ベアトリクスの真意 後編
「ベアトリクス、あんたどういうつもり?」
キッカやクロスなど主要なメンバーだけ集った会議室で開口一番キッカがベアトリクスに詰問する。
「事前の会議では2人は戦場に出さず、大人しくしてもらう予定だった。そしてそれはあんたも了承していた。そうよね、ベアトリクス?」
「ええ、その通りね」
ベアトリクスは顔色も変えずに至極当然と頷くのはいつ見ても見事だな。
まあ、それでキッカの機嫌が納まるかと問われればその限りではなく、むしろこめかみに血管を浮き立たせている。
「つまりあんたは事前合意を無視し、勝手に突っ走った。軍規に照らし合わせればあんたは殺されても仕方ないわよ?」
「やれやれ、本当に怖いわねえ」
キッカの脅しに対してもベアトリクスのこのどこ吹く風と言う態度はどうにかならないものか。
いや、ベアトリクスは知っててやっているんだな。
「――話を元に戻そうか」
このままでは時間ばかりが消費されて意味のない会議になってしまう。
なので俺は情報を整理するためにエルファへ視線を向ける。
「エルファ、どうして2人の援軍を不要と判断したのか答えてくれないかな」
「はい、1つはラブレサック教の権威を失墜させるため。そしてもう1つはマルボルク教の裏切りを避けるためです」
簡潔に要点を述べたエルファは顔色1つ変えずにそのまま着席した。
次の戦。
アーデルハイトを表に立ててしまうと何も変わらない。
例えこっちが勝ったとしてもアーデルハイトが上に立つだけであり、根本的な部分では何も変わらないだろう。
まあ、戦力が拮抗していて猫の手も借りたいという状況であれば仕方ないかもしれないが、そんな必要が無い以上デメリットの方が大きい。いや、むしろ勝てば勝つほどアーデルハイトの威光が高まってしまう恐れがある。
「しかし、危険なのはマルボルク教の動向なんだよな」
そんな懸念も後者に比べれば可愛いもの。
アーデルハイトの台頭はまだ修正が効くにしても、キザマリックの裏切りは下手すれば取り返しがつかなくなる。
「オーラ、マルボルク教を信仰している南方の国の状況を説明してくれ」
「ええ」
立ち上がったオーラは黒梟騎士団が現在掴んでいる南方諸国の動向についての説明を始める。
「南方諸国はマルボルク教の長老を中心として秘密裏に連携し始めているわ。十中八九、何か仕掛けてくるでしょうね」
これが恐ろしい。
ここから先は予測でしか過ぎないが、ジグサリアス王国とラブレサック教国が争って疲弊した隙を狙って一気に攻め上がってくるだろう。
しかも南方付近の国は魔物大侵攻の影響で彼らを抑えられるだけの戦力を持っていない。
対応が遅れれば元バルティア皇国の所領にまで攻め上がられる危険性もあるな。
「次にアイラ。1つ聞くが、キザマリックが連れてきた魔術師の動向は?」
オーラの着席の後にアイラが起立して。
「裏切る可能性が相当高いです。漏れ聞こえてきた会話の中でも、私達の強さを知って作戦を立て直していました。おそらく均衡状態を保てるような何かを仕掛けてくるでしょう」
これで決定。
キザマリックを始めとするマルボルク教の援軍は黒。
彼らは領地拡大のために次の戦を利用するつもりで接近してきていた。
裏切り目的で参加したのなら全員処刑しても問題ないのだが、それをするとマルボルク教との間に大きな溝が出来てしまう。
やれやれ、専守防衛って本当に大変だよな。
「さて、ベアトリクス。何か弁解はあるかな?」
裏切りが分かっている以上何かしら対策を打つことが出来るのだが、ベアトリクスのあの発言によって選択の幅が狭まってしまった。
正直な話、ベアトリクスでなければ俺は即座に却下していただろうな。
「……そうねえ」
全員の注目が集まる中、ベアトリクスは髪の毛をいじりながら口を開く。
「攻めれば良いのよ。マルボルク教が国境を犯してきた瞬間キッカ団長率いる赤飛竜騎士団が痛撃を与えてやれば、あいつらは怖気づくでしょうね」
「つまり攻められるのが分かっているならあえて隙を作ってやろうと」
「その通りよ。キザマリック達を戦力にするにしろしないにせよ、どの道攻めてくるのだから良い機会じゃない」
「戦うと禍根が残りそうな懸念があるのだが」
「何言っているのよ、向こうは私達を見下している。一回戦って実力差を見せつけてやらない方が後々苦労するわよ」
「なるほどなぁ」
俺はこういう時に自分は常識知らずだなと感じる。
人間は皆平等なのだから話し合えば解り合ってくれると考えてしまうのだが、それは現代だからこそ通じる概念であり、生きるか死ぬかのこの時代では一度戦わないと駄目なものらしい。
「ベアトリクス、なら何故そんな提案があるのなら黙っていた?」
俺が気になっていたのはそこ。
そんなに深い考えがあるのなら事前に発表して合意を取った方が軋轢を生まなくて済んだだろう。
その問いにベアトリクスはクルクルと髪の毛を解きながら。
「ええ、私も援軍にキザマリックがいなければこんな提案なんてしていないわ」
ベアトリクスが独断で動いたのは援軍としてキザマリックが来たかららしい。
「マルボルク教始まっての天才と謳われるキザマリックがこちらの手中にあるのなら、攻略の可能性がぐっと強まるわね」
ベアトリクスが恐れていたのはキザマリックの存在。
ラブレサック教国を中心とした連合軍の侵略を何度も跳ね返したキザマリックさえいなければ南方の侵攻が成功する目が見えるとベアトリクスは考えているようだ。
「歴史上初となる大陸統一。フフフ、ついにそれが現実味を帯びてきたわね」
ベアトリクスは己の想像にたいそうご満悦そうだが、俺はここで懸念事項を聞いてみる。
「可能なのか?」
向こうからすれば楽に侵略出来ると気が緩んでいた時に最速を誇る赤飛竜騎士団の出現。成功すれば向こうは泡を食って敗走することが目に見えているのだが、そうなると神聖騎士団との決戦は赤飛竜騎士団が使えなくなる。
「これだけの戦力差があれば可能でしょう」
魔物大侵攻の際に出撃した神聖騎士団の有能な団員を密かに始末してきたので、赤飛竜騎士団が抜けても問題はないだろうが。
「ふざけないで!」
案の定キッカがいきり立って反対する。
「あんた本当に何を言っているの! 歴史に残る決戦に参加できないぐらいなら死んだ方がましよ!」
「そうですよ! 何故私達がそんな目に合わなくてはならないのですか!?」
普段冷静なククルスも血相を変えて反対するところから、如何に軍人が次の戦に重きを置いているのかが見て取れる。
「ふうん、つまりキッカ団長は参謀長である私の決定に従わないと言うわけね」
ベアトリクスはこの愉しむ様に発言することを止めてくれないだろうか。
案の定、ますますキッカがヒートアップしてしまった。
「とにかく! 私は絶対にそんな命令には従わないからね! 何故あんたが独断で決めた決定に付きわなくちゃいけないの!」
「……何をやっているんだか」
俺は頭を抱える。
こうなったらキッカは梃子でも動かない。
普段ならククルスが諌めてくれるのだが、そのククルスも頭に血が上っている以上誰にも止められないだろう。
険悪になってしまったこの空気をどうすれば元通りになるだろうかと、気をもんでいた俺に救いの手が差し伸べられる。
「――私が代わりに南方諸国を相手しましょうか」
黒梟騎士団団長――アイラ=サファイアブルー=カザクラが無機質な声音でそう提案した。