挑発
玉座のある謁見室には現在数百人もの人数が詰めかけており、その中にキッカやエルファなど要人も混じっているのだが、俺の目の前にいる2人を除いて無視しても良いだろう。
「遠き所からのご足労誠に恐れ入ります」
玉座から降りた俺はスタスタと歩き、そのまま2人の前で膝をついて頭を垂れる。
「……」
2人の内右に立っている者はそれを侮辱と受け取ったのか清楚な顔を歪めた。
「黒梟騎士団の護衛があったとはいえ、ラブレサック教国からこのジグサリアス王国までの道のりは聖女様にとって辛く苦しいものだったでしょう」
「……馬鹿にしておるのか?」
ここでようやく口を開く。
9頭身と思えるほど顔が小さく、体も細くスレンダーな体型なのだがキッカの様に活動的でもベアトリクスの様な儚さでもない、幼い頃から尊敬と称賛を受け続けたことによる一種の力強さを秘めている。そのせいか周りの兵の中でも彼女に跪きたさそうにしている者が何名かいるな。
「今の私は聖女の座を追われた単なる女じゃ。ゆえにそんな畏まる必要もないし聖女と呼ばんでも良い……これから先はアーデルハイトと呼んでくれ」
自分の名を口にする時に一瞬端正な顔立ちを歪めたのは屈辱ゆえだろう。
そう、俺から見て右に立っている者はラブレサック教元聖女――バートギアス=アーデルハイト。枢密院との権力争いに敗れてしまい、国を追われる羽目となってしまった敗者。
すでに向こうは新たな聖女を立てられていることを鑑みるとアーデルハイトの居場所はもう無いということだな。
「本当にツンツンしているヨ」
と、ここでアーデルハイトの左に立っていた少女がフランクな口調で呟く。
アーデルハイトを警戒心むき出しのペルシャ猫と例えるなら彼女はすり寄ってくる子猫といったところか。
小柄な体躯ながらも溢れ出しそうなエネルギッシュな様子からこの畏まった場でさえ彼女の傍にいると楽しくなってくる。
「そんな態度を取っても余計に立場が悪くなるだけヨ。今のアーデルハイトちゃんは何も持っていないことを認めたラ?」
その少女の言葉に目を剥いたアーデルハイトは憤る。
「黙りなさい! 貴様に言われなくとも分かっているわよ!」
「あらあラ」
聞き方によっては失礼の極みなのだが、少女は気にした様子もなく肩を竦める。
「本当ニ、怒り心頭という感じネ」
やれやれといった様子の少女に俺は苦笑しながら。
「ラブレサック教からすればマルボルク教の魔導師であるモートフィア=キザマリックの存在は目の上のたんこぶだからな」
そう、アーデルハイトの左に立っている少女は南部一帯が支配地域であるマルボルク教の魔導師。年齢こそ10代に見えるのだが、ここ数十年遠征軍が討伐に失敗しているのはこのキザマリックによるものだから年齢はもっと上だろう。
「アーデルハイトといい、キザマリックといい、宗教は不老の術でも知っているのか?」
アーデルハイトも数十年教団のトップに立っている事実からそんなことを考えていると。
「私達は神の加護を受けているからネ」
心を読んだのかキザマリックがそう答えてくれる。
ではそうなると聖女の座から堕ちたアーデルハイトが何故まだ若いのかと疑問に思ったが今はどうでも良いだろう。
女性に年齢や若さを聞くのは失礼だし。
「話を戻すぞ」
コホンと咳払いを1つして流れを戻す俺。
「さて、俺が君達2人をこの国へ招き入れた理由は分かるな?」
その問いにアーデルハイトが俯きながら。
「私達を利用するつもりなんでしょう」
その言葉と共に続けて。
「正確には教国を攻める大義名分とラブレサック教そしてマルボルク教の秘術を手に入れるため」
「いや~、本当にユウキ陛下は欲深いネ」
アーデルハイトの後にキザマリックは感心したように呟く。
「万物を癒すとされる光魔法の奥儀と疑似生命を与える闇魔法の奥儀の両方を手に入れようとしているんだかラ」
ラブレサック教の僧侶のみが使えるとされるのが再生魔法。
例えダメージを受けようとも一般の魔法や薬でも回復は出来るのだが、四肢を切り落とされるなど重大なダメージにはラブレサック教の僧侶しか癒すことが出来ない。
しかもおまけとばかりに彼らは自動回復も出来るので、生きてさえいれば1日と経たない内に元の状態へと復活できた。
従って長期戦になると分が悪いどころか確実に負ける。
このことも俺が神聖騎士団の攻略を悩ましている原因の1つである。
「でモ、そんな力でもマルボルク教の秘術の前に膝を屈するしかなかったけどネ」
疲労もダメージも一切考慮する必要が無い神聖騎士団なのだが、それでも南部を攻略することが出来ていない。
それはマルボルク教の秘術によるものである。
マルボルク教の根幹は闇。
疑似生命を何か物体へ与えることによって自在に操り、散々騎士団を苦しめてきた。
最強を誇る神聖騎士団であっても地の利を全て奪われると苦戦するらしい。
まあ、キザマリック級の魔導師になると生きている人間すら操れるからな。
同士討ちを多発させているキザマリックの姿が目に浮かぶ。
「私に賛同したマルボルク教の魔導師とアーデルハイトと共に逃れてきた僧侶を合わせると、そこら辺の騎士団では相手にならないと言えるネ」
キザマリックはそう自信満々に言い放つ。
「このジグサリアス王国に礼拝場を建てられる約束がなくとも私達はここに来ていたネ。何故なら以前に先日の魔物大侵攻の援助のお礼もあるシ、牢獄から同士を救い出してくれたネ」
それが単純な善意でなく、このような援軍を見越しての救助だったということは向こうも察しが付いているだろうな。
まあ、それでも俺の申し出に快く快諾して魔導師を何人か送ってくれたことは素直に嬉しいね。
続いてアーデルハイト。
「ユウキ陛下は私達に多数の援助の他にも、私達を保護しトップに返り咲かしてくれると約束して頂きました」
頭を下げて恭しく述べる様子からまだ俺に対する警戒心が抜け切れていないのだろう。
まあ、キザマリックと違ってアーデルハイトには帰る場所が無いのだから余裕などないのかもしれない。
そして薄々予想はしていたのだが、両名とも利用されると考えているようだ。
しかし、それでも乗って来たのはこの賭けに勝てば見返りは限りなく大きいと踏んだのだろうな。
「2人の期待に応えられないのは申し訳ないが、君達をジグサリアス王国へ招いた時点で俺の目的は達せられた。後はジグサリアス王国で何とかする」
俺の言葉に2人は困惑に目を彷徨わすのだが、頭の回転が速いからなのかすぐに理解を示し、その後に恐怖の色が浮かぶ。
2人の考えていることは半分正解で半分間違っている。
正解なのが、2人をここに招いた理由はラブレサック教国を挑発するため。
邪教と忌み嫌っているマルボルク教と追放したアーデルハイトを匿っている事実はさぞかし噴飯ものだろう。
事実、ラブレサック教国は秘密裏に国々を集めてジグサリアス王国を討伐する準備を進めているし。
間違っているのが、俺が約束を破るということ。
2人に活躍の機会を与えていないのだから何を言ったところで受け入れられるはずがない。
むしろ国に災厄を持ち込んだとして非難され、大幅な譲歩も止む無きとなり、自分達は一生ここで飼殺しにされるのではないかという不安だな。
「やれやれ、悲しくなるな」
俺は頭を掻きながら呟く。
周りにいる兵と官吏は2人の反応を見て笑っているのだが、注意深くして観察するとそれは嘲笑でなく、悪戯を引っかけたような無邪気な笑いだということに気付くだろう。
「俺は約束を破らない。今、ここでもう一度宣言しよう。俺はマルボルク教の礼拝場を国内に立てることを認め、アーデルハイトを聖女の座へもう一度つかすことを約束しよう」
俺を含め、ジグサリアス王国の兵や官吏達がそれを至極当然と受け取っている様子を2人は信じられないという様子で瞠目していた。