、その瞳には非難の色が映っている。
「相手が使用する戦法が分かっていれば対策が打てたものの……見て下さいこの光景を。もしベアトリクス様が情報を握り潰さないでいればここまでの被害はありませんでした」
確かに城壁の一部が崩れ、味方にも少なくない死傷者が出ている。
生きている者はともかく、死んだ者に対してベアトリクス様はどうお考えなのだろう。
「必要な犠牲よ」
私の予想通りというべきかベアトリクス様は言下に切って捨てる。
「私が何も伝えなかったからこそエレナ伯爵を含め、兵は慢心を完全に排除できた。もし話していればこれほどの効果を得られていなかったわね」
確かにベアトリクス様の仰る通り、相手が城壁を植物で無力化させてくることを事前に知っておればここまでの犠牲を出さなかったものの、代わりに増長していました。
『ああ、こんなものか』
『やはり蛮族は蛮族だな』
そのような感想を抱いてしまうことは容易に想像できる。
「これから先、南方諸国と戦う機会は増える。今回は知っていたから次回も知っていることなんてありえない。だからまだ取り返しの効くここで南蛮兵の怖さを思い知らせてあげたのよ」
「……」
ベアトリクス様の意見は正論だ。
先の先まで見通して作戦を立てていらっしゃる。
キリングも私と同じ印象なのだろう。
悔しそうに唇を噛むだけで終わっている。
「さて、エレナ伯爵。捕えた南蛮兵達を解放して」
「何故です?」
私の至極当然な疑問にベアトリクス様は腕を組みながら。
「彼らはここ1つだけでなく、ラブレサック教国寄りの国にも攻め込んでいる。私の見立てによるとそこはもうそろそろ陥落するから目の前にいる彼らは退くわ。まあ、向こうからすればここの攻略に手こずるより楽な一方に集中させた方が効率が良いしね」
なるほど。
向こうが退くと分かっているのならお荷物にしかならない捕虜は解放しておくべきですな。
「聞こえたか! 捕虜を解放する準備を整えろ!」
「お待ち下さいエレナ様。何も無条件で解放しなくとも取引によって譲――」
「あー、キリング。そんな無駄なことは止めなさい」
キリングの意見を一蹴するベアトリクス様。
「向こうも私達を見下しているから交渉のテーブルにつくことはないわ。それに下手に交渉に臨んで痛くない腹を探られても困るからサッサと解放すること」
「しかし、それでは臆病者と見られてしまうのでは?」
「私達を見くびっているのなら好都合、その方が南征の成功率が上がる」
ベアトリクス様の発言にキリングは何も言わない。
「彼らは私達が攻め込むはずがないと考えている。そこが付け目よ」
ここはキリングがベアトリクス様の意見に賛成したと見なして構わんだろうか。
「よし! 捕虜を解放しろ!」
私の言葉によって捕虜の縄が解かれ、開いていた城門から一斉に逃げ出していった。
一目散に逃げる彼らを見ながら私は気になったことを聞いてみる。
「ベアトリクス様、“南征”とはどういう意味でしょうか?」
確か私達の任務はここで南方諸国による侵攻を抑えること。
ユウキ陛下は侵略しろなんて一言も仰っていなかった気が。
「あんた馬鹿? 本当に貴族なの?」
私の疑問に鼻を鳴らすベアトリクス様。
「どうして私がわざわざここまで来ていると思ってんの? そんなちゃちな防衛如きで済ますわけがないでしょう」
「いえ、それでは命令違反」
「大丈夫よ、結果さえ残せばどうにでもなるわ」
左手の中指を立てて宣言するベアトリクス様。
私としては言いたいことが色々あったが忠告したところで止められないし、何より反対するとどんな目にあわされるか分からない。
ベアトリクス様が敵に回ることだけは避けたいな。
「さて、エレナ伯爵も賛成気味の様だから早速3時間後に会議を開くわ。だから早い所後始末を終わらせなさいよね」
そう言い残してベアトリクス様は去っていく。
「……気が重い」
言うだけ言っておいて後で引っかき回すベアトリクス様に私はどう対処して良いのか分からなくなった。




