飴と鞭
「愉快な連絡が入ったわ」
私の横で控えているベアトリクス様がそう口火を切ります。
ここは会議室。
砦の最奥を改造して作り上げられたこの部屋は多少手狭に感じられるが、それでもまだましな方だろうでしょうな。
「それはとてもとても楽しい内容。今の私の心境としては小躍りしたいぐらい嬉しいわよ」
ウフフフフフ
と、見るもの全てをドン引きさせる笑顔を見せるのは構いませんが、あのベアトリクス様が喜ぶ内容というのは大抵嫌な話なのです。
「ベアトリクス参謀長、そろそろ本題に入って下さい」
それを承知しているキリングの声音も多少固くなっている。
「私達はあなたの戯れに付き合ってあげるほど心が寛容でありません」
端から聞いていると元君主に対して使う言葉遣いではないのですが、ベアトリクス様は大して気にした様子ではありません。
「仕方ないわねえ」
ベアトリクス様は苦笑するだけで済ませてしまいました。
「じゃあ本題に入るわ。エルファ、説明をお願い」
指名されたエルファは立ち上がり、その人形の如くミステリアスな表情のまま口を開いて。
「はい、アイラの報告によると先程マルボルク教を中心と据えた南方諸国が軍事行動を開始しました」
と、とんでもないことをサラリと言い放った。
「冗談はやめてよネ!」
誰よりも早く声を上げたのはマルボルク教きっての魔導師であるキザマリック。
「マルボルク教が侵攻? そんなことするはず無いヨ!」
彼女は普段の陽気で快活な様子など微塵もなく、ただ焦りと驚愕で塗り潰されている。
「ああ、キザマリックちゃん。信じられないのは私もそうなのよ」
大仰に手を胸に当てて目を瞑り、悲しみを表現するベアトリクス様。
「私もそんなことをしないと信じていた。マルボルク教はきっと素晴らしい友人になれると夢見ていたのに手酷く裏切られてしまったわ」
嘘をつかないで下さい!!
私はそう叫びたい気持ちになるのを必死でこらえる。
南方諸国が北上することを最も願っていたのはベアトリクス様本人でしょう。
私からすると今のベアトリクス様の態度は白々しいことこの上ありません。
「でもね、もしこれが事実なら私達はキザマリックちゃんを始め、送られてきた援軍を拘束しなければならないのよ」
ベアトリクス様はどうしてここまで人を不快にさせる言動を取ることが出来るのでしょうか。
もはや怒りを通り越して感心してしまいます。
「だからごめんね。私は本当に死にたいほど心苦しいのだけど、この情報が真実かどうか判明するまでキザマリックちゃん達を捕えさせてもらうわ」
「もし真実なラ?」
真っ青になったキザマリックに向かってベアトリクス様は顔を両手で覆い、肩を震わせながら。
「うう……その時は申し訳ないけど全員死んでもらうしかないわね。ああ、それと普通に死んだら駄目よ、女性は兵達の慰みになってもらった後、男性は拷問の後だから」
いやはや。
もはやベアトリクス様は悪魔ですな。
キザマリックを蛇蝎の如く嫌っているアーデルハイトすら同情の念を隠すことが出来ません。
「っ、ふざけ――」
「大人しくして下さると助かります」
あまりの物言いにキザマリックの怒りが爆発したせいか臨戦態勢に入りますが、いつの間に移動したのかメイドのエルファにキザマリックの首筋に刃を付き付けます。
「このナイフの刀身には痺れ薬が塗ってあります」
静かな声音で淡々と述べるエルファの様子から嘘か真かを見分けることが出来ません。
キザマリックも自分がどう行動すれば良いのか迷っているようです。
「キザマリックちゃん、焦らなくてもすぐに結果は来るのだから大人しくお茶でも飲みながら待っていましょうよ」
素晴らしい笑顔で置かれているカップに手を添えるベアトリクス様。
……もう何も語りますまい。
「ベアトリクス、もう茶番は止めなさい」
重く、沈黙していたこの場を吹き飛ばすように発言するのは唯一の良心であるオーラ様。
子供の身長しかないので普通に座ると見えないので、仕方なしに椅子の上に立っているオーラ様は鋭く意見を述べます。
「まだ不確定の状況で人を責めるのは止めなさい。もし誤報だったらどうするの?」
「ん~、その時は謝るわ『ごめんなさい』って」
「謝って済むと思ってんの?」
「ええ、心の底から信じているわ。私の様な誠意の塊である者から謝れられれば誰だって納得するでしょう」
私なら一発殴らせて頂きたいですな。
謝罪も慰謝料も名誉も要りませんから思いっきり殴らせて下さい。
「はあ……とにかく、私はキザマリックを始めとするマルボルク教の魔導師を拘束するのは反対よ」
オーラ様の言葉に瞳を輝かせるキザマリック。
うむ、キザマリックよ。
そなたの気持ちはよく分かるぞ。
私もキザマリックと同じくオーラ様に助けて頂いたからな。
今度私がオーラ様の偉大さを語ってあげようではないか。
「でも、もし北上が真実だった場合、私といえどもどうすることも出来ないのよね」
だから、とオーラ様は続けて。
「キザマリック、もし南方諸国がこの砦を攻めてきた場合、あなたとその配下が前線で戦いなさい。それならあなた達の罪を免除とはいかないまでも極刑を避けることが出来るわ」
「う……」
さすがのキザマリックもオーラ様の出した条件に困っている様子。
まあ、そうでしょう。
私であっても昨日まで仲間だった者に剣を向けるのは辛いものがありますし。
祖国を裏切るかそれとも死ぬか。
そんな極限の二択を迫られ、うろたえているキザマリックにベアトリクス様が一言。
「まあ、私としては祖国を取ってくれた方が愉しいのだけどね」
「やるネ!」
キザマリックは瞳に決意の炎を宿らせてそう宣言しました。




