表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/52

清濁併せのむ強さ

 魔物大侵攻は俺が予想していた時期より早かった。


 そのせいか辺境の地区まで警備の手が回らず壊滅の憂き目をみた村も少なくない。


 だが、それでも他の国々と比べれば大分ましな方だろう。


 主要都市はほぼ無傷であり、避難してきた人々を受け入れるだけの十分な食料と場所も用意されてあった。


「で、エレナ伯爵。領袖達の様子はどうだ」


 玉座に座っている俺は真正面で膝をついている貴族筆頭のエレナ伯爵へと問いかける。


 この非常時に際して各地域の領袖を纏める立場であるエレナ伯爵が自ら報告出来る様子から、如何にこのジグサリアス王国に余裕があるのか分かるだろう。


 180cmという高身長とボリュームの赤毛が特徴のエレナ伯爵はその姿通りの芯の通った声音で現況を話し始めた。


「は、ユウキ王が予め各領袖達の地域にクロス将軍率いる金獅子騎士団を配置していたこともあり、今のところ切羽詰まった状況にある貴族はおりません」


「金獅子騎士団と領袖達が持つ兵の連携はうまくいっているか?」


 その問いにエレナ伯爵は大仰に頷き。


「はい、金獅子騎士団の団員が獅子奮迅の働きを見せているせいか不協和音は聞こえません」


「それは上々」


 クロスとレオナが率いる金獅子騎士団の活躍を聞いた俺は笑みが浮かぶ。


 本来は山という名称だったのだが、下からもっと格好良い名前が欲しいという要望に応えた結果が金獅子騎士団。


 その名の通り旗は金色の獅子であり、さらに騎士団全員の鎧に金メッキの獅子が装飾されているのが特徴である。


 当初、俺は派手すぎるのではないかと懸念したのだがそれは杞憂に終わる。


 兵達にとってはこの金による輝きが憧れの対象となったらしく、皆がそれを身に着けようと以前より訓練に精を出すようになった。


 いやあ、サラが率いる技術部隊に感謝だな。


 彼らがコストを最小限に抑えてくれたおかげで今の様にコーティングしても大して国費を圧迫しなかった。


「次は私からでよろしいでしょうか」


 エレナ伯爵の横で控えていたキリングが一歩前に出る。


 凛々しいエレナ伯爵とは正反対の理知的な風貌を持つキリングは片眼鏡をクイッと押し上げた後に話し始める。


「現在はそう問題ありませんが、いくつかの地域は糧食と薬に不安が出始めています。特にリーザリオとバルティア領だった地域では一層懸念が深まります」


「最も厳しい地区でだと後何週間持ちそうだ?」


「おそらく1週間前後だと思われます」


「ふむ、それなら余裕のある地域から多少回すというのはどうだ? 最悪国から支援しよう」


 想定より多めに備蓄させていたので、ほとんどの地域にはまだ余裕がある。ゆえにそこから懸念がある地域に配分しようかと提案するのだがキリングは首を振ってその申し出を断る。


「危機的状況に陥っているのは王の命令に従わなかった地域です。そんな彼らに表立って支援などすると守った地域からの反発が予想されます」


「守らなかった地域の領袖には然るべき罰を与える。もたもたしていると国民に被害が及ぶがゆえにここは多少の反発に目を瞑って支援しよう」


「いえ、この問題は私1人に任せて頂きたいのです」


 キリングは続ける。


「私1人が独断で彼らを救済したとなれば王やエレナ様が行うよりずっと風当たりも弱くなるでしょう」


 まあ、確かに自業自得で困っている者に対して王である俺や筆頭貴族のエレナ伯爵が支援するよりも、キリングが行った方が皆の反感を買わずに済む。


 最悪キリング1人に責任を負わせてこちらは知らんぷりを決め込むことも可能だった。


「な、それはいかんぞキリング」


 案の定エレナ伯爵が慌てた様子で声を出す。


「お前1人が非難を受けなくとも構わんだろう。ここは私がやるべきだ」


 責任感の強いエレナ伯爵からすればキリング1人が責めを受けることに耐えられないようだ。


「ご心配なくエレナ様」


 そんなエレナ伯爵に対してキリングは唇の端を緩める。


「昔から私は憎まれ役を引き受けて参りました。ゆえに今回もその延長線上なのでそんなに苦労はしません」


 と、最後にキリングはこう締め括った。


「エレナ様が光の道を歩むためなら私は喜んで汚れ仕事を引き受けましょう」


 そこまで言われたエレナ伯爵はキリングに対して何も言えず、ただ「すまない」とだけ呟く。


 もう議論は終わりだと感じた俺は1つ息を吸い込む。


「さて、2人とも報告御苦労だった。今のところは大丈夫だがいつ情勢が変化するのか予断を許さない。ゆえに常に気を引き締めておいてくれ」


 俺の言葉に2人は臣下の礼を取った後、各々の持ち場へと戻っていった。


「さて、次はフィーナか」


 2人と入れ替わりに入ってくるのは外交責任者のフィーナ。


 内政責任者のレアと双子であり、容姿体型のみ瓜二つという極めて珍しい特徴を持っていた。


「形式的なあいさつを省いて本題に入るわよ」


 深い藍色の髪をかきわけながらそう前置きするフィーナに不快感を抱かないのは、偏にフィーナの人懐っこい雰囲気によるものだろうか。


「ラブレサック教国からユウキ王に正一位の座を与えるとの申し出が出ているわ」


「正一位?」


 俺が聞き返すとフィーナは顎に手を当てて記憶を引っ張り出す。


「そう、正一位。これは聖女の次に偉い地位だからおいそれとユウキ王に向かって意見出来る者はいなくなるわ」


「ほう、それは凄いな」


 洗礼すら受けていない俺が聖女の次の位置に就くのか。


 もしそうならできることが相当増えて嬉しいのだが。


「その見返りとなる寄付は」


 無条件でそんなものを与えるわけがないだろう。


 ゆえに俺はそう聞くとフィーナは予想していたのか淀みなくスラスラと答える。


「ジグサリアス王国の全兵力のうち半分と食糧3年分、そして国費の10年分ね」


「無茶苦茶な条件だな」


 俺が苦笑を洩らすとフィーナも同調して。


「そうね、おそらくこれは断ることを前提として組み込まれているのよ。この魔物大侵攻が終わった後、強大になり過ぎたジグサリアス王国を抑えるためにね」


「つまり後で支援しなかったことを弾劾するというわけか」


 俺の問いにフィーナは頷いて。


「そう、何事も無かった時でさえ王国に逆らえる国など少なかったのに、今回の魔物大侵攻によって例え国同士が連合を組んだとしても敵わなくなった。この状況に枢密院の長老達は危機感を覚えたようね」


「平和だねえ」


 この未曽有の事態に諸国の王すらてんてこ舞いなのに、象牙の塔に住む神官はもう終わったこととして見ているのか。


 やれやれ。


 まだ終わっていないのに。


 むしろ本当の動乱はこれから。


 今回の魔物大侵攻によって秩序が一気に乱れ、数多の国々が勃興する時代に入る。


 一寸先は闇という乱世が幕を開けるのさ。


「それで、どうする?」


 いつの間にか深い思索をしていたらしい。


 フィーナの言葉で我に帰る俺。


「ユウキ王の政策によって秘密裏に買い溜めしておいた物資を放出した資金があるから、今の私達にはその要求を丸呑みしても十分余裕があるわよ」


 フィーナの言葉通り、此度の魔物大侵攻を予知していた俺は秘密裏に各国から食料や武器など生活必需品を買い溜めしておいた。


 そして今、売値の3倍以上吹っかけても買い手数多という状況。


 おそらくユーカリア大陸に存在する富の半分はこのジグサリアス王国の国庫に集まっていると言っても過言ではなかった。


「ユウキ王、あんたは絶対地獄に堕ちるわよ」


 フィーナの言葉にクツクツと喉を鳴らす俺。


 確かに俺が買い溜めなどしなければ救える国もあったし人命もあっただろう。


 その意味だと俺は人の生き血を啜る悪魔なのだろうな。


「俺が怖いか?」


 ゆえに俺はフィーナに向かってそう尋ねると。


「ええ、怖すぎて離れることなど絶対に出来ないわ」


 フィーナは妖艶な笑みを浮かべてそう返してきた。


「さて、話を戻すか」


 俺はそう前置きして少し考えた後に口を開いて。


「そうだな、枢密派と聖女派。穏健な聖女派を通して兵力と糧食そして資金を提供する旨を通達しろ」


 枢密派の老人は煮ても焼いても食えないし、彼らを推す国々は優勢な国が多いので支援しても効果が薄い。


 それならば危機的状況に瀕している国が多い聖女派を支援するべきだろう。


「兵の1割そして糧食数か月、資金の1年分を聖女派の神官に渡すのだが、邪教とされた教典のうち1冊を付随させてくれ」


 これが俺からのメッセージ。


 この意図に気付かなければそれまでだということ。


「さて、次はどのような手を打とうかな」


 了解して出ていくフィーナを眺めながら俺はこの後の構想について考え始めた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ