一報
「――、――」
「うん、御苦労」
私――エレナ伯爵の隣で横になっていたベアトリクス様はお付きのメイドであるエルファの耳打ちを受けて満足そうに微笑む。
「どのような報告なのですか?」
銀色の髪をかき上げて上半身を起こしたベアトリクス様に私はそう尋ねる。
北の決戦に向けて行軍が始まったのか、それとも南諸国に何か動きがあったのか気になるのですが。
「さあ? あなたが知る必要はないわよ」
「将軍である私が知らなくてどうする!?」
素晴らしい笑みを浮かべてそんなことをのたまうベアトリクス様に向かって私は思わず叫んでしまいました。
「あ……申し訳ありません」
数瞬後に己の非礼を恥じた私は頭を下げます。
この部隊の中でのヒエルラキーでは私がトップなのだが、ジグサリアス王国内で見るとベアトリクス様が頭を下げるべき相手はユウキ陛下と他2人の王女だけなのです。
それに加えてベアトリクス様はシマール国の元王女。
元貴族である私が上に立って良いはずがありません。
「別に良いわよエレナ伯爵」
ベアトリクス様は何でもなさそうに言う。
この寛大さに私は一瞬ベアトリクス様を見直そうと考えたのですが。
「次回の会議からエレナ伯爵は起立したままでいてもらうから」
「本当に申し訳ありません!!」
私は条件反射の如く片膝をついて謝罪します。
何ですかその苛めは?
何故私がそこまでの罰を受けなければならないのですか?
「クスクス、どうしようかな~?」
ベアトリクス様は愉快そうな声音で言葉を紡ぐ。
まるで鼠をいたぶる猫の様な態度。
以前からベアトリクス様の性格が悪いことは周知の事実でしたがよもやここまでとは。
申し訳ありませんユウキ陛下。
私はこれ以上ベアトリクス様に従うことが出来ません。
と、私は顔を上げて体を起こそうとした時に別方向から下っ足らずな声が聞こえた。
「いい加減にしたらベアトリクス参謀長」
顔を伏せている私は足しか見えないのだが、それでもこの子供サイズの靴を履けるのは私の知る限り1人しかいません。
「あら、オーラじゃない。どうしたの?」
「あなたの部下苛めに見てられなくなったのよ」
黒梟騎士団副団長――オーラ=アメジストパープル=ユクエリスが私とベアトリクス様の仲裁に入ってくれました。
「ベアトリクス、あんたの役目は何? 部下を嬲ること? それとも南方諸国を抑えること?」
「あらあら、私に向かってそんな口のきき方をして良いの?」
「良いのよ。私達黒梟騎士団は外部からの干渉を受ける必要が無い……それが軍を統括する参謀長であろうともね」
火花を散らし合っている御二方が怖く、私はとても顔を上げる勇気がありません。
うう……何ですかこの重圧は。
年齢的にも私より若いはずなのに、御二方には到底敵わない様に思えます。
ユウキ陛下……私は陛下のお傍にいてよろしいのでしょうか。
思わずそんなことを考えてしまいました。
「――まあ、良いわ」
息の詰まるような沈黙の後、ベアトリクス様は視線を逸らします。
「興ざめよ、今回はオーラの口添えもあるから不問にしてあげる」
カツ、カツっと足音を鳴らしながらベアトリクス様は遠ざかります。
「それではエレナ伯爵とオーラ、会議で会いましょう」
最後にそう言い残したベアトリクス様の気配は完全に消えました。
「助けて下さり誠にありがとうございます」
私はまずオーラ副団長に礼を述べる。
「オーラ副団長の力添えによって私の罪は不問となりました」
「あ~、そんな敬語なんて使わなくて良いわよ」
オーラは手をヒラヒラと振りながら述べる。
「だってあんた、私を心の底で敬っていないでしょ? だから敬語を使われると逆にムカつくわ」
「っ! それは申し訳ありません」
まさか心の奥底を見透かされるとは。
思ってもいない伏兵を見つけた気分になる。
「だから気にしなくて良いって。私は嘘偽りで接されるのが嫌いなだけよ。どんな言葉や態度を取っても構わないから誤魔化すのは止めて」
オーラの瞳の色からそれは本気で言っている。
彼女がそう望むのなら私はそれなりの態度を取ろう。
「分かった、オーラ」
なので私は普段通りの言葉遣いで語りかけると。
「そう、それで良いのよ」
オーラは嬉しそうにニッコリと笑った。
「ああ、それと今後のアドバイスだけど」
砦の中を移動中、オーラは私の方に顔を向けて話しかける。
「今後ベアトリクス接する時は絶対に弱みを見せちゃ駄目。ああいう類の輩はそこを付けこんでくるから、例えこちらに非があっても毅然とした対応を取るべきよ」
「難しいことを仰るな」
仮にも元主君だったベアトリクス様相手に普段通りの態度を取ることなんて不可能に近い。
これは幼少の頃からの習性で染み付いたものゆえに突然変えるのは至難と思われる。
「でも改めないとこれから先ずっとベアトリクスにからかわれ続けるわよ」
「……それは辛いものがあるな」
今回はオーラの仲裁があったがゆえに罰を免れたが、次回もオーラがいるとは限らない。もしその時に無理難題を押し付けられたらどうすればいいのだろうか。
「ん~、じゃあ考え方を変えましょう。毅然とした態度を取るのは自分のためじゃなくてユウキ王のためだと考えるのよ」
「どういうことですか?」
「ベアトリクスは人で遊ぶ癖があるわ。けど、時たま調子に乗ってやりすぎてしまう場合があるの。その時に誰かが止めることによってユウキ王から人心が離れるのを防ぐと考えてみれば」
「なるほど」
横暴になった主君を諌めるのは家臣の役目。
確かにベアトリクス様は優秀ですが、性格に問題があるゆえに兵からの評価はいま一つ。
ベアトリクス様の方針に反発をしてボイコットをする者が現れないように誰かがストッパー役が必要だ。
考えれば考えるほど妙案だが。
「根に持たれるのは困るのですが」
ベアトリクス様の恨みを買うとどんな目に合うのか想像するだけで心が震える。
ユウキ陛下とは違った意味で敵にしたくない人物です。
私はそんな懸念を抱いたのですが、オーラは笑って。
「アハハ。大丈夫よ、ベアトリクスは快楽主義者だから終わったことに興味を持たないし、何より公私を分ける理性があるから変な真似をしないわよ」
「そうなのですか?」
私にはいま一つそれを信じられませんが。
「それにこの部隊においてベアトリクスの味方はエルファだけよ。彼女自身それが分かっているから余計な真似はしないでしょうね」
「……」
オーラの言葉に私はどう返していいのか分かりませんでした。




